第2話 禍津神、現人神として悪役貴族に堕ちる
「ふざけるんじゃありませんわ!!」
這いつくばっていた女神が発光した。
彼女を拘束していた力も、後頭部を踏みつけていたイトの足も弾かれる。
女神は本気になった。
「ほう。もう少し礼儀を仕込む必要があったな」
「神威解放【
空間に広がった巨穴から、白き翼龍が抜きんでてきた。
「龍か。西洋で戦ったのと似ているな……」
街一つを一瞬で破壊するエネルギーを秘めている。
神話の怪物としては合格点だ。
「あなたが神だから何だというのですか……ここでは私が主神! 私の神威は【
「それが貴様の【神威】か。異世界転移も同じ神威だな?」
神威とは、神だけが有する
神威を開放し、天変地異の現象——【神術】を使い、闘う。
その常識は、日本でも異世界でも変わらないらしい。
「よく見れば死にかけじゃない!! 我が
何人でもまとめて嚙み砕きそうな咢から、白い大火が押し寄せる。
焼き尽くす灼熱ではない。寧ろ絶対零度の炎。
掠めた個所から凍り付いていく。
「神威解放【一線】」
しかし直前でイトの前に線を引くと、その境界で白炎が止まる。
結界が、全てを塞いでいた。
「寒っ。凍え死んだらどうする……」
「まったく凍っていない……! 何よその結界……!」
寒そうに腕を乾布摩擦しながら、白炎で凍り付いた世界を進むイトにオネストが驚愕する。
「確かに我は針の一刺しで
女神の美貌が台無しになるくらいに青筋を立てたオネストの隣で、空気も震える飛翔の直後、白龍が隕石のようにイトへと急降下した。
衝撃。揺れる神の世界。巻き上がる煙。
しかし晴れた直後に見えたのは、逆に白龍の頭蓋に乗っていたイトだった。
「神威解放【格子】」
無数の線が空間に出現し、網戸のように細かな格子を織りなす。
それが、白龍の首から下の巨体を通過する。
翼も、強靭な肉体も、バラバラになった。
「……ガッ」
黒き血を吐き出しながら事切れた白龍の頭部を掴むと、遠くへ放り投げる。
挽肉になった白龍の残骸に、女神の横顔が凍り付く。
「私の、
「我を滅したいなら
禍津神が一歩進むたび、女神は一歩後退する。
「【
「単純だろう?」
「ひぃん!? い、糸が!! 糸がいつの間に……!!」
いつの間にかイトの力で構成された曲線が、オネストの芳醇な体中に絡みついていた。
イトの神術は、
ただし、ひとえに
捕縛の
バラバラに切断する
単純故、異常に応用が利く。
(——だけではないのだがな、我の神威は。スサノオ達から受けた傷が回復しきらんな。そしてイザナミの呪いが重い。おかげで神威が相当腐っておる……)
もう満身創痍の疲労困憊で死にかけだ。
だが、イトは構わなかった。
最期まで、禍津神と罵られようと飽くなき闘争を繰り広げる。
世界全てを掌握する最高神になるという目的のために。
すべての神より高い上座で胡坐をかくために。
「さあ主神の座を明け渡し、我が
「ひ、ひ、ひぃ、ん」
「さもなくば
女神に張り付いた線を引くと、僅かに傷が出来た。
本気で引けば、白龍のようにミンチになる。
それを察したのか、蒼白な面持ちで女神が呼吸を荒げる。
「か、かくなる上は……やりたくはなかったですが、あなたを堕とすしかないようですね」
「堕とす?」
自然とイトは足場に目をやった。雲のような、高天原のような幻想的な地表。
その向こう側に、人間が住まう下界が広がる。
「神威解放【
白とも黒ともつかない光が、足場からイトを包む。
神としての実体が人間界へと沈んでいく。
すなわち人間へと
「そう来たか」
「ただの転生ではありませんわ!! 最底辺の存在に堕とすのですよ!! 魔術も碌に放てない、ゴミ当然の人間にね!!」
「自らの子をゴミと申すか」
「ゴミに相応しい運命を、人に堕ちた貴方が辿るのよ。あなたは人として死に滅びるのよ!! 人になった神は、その死をもって完全な終わりを迎える!!」
人間への転生を止める術はイトにはない。
このままずるずると人間界へ滑り落ち、オネストが用意した
勝った。そんな笑みをオネストは浮かべていた。
だが、怪物にでも出くわしたかのように、女神の顔はすぐに固まる。
為すすべなしの状況なのに、イトは不敵に笑っていたからだ。
「な、何がおかしいの……」
「つまり我は、【現人神】になるわけか」
「なんでそんな発想になるのよ!! 人に堕ちたら神威解放も出来ない!」
「やってみなければ分からんだろう。それともお主、人に堕ちたことがあるのか?」
人に堕ちる。つまり神ではなくなる。
それは確かに屈辱だろう。不条理だろう。
だが、イトにとっては、賽の河原で石塔が崩された程度のことでしかない。
また積み直せば良いだけだ。
現人神になって、再びオネストのところまで行けばいいだけの話だ。
一切崩れぬイトの余裕に、
「禍津神は卒業だ。今日からは現人神として、いずれ異世界の最高神を目指す。それまでワン王国が主神の座、ちゃんと温めて待っておけ。あとその卑猥な身体に合うような首輪もなあ!!」
「ぐ、ぐ、最早神でもない貴様に何ができるというの、さっさと堕ちろおおおお!!」
不快そうに叫ぶオネストの顔を最後に、禍津神としての視界は沈んでいった。
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「しかし、あの雌犬」
そして現人神——つまり、人の肉体で覚醒したイトは、早速不平不満を漏らす。
「よりにもよって我を、このような不浄の肉体に転生させよってからに」
今にも死にそうで貧相なが、鏡に映っていた。
女神オネストに
なお、現在領民中から絶賛恨まれている、いわば悪の貴族である。
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