第18話:寮暮らし
「先生から聞いたわよ、あんた寮に入るんだってね」
時刻は昼過ぎごろ、荷物を取りに、自宅に戻ってきた青野が、恐る恐る玄関の戸を開ければ、部屋着にエプロン姿の未来が出迎えてくれる。
一晩無断で家を空けていたので、てっきり怒られると思っていたが、未来の表情はとても穏やかで、瞳には心配の色が浮かんでいた。
「あ、うん、そうなんだ」
きっと速水がうまく話を通してくれたのだろう。未来の予想外の態度に驚きつつも、青野は軽く頷いて、自室のある2階へ上がっていった。
着替えや日用品、趣味で集めているサバイバルの本などをまとめ、簡単な荷造りを終えたのち、リビングに降りれば、ちょうど昼食の用意ができたところだった。
「お腹空いてるでしょ、食べてから行きなさい」
「ありがとう」
促されるままに青野が席に着けば、未来もその向かい側に腰を下ろす。
「あんた、昨日は大変だったみたいねえ、ちゃんと先生にお礼言うのよ」
未来の作る料理は絶品だ。黙々とチャーハンを口に運ぶ青野に、未来が話しかける。
「うん、わかってるよ」
速水がどんなふうに説明したかがわからない以上、迂闊なことは言えない。とにかく話を合わせるように青野は頷いた。
「あそこなら、セキュリティしっかりしてるし、あんたのことだから大丈夫だとは思うけど、くれぐれも気をつけなさいよ。最近不審者が増えてるみたいだから」
「うん」
「なんかあったらすぐに連絡ちょうだいね」
「わかってるって」
そんなやり取りをしばらく繰り返したのち、チャーハンをきれいに平らげた青野は、大きい荷物を持ち、玄関へと向かう。
「それじゃあ、行ってきます」
青野はドアノブに手をかけたまま振り返って言う。
「気をつけて行ってらっしゃい。いつでも帰ってきていいからね」
未来は優しく微笑むと、快く自分の息子を送り出した。
★★★★★★★
「青野、こっちだ」
青野が学生寮の前までやってくると、ロビーで待っていた速水が手招きする。その近くには、多香屋や千春、刹那の姿もあった。真白の姿は見当たらないが、どうやら自分が一番最後だったらしい。
「あれ、氷宮さんは? 」
「ああ、なんか疲れてるらしくて、部屋戻ってったよ」
不思議に思って青野が尋ねると、千春が女子棟の方を指差して答える。
「今ちょうど部屋の話をしてたところだ。みんなに相談なんだが、もしよければ自由棟の個室に住まないか? 」
「それはまたどうして…… 」
「単純に、みんな近くにいれば安心かなと思って。もちろん、男子棟も女子棟も空き部屋はあるから、嫌なら構わない」
青野の問いに、速水は冷静に答える。
七星学園の学生寮は、中央のロビーを中心に、左右にそれぞれ男子棟、女子棟があり、ロビーの奥に、男女が共に使用できる自由棟がある。自由棟の1~2階は、自習室やプレイルームなどの特別室が並んでいるが、3階以上は、普通に寮の個室になっている。とはいっても、基本的には男女で分かれることになっているので、そこが使われることは滅多にない。
「俺は全然いいんだけど…… 」
多香屋は千春の方に視線をやる。
きっと、彼女が女であることを気にしているのだろうと青野は思う。
「うーん、私も別にいいよ」
そんな視線に気づいたのか、千春は何でもないかのように答える。
「青野はどうだ? 」
「全然大丈夫です」
「よし、それじゃあ、決まりだな」
速水はポケットから鍵束を取り出し、一人ずつに配っていく。
青野が渡された鍵を見れば、自由棟303と書かれていた。
「とりあえず、みんな自分の部屋に荷物置いてきな。終わったら3階の共用スペース集合で」
そう告げると、速水は階段を上っていく。青野たちもそれに続いた。
★★★★★★★
青野が部屋の鍵を開けて中に入ると、そこは六畳ほどの個室だった。手前側にはクローゼットが置かれており、正面奥には本棚付きの勉強机がある。左奥には壁に沿うようにして木製のベッドがあり、右奥は、ベランダに続くガラス戸になっていた。部屋自体はきれいに掃除されているようで、目立った汚れは見当たらない。何も小物が置かれていないせいか、非常に殺風景に感じられた。
青野は、ひとまず部屋の中央に大きなボストンバッグを置くと、皆と合流するため部屋を出た。
★★★★★★★
この学生寮では、エリアごとに洗面所と共用スペースが設けられている。洗面所には、洗面台と洗濯機が複数設置されている。共用スペースには、複数人が座れるソファとテーブルが4セットあり、奥にはキッチンが設置されている。いずれも、そのエリアで暮らす学生が自由に利用できる設備だ。
「こっちこっち! 」
青野が共用スペースに入れば、先に来ていた多香屋が手を振って位置を教えてくれる。
どうやら他の人はまだ来ていないようで、多香屋一人がぽつんとソファに座っていた。
「なんか大変なことになったな」
青野が多香屋の隣に腰を下ろすと、多香屋が言った。
「だね」
青野は小さく相槌を打つ。
「お、二人とも早いな」
話し始めると、入口の扉が開き、速水が入ってくる。
その後ろには千春と刹那の姿もあった。三人は、テーブルを挟み、青野と多香屋の向かい側に座った。
「いろいろ考えて、俺らも一緒に寮に住むことにしたんだ。改めてよろしくな」
速水が明るい調子で言った。
その言葉を聞いた青野は、教員である速水ならまだしも、外部の人間である刹那を住まわせて大丈夫なのかと疑問に思う。だが、信頼できる速水が近くにいてくれるというのは、とても心強かった。
「あの、刹那さんって学園の関係者じゃないんですよね?いいんですか? 」
青野と全く同じことを考えていたらしい千春が、疑問を口にする。
「ちゃんと手続きしたから問題ない。刹那にもこっちにいてもらった方が都合がいいからね」
「そうですか」
淀みなく答える速水に、この様子なら大丈夫なのだろうと判断し、千春は軽く頷いた。
「そういえば、ご飯とかってどうすれば…… 」
「ああ、そのこと話してなかったな。今休校中で食堂もやってないから、基本的には外に買いに行くか自炊になる」
唐突な多香屋の問いに、速水は思い出したかのように答えた。
「まあ、そうですよね…… 」
多香屋は浮かない表情でつぶやく。
「安心しろ、今日の夕飯は俺が用意するよ。明日以降はまた考えよう」
「本当ですか」
速水の言葉に、多香屋の表情がぱっと明るくなった。
「みんな疲れただろうし、ちょっと休んでおいで。ご飯できたら呼びに行くから」
「ありがとうございます」
戸惑いながらもお礼を言い、千春はさっさと共用スペースを出て行く。
青野と多香屋もそれに続き、それぞれ新たな自室へと戻るのだった。
こうして、いびつなメンバーたちの奇妙な共同生活が始まった。
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