新生活と決意

第20話:特訓


 時刻は午前9時、青野は能力の特訓をするため、グラウンドに来ていた。

 天気は晴天で、気温は30度を超えているため、軽く体を動かしただけで、全身から汗が吹き出してくる。


 「それじゃあまず、みんなの能力を教えてくれるかな? 」


 速水に問われ、青野は今一度電子帳を確認する。そこには、前回見たときと同様、『身体強化』と表記されていた。


 「俺は身体強化です」

 「俺は歴史干渉」

 「私のは魔法って書いてある」


 青野が答えたのに続いて、多香屋と千春も自分の能力を口にする。


 「歴史鑑賞ってどんな能力だ? 」

 「なんか、物の時間を巻き戻したりとかできるみたいです」


 速水の問いに、多香屋は電子帳を見ながら答える。


 「なるほどな」


 速水は軽く相槌を打つと、未だ黙ったままの真白に視線を移す。


 「別に言いたくないならそれでもいいぞ」

 「いえ、未来予知です」


 真白は小声で答える。


 「そうか。それじゃあ各自の練習メニュー考えるから準備運動して待っててくれ」


 そう言って、速水は体育倉庫の方へと歩いていった。


 「歴史干渉ってマジで何に使うんだ? 」


 独り言のように、多香屋がつぶやく。


 「まあ、お前らしくていいんじゃない? 」

 「そうだよ、ぴったりじゃん」

 「えー、どうせなら俺ももっと派手な能力欲しかったなあ」


 青野と千春がフォローのつもりでそう言うと、多香屋はわざとらしく肩を落としてみせた。

 そうこうしていると、速水が両手に色々な道具を抱えて戻ってくる。見た感じ、それらは結構な重量がありそうだが、澄ました顔で、全く重そうにしていないのは、さすが体育教師といったところだろう。


 「お待たせ、それじゃあさっそく特訓を始めようか。と言っても授業じゃないから、気楽に構えてな」

 「よろしくお願いします」


 速水が荷物を下ろし、そう言うと、生徒たちはみな一斉に頭を下げた。


 「それじゃあまず、能力のオンオフの練習だ。意識を集中させて能力を発動させてみてくれ」


 速水の合図で、四人は思い思いに能力を発動させようと試みる。

 青野は目を閉じ、意識を集中させる。しかしなかなか思ったようにできない。何度か試してみるが、あの時のように体が軽くなることはなかった。


 「自分の能力の特性をよく理解して、しっかり発動のイメージをするんだ」


 そんな速水の声が耳に届き、青野は前回、能力を使った時のことを思い出し、強くイメージする。

 自分の体がうっすらと光に包まれていたこと、力が無尽蔵に湧き上がってきたこと、今なら何でもできる気がすると感じたこと……。


 ふと、全身にかかる負荷が消え、体が軽くなったのを感じ、青野はゆっくりと目を開ける。すぐに自分の体を確認すれば、うっすらと光を放っていることが分かる。どうやら能力の発動に成功したようだった。


 「わあ、本当にできた! 」


 すぐ近くで声がして、青野がそちらに振り向けば、指先に小さな炎を灯し、驚きながらもどこか嬉しそうにしている千春の姿があった。


 「よし、みんないい感じだな。それじゃあ今度は能力を解除してみて」


 速水が明るい調子で言う。

 青野は、再び強くイメージし、能力の解除を試みる。すると、そう時間のかからぬうちに、いつもと変わらない感覚が戻ってきた。


 「そう、その調子だ。みんなうまくできてるから、もう一度やってみて」


 速水は穏やかな笑みを浮かべる。

 言われた通り、青野は再度能力の発動を試みる。すると、思っていたよりもずっと早く、体が軽くなるのを感じた。どうやらコツを掴んだらしい。そのまま能力解除のイメージをすれば、あっけなく体の重みが帰ってきた。


 「お、みんな習得早いな。それじゃあ、次いくか」


 そう言って、速水は持ってきた道具を取り出し、手早く組み立てる。


 「ここからは制御の練習だ。それぞれ違うことをやってもらう。青野はこれ」


 速水が示したものを見れば、それは台の上にハードルを並べたものだった。台の高さが調整できる仕組みのようで、今は一番低い状態になっている。


 「これで何をすれば…… 」

 「ああ、能力をうまく使って、このハードルを最低限の力で飛び越えてもらう」

 「なるほど…… 」


 青野が思わず聞き返すと、速水は当然のように答える。


 つまり、台の高さを調整しながらハードルを越える練習をすることで、自分の能力をコントロールできるようになれということなのだろう。


 「多香屋はこれな」


 そう言って、速水は大小さまざまな古びたボールが詰まったダンボールを手渡す。


 「分かりました」


 それだけで何をすればいいのか察した多香屋は、ダンボールを受け取ると、小さくうなずいた。


 「天情はこれ。シンプルな的当てだな。せっかく火力の高い能力だから、狙った場所に打ち込めるように練習してくれ」

 「はい、やってみます! 」


 速水が少し離れた場所に的当て用の大きな板を設置すると、千春は元気よく返事をした。


 「くれぐれも人に当てないようにな」

 「分かってますって」


 冗談混じりに忠告する速水に、千春は笑ってうなずいた。


 「真白はどうしようか…… 」

 「私もう使えるので大丈夫です」

 「そうか…… 」


 真白の練習メニューを考えようとしていた速水だが、本人に大丈夫と言われてしまったので、それ以上は何も言わなかった。


 「この前も話したが、能力を使えば生命力を消費する。決してやみくもには使わずに、無理せず、自分の体力と相談しながら練習すること。それじゃあ各自始めて」


 速水の合図で、皆それぞれ特訓を始めた。


 青野は能力の扱いに苦戦しながらも、ハードルを飛び越える。助走をつけ、能力を発動させ、跳躍したのち、能力を解除する。これが結構大変で、かなりの集中力を要した。高く飛びすぎたり、逆に高さが足りず足をぶつけたり、最低限の力というのが意外と難しい。しかし、台の高さを変えながら何度もやっているうち、少しずつコツが掴めてきたのか、きれいに飛べる回数が増えてきている。休憩も挟みつつ1時間が経つ頃には、ほとんど思い通りに力が制御できるようになっていた。


 自分の特訓がひと段落し、青野が休憩がてらみんなの様子をうかがえば、多香屋は、新品同然のぴかぴかなボールたちに囲まれており、千春はコントロールに苦戦しながらも、水球を遠くの的めがけて飛ばしていた。


 「真白ちゃんも何かやったら? 」


 日陰で突っ立っている真白に、千春が声をかける。


 「そうね…… 5秒後にあなたの頭に鳥の糞が落ちるみたい」


 「え、マジ? どうしよう…… 」


 冷静な口調で紡がれた言葉に驚き、千春は慌てたように空を見上げる。

 と次の瞬間、上空を飛んでいた鳥の糞が、千春の頭に直撃する。


 「うわマジじゃん、最悪…… 」


 千春はガックリと肩を落として見せる。


 「みんないい調子だな」


 そんな四人の生徒たちを、速水は穏やかな笑みを浮かべて見守っていた。

 こうして、速水による有意義な特訓時間は過ぎていくのだった。

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