第38話:相談の詳細


 「それじゃあ、さっきの話、詳しく聞かせてもらえる? 」


 坂理は、カバンから小さなメモ帳とペンを取り出し、机の上に置く。


 「うん」


 狭い教室で、二人の向かい側に座った優梨は、小さくうなずき、おもむろに話し始めた。


 「昨日、彩音ちゃんと一緒に最近新しくできたカフェに行ってきたんだよね。ナノビーンズって知ってる? 」


 優梨に問われ、青野は考えるが、もともと最新の流行などにはあまり詳しくなく、そんな名前のカフェに心当たりはない。


 「うん、2週間くらい前に花屋の近くにできた店だよね」


 坂理は手を動かしながら答える。


 「そうそう、坂理くんよく知ってるね」

 「まあね、行ったことはないんだけど…… 」


 「そこってどんな感じのカフェなの? 」

 「私も昨日初めて行ったんだけど、結構おしゃれなとこなんだよね。料理も美味しいし、おすすめだよ! 」


 青野の問いに、優梨は笑顔で答える。


 「あ、ごめん、話それちゃったね」


 数秒、沈黙が続き、本来の目的を思い出した優梨は、小さく咳払いをすると、説明を仕切り直した。


 「二人でゆっくりお茶してたら、途中で緊急アラートが鳴ったから帰ることにしたんだ。それで、普通に帰り道歩いてた時に、彩音ちゃんが忘れ物したって言って、一人でカフェの方に戻ったの。私は先に帰ったんだけど、それから彩音ちゃんの姿見てなくて…… 」


 優梨は、そこまで言って、一息つく。


 「じゃあ、こっちからいくつか質問いいかな? 」


 優梨が話を終えたのを確認し、坂理が口を開く。


 「うん」


 優梨は緊張の面持ちでうなずいた。


 「そんなに身構えなくても大丈夫だよ。まず、湖森と別れたの、何時頃か覚えてる? 」


 坂理は微笑を浮かべて質問を口にする。


 「えっと、たぶん今くらいの時間だったと思うよ」

 「なるほど…… 」


 優梨の曖昧な返答を聞き、坂理は自身の左手首に巻かれた腕時計に視線を落とす。

 それにつられるようにして、青野も時計を見た。時刻はもうすぐ4時半になろうとしているところだった。もう結構長いこと座っている気でいたが、実際はここに来てまだ10分ちょっとしか経っていない。


 「じゃあ、湖森が帰ってきてないって気付いたのはいつ頃だった? 」

 「7時過ぎだよ。いつも一緒に夕ご飯食べるんだけど、その時に気付いた」


 坂理の次の質問に、優梨は自信ありげに答える。


 「その間に一度帰ってきたとかはない? 」

 「うん、部屋隣だから、帰ってきてたらさすがに気付くよ」

 「確かにそれもそうだね」


 坂理は納得したようにうなずいた。


 「坂理、何か分かった? 」


 真剣な表情でメモ帳を見つめる坂理に、青野が問いかける。


 「うーん、やっぱり忘れ物を取りに戻った時に何かあったって考えるのが一番自然かな」


 つぶやくように答えると、坂理は青野たちにも見えるよう、机の真ん中にメモ帳を置いた。

 青野はそれに書かれた内容を確認する。相変わらず坂理の字はとてもきれいで読みやすい。

 そこには、先ほど優梨の口から聞いた説明の要点が箇条書きで分かりやすくまとめられていた。

 しかし、この中に、彩音が失踪した手がかりはほとんど含まれていないように思う。実際分かっていることといえば、忘れ物を取りに戻ったきり、寮に帰ってきていないということだけだ。


 「うん、内容はこれで合ってる」


 優梨がつぶやく。


 「あのさ、二人ってこのあと時間ある? 」

 「え、まあ夕食までは暇だけど…… 」


 坂理の唐突な問いに、青野は戸惑いながら答える。


 「優梨は? 」

 「私も暇だけど、急にどうしたの? 」


 優梨は不思議そうに首をかしげる。


 「今から、ナノビーンズのある通りまで行ってみようと思うんだ」

 「え、今から? 」


 坂理の提案に、優梨は驚いて聞き返す。


 「俺は構わないよ」


 それとは対照的に、青野は静かにうなずいた。

 きっと優秀な情報屋さんのことだから、何か考えあっての発言だろうと思ったのだ。


 「もし、湖森に何かあったなら、早くしないと取り返しのつかないことになるかもしれない。まあ、何かの勘違いだったらそれはそれでいいしね」


 坂理は笑って答える。


 「確かに。私、ちょっといらないもの置いてくる! 」


 そう言うと、優梨は勢いよく椅子から立ち上がり、慌ただしく教室を出ていく。


 「俺らも外で待ってよっか」


 坂理も、メモ帳を片付け、ゆっくり歩いていく。


 「うん、ここからそのナノビーンズってとこまではどのくらいなの? 」


 青野は坂理の後を追いかけながら問う。


 「15分くらいで着くんじゃないかな」

 「ふーん、意外と近いんだね」


 そこで一度会話が途切れる。

 当たり前だが、今この校舎には、青野たち以外誰もいない。いつもなら騒がしいはずの廊下でも、今は二人分の足音しか聞こえない。そんな些細なことに、青野はなんとなく寂しさを感じた。


 「急にカフェまで行ってみるって、なんか手がかりでもあるの? 」


 青野はふと疑問を口にする。


 「いや、分からないから行ってみる感じかな。実際何もないかもしれない」


 坂理はいつもの調子で答える。

 彼の表情を見るに、優梨からの相談をかなり重大に捉えているのが分かる。クラスメートとしての情があるのか、それとも、情報屋としての勘が働いたのか、早急に対処した方がいいと判断したらしい。


 「お待たせ! 」


 そんなことを考えながら正門付近で待っていると、優梨が息を切らしながら走ってくる。


 「そんなに慌てなくて大丈夫だよ」

 「だって、心配だからさ」


 青野がたしなめるように言うと、優梨は、乱れた息を整えながら答える。


 「じゃあ行こっか。優梨、道案内頼める? 」

 「了解」


 坂理がそう言うと、優梨は二人の前に立ち、歩き始めた。

 こうして、三人は失踪した彩音の手がかりを探すため、ナノビーンズのある通りへと向かうのだった。

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