第33話:思わぬ再会


 「先生、あれって…… 」


 青野は、目の前に広がる光景に困惑する。

 青野の視界に映ったのは、3人の黒服の男。そして、その男たちと戦う一人の女だった。3対1なのにもかかわらず、女の方は怯むことなく、ほとんど互角な戦いを見せている。

 青野はこの女のことを知っている。棚丘莉音(たなおか りおん)、七星学園の卒業生にして、元生徒会長。女番長的な存在で、あの川辺ですら頭が上がらないような人物だ。


 「とりあえず加勢するか」


 そう言って、速水は足元の小石を拾い上げると、男たちめがけて投擲する。

 その軌道は非常に正確で、一番近くにいた男の肩あたりに命中する。


 「青野、行けるか? 」

 「はい」


 青野は意識を集中させ、能力発動のイメージをする。すれば、いつものように身体が軽くなり、力がみなぎってくる。

 青野は地面を蹴り、一気に前に出ると、素早く助走をつけ、速水の攻撃によって注意が散漫になっている男の腹部を思い切り殴りつけた。

 身体能力3倍の威力は凄まじく、その一撃で男は何歩か後退し、ふらふらと地面に倒れ込んだ。


 「誰かと思ったら青野じゃん! 」


 後ろから声がして、青野が振り返れば、そこには莉音が笑みを浮かべて立っていた。

 残り二人いたはずの男は、いつの間にか、地面に転がっている。


 「久しぶりですね」


 青野は乱れた呼吸を整えながら言葉を返す。


 「棚丘、久しぶりだな」


 事が落ち着いたのを確認し、速水も建物の影から姿を現す。


 「あ、速水先生まで、お久しぶりです。いやー、ちょっと手こずってたので助かりました! 」


 莉音は笑顔でそう言った。


 「それで、棚丘はこんなところで何してるんだ? 」


 速水がそう問いかけたその時、莉音のズボンのポケットからベルのような着信音が響く。


 「あ、ちょっと失礼」


 莉音は二人から少し離れ、ポケットからスマホを取り出し、通話ボタンを押した。


 「もしもし」

 〉…………… 」

 「ああ、こっちは終わってるよ」

 〉…………… 」

 「そう、じゃあそっちよろしく」

 「……………… 」

 「はいよー」


 それだけ言って、莉音は通話を終える。


 「お待たせ。それで、何だったっけ? 」


 莉音は、何食わぬ顔で二人の元へ戻ってくる。


 「ここで何してるのかって話です」

 「ああ、そうそう」


 青野がそう言うと、莉音は思い出したかのように何度かうなずき、それから首をかしげる。


 「どこから説明しようかな…… 」

 「全然言える範囲で構わないぞ? 」


 悩む莉音に、なんとなく事情を察した速水が優しく声をかける。


 「じゃあ簡単に。私は正魂隊(せいこんたい) っていうのに入ってて、依頼を受けてここに来てたんです」

 「正魂隊って? 」


 青野は思わず聞き返す。


 「何ていうのかな、VITみたいに、この超能力騒ぎで活動が活発化した犯罪組織を粛清する集団みたいな感じ」

 「へえ…… 」

 「あ、名前がダサいとかは言わないお約束ね。別に私がつけたわけじゃないから」


 青野が感心していると、莉音が早口で付け加える。


 「にしてもみんな大変ねえ。どうせ今回の件、学園絡みなんでしょー? 」

 「よくわかったな」

 「まあ、これでも元生徒会長ですからね、可愛い後輩たちからいろいろ情報は入ってくるわけですよ! 」


 莉音は誇らしげに胸を張る。


 「確かにそうだったな」


 速水は納得したようにうなずいてみせた。


 「聞きましたよ、学園が無期限の休校になったって話。こんなこと歴史上一度もなかっただろうし、大変でしょう? 」

 「まあな」


 莉音の言葉に、速水は小さく相槌を打つ。


 「そういえば、かわせんは元気? 」


 数秒間の沈黙の後、莉音は思い出したかのように尋ねる。

 その言葉で、青野の脳内に最近川辺と交わしたやり取りの数々が思い浮かぶ。もっとも、そのうちのほとんどがろくでもない会話だ。


 「うーん、相変わらずですよ。いい意味でも悪い意味でも」


 青野はイタズラっぽく笑う川辺の姿を想像しながら苦笑いを浮かべる。


 「なるほどねえ」


 青野の言葉と表情ですべてを悟った莉音は、にやりと笑った。


 「棚丘さん、大学行ってるんだよな? 」


 話が一段落したところで、速水が話題を変える。


 「そうですね。学業の傍らで活動してるんで安心してください」


 莉音は堂々とした口調で答える。


 「まあ、そういうところで活動するのは構わないが、くれぐれも気をつけてな」

 「それはお互いさまでしょう」


 速水の忠告に、莉音は笑って返す。


 「確かにそうだな」


 速水は笑みを浮かべてうなずいた。


 「それじゃあ私、そろそろ行きますね。もし何か困ったことがあれば、いつでも協力するんで 」


 そう言って、莉音は速水に名刺を渡し、さっさとその場を後にする。


 「またどこかで」


 青野がそう言った頃には、すでに彼女の姿は見えなくなっていた。


 「すげえな」


 速水は受け取った名刺を見て、思わずつぶやく。


 「どうしたんですか? 」

 「これ見てみろ」


 青野が尋ねると、速水は、持っていた名刺を青野に差し出す。

 名刺は非常にシンプルなデザインで、名前や連絡先などの基本的な情報が書かれている。青野がその内容にざっと目を通すと、速水が驚いた理由がすぐにわかった。役職の欄に、「正魂隊粛清部隊隊長」と書かれていたのだ。


 「どういう組織か知りませんけど、棚丘さん、意外と立場上なんですね」


 言いながら、青野は速水に名刺を返す。


 「みたいだな」


 速水はそれを受け取ると、今度こそ寮に帰ろうとゆっくり歩き出した。

 青野もその後を追っていく。気がつけば、東の空から太陽の頭がのぞいている。ギラギラと輝くそれを見て、今日も暑くなりそうだなと青野は思った。

 こうして二人は長い朝の運動を終え、学園の寮へと戻るのだった。

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