第10話:違和感


 「願いが叶うって、そんなファンタジーな…… 」


 多香屋がつぶやく。


 「だろ、まあ、超能力とかも十分ファンタジーだけど、これは実際に目撃情報とか、使える人の話とかも載ってるから、まだわかるんだけどさ」


 川辺はそこで一度言葉を切り、一つ息をつく。それから続けた。


 「この話だけぶっ飛んでるというか、根拠がまったくないんだよ」

 「はあ」


 青野は小さくうなずいてみせる。


 「で、ここからが本題なんだが、お前ら変だと思わないか?」

 「変って、もうすべてがおかしいと思うけど…… 」


 川辺の突然の問いかけに戸惑いつつも多香屋が答える。

 青野も考えるが、多香屋が言ったとおり、もうすべてがおかしいのでよくわからない。すでに脳みそがまともに働いていないように思う。

 首をかしげる二人を交互に見やると、川辺は答えを口にする。


 「全部おかしいのは間違いねえんだけど、そうじゃなくて。なんでこんなうさんくさい情報が、ネットニュースのトップページに載るほど広まってるのかって話だ」

 「なるほど」


 多香屋がつぶやく。


 「いろんなSNS調べたが、どこを見てもトレンド1位だ。おかしくねえか? 」

 「そうだね」


 川辺の説明に青野も同意する。


 たしかに、いくら世の中が混乱しているとはいえ、こんな明らかに怪しい情報が信頼され、拡散されているのは不思議だ。当然まったく信じていない人もいて、否定的な投稿も見られるが、それらはごく少数だ。


 「その情報の出所わからないんだよね」


 スマホの画面を見ながら考え込む3人の耳に、聞き慣れた声が届く。

 青野が声の主に視線を移せば、そこには坂理寛大が立っていた。


 「多香屋、隣いい?」

 「ああ」


 多香屋の了承を得た坂理は、3人の座るベンチに腰を下ろす。

 先ほど許可も取らずに堂々と座った誰かさんとは違い、坂理はそういうところもしっかりしている。


 「そう、いかにも怪しい話だから、誰かのいたずらかなと思ってずっと調べてるんだけど、見つからないんだよね」


 坂理が残念そうに言う。


 「学園の情報屋さんもお手上げか? 」

 「まあ、現状厳しいかな。でも、なんか引っかかるんだよなあ」


 川辺のちゃかすような態度にも、坂理は冷静に言葉を返す。


 「ああ、引っかかりっていうのは同感だ。それこそ、火のないところに煙は立たないからな」


 川辺は大きく伸びをしながら言った。


 「坂理はさ、今日の集会の内容どう思う? 」


 二人の会話が一段落したところで、青野が疑問を口にする。


 「うーん、言ってることは全部事実なんだろうけど、なんか隠してそうだなとは思う」

 「やっぱそうだよね」

 「けど、休校にせざるを得ないほどの何かがあったってのは間違いないからね。速水先生があんなに難しい顔してるのも初めて見たし」


 坂理が付け加えて言う。


 「C棟に関しても、まったく触れられなかったが、逆に言えば噂を否定もされなかったってことだからな」


 川辺が言った。

 それからしばらくの間沈黙が落ちる。


 「まあ、俺はもう少し調べてみようかな」


 坂理が独り言のようにつぶやき、ベンチから立ち上がる。


 「そうだな、俺も調査するか。でも、結局のところは成り行きを見守るしかないんだけど」


 川辺もそれにつられるようにして立つ。

 なんとなく解散な流れになったそのとき、途中からほぼ空気だった多香屋の腹が盛大な音を立てて鳴った。


 「やべ、腹減ったな」


 多香屋は恥ずかしさを誤魔化すように頭をかく。

 青野がふと腕時計を見れば、時刻は11時半を過ぎたところだった。お昼にはちょうどいい時間だ。


 「せっかくだし、気持ち切り替えて4人で昼飯食いに行くか!」


 川辺が明るい調子で言った。


 「まあ、いいんじゃない? 」

 「賛成! 」


 青野と多香屋はそれに賛成し、立ち上がる。


 「じゃあ俺も」


 坂理も寮に向かいかけていた足を止め、三人のところへ戻ってくる。


 「よし、じゃあ行くか」


 川辺を先頭に、4人で近くのファミレスに向けて歩き出した。


 「やったな青野、かわせんの奢りだぞ! 」

 「そうだね。最近ちょっと金欠だから助かるわ」

 「えっ? 」


 大げさに喜ぶ多香屋と青野。困惑する川辺。


 「ごちそうさまです」


 そこに坂理も加わり、川辺が絶対に奢らなければならない空気感になってしまう。


 「あれ、俺奢るなんて言ったっけなあ」


 川辺は誤魔化すように笑うが、明らかに本気の後輩たちの目を見て、あきらめたようにため息をついた。

 先ほどの重たい空気はとうになくなり、いつも通りの楽しい会話に戻っていた。

 結局昼食は川辺の奢りということになり、ファミレスに入った4人は、しばらくの間他愛ない雑談に花を咲かせるのだった。



★★★★★★★



 「俺、そろそろ戻らないと」


 不意に坂理が立ち上がる。

 青野が何気なく時計を見れば、すでに15時を回っている。知らない間にずいぶん長く話し込んでいたようだ。


 「んじゃ、俺も帰るわ! 」


 川辺も荷物をまとめ、会計のためにレジへと向かう。


 「青野、俺らも帰るか」

 「そうだね」


 青野と多香屋も席を立ち、4人は一緒に店を出た。


 「じゃあ、またな」

 「二人とも、気をつけてね」


 川辺と坂理は、学園の寮のほうへ歩いて行く。


 それを見送った青野は、家に帰るため、駅へと向かう。当然多香屋も一緒だ。


 「青野は明日からどうするんだ? 」

 「そうだなあ、特にやることないし、バイトでも増やそうかな」

 「やっぱお前は真面目だな! 」

 「多香屋はどうするの? 」

 「そりゃあ、大河ドラマ制覇するに決まってるだろ! 」

 「ああ、そう」


 無邪気に笑う多香屋を見て、青野は相変わらずだなとため息をついた。

 突然訳もわからず学園が休校になり、不安はぬぐいきれないが、青野は多少気持ちを切り替えることができていた。どんなに悩んだところで、なるようにしかならない。今は少なくともあと数分間は親友との時間を楽しもうと思った。


 しかし、次の瞬間、そんな穏やかな空気が一変する。

 遠くで短い女の声が響く。青野がそれを悲鳴だと認識するのに、そう時間はかからなかった。


 「多香屋、今のって…… 」

 「ああ」


 二人は顔を見合わせ、お互い聞き間違いでないことを確認すると、二人同時に声のした方へと駆け出した。

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