第39話 禍津神、くしゃみをする。

戦神コンチネントあの脳筋ジジイ……なんてことを……」


 天上界にて顛末を聞いたオネストは、美貌が失われるほどに憤怒に満ちていた。

 青天の霹靂だった。戦神が勇者を唆し、迂闊な行動を促していたとは知らなかった。

 そのせいで、貴重な手駒である勇者が忌々しい禍津神へと捕まった。


 当の戦神コンチネントも行方不明だ。

 十中八九イトに捕まったに違いない。

 、結果的にオネストはイトに助けられた形となってしまった。


 従神の一人が、手元に紙を持って駆け寄る。


「帰ってきたコンチネントの従神を捕らえたところ、こんな紙が」

「なんですの、この汚らわしい粗雑な紙は。神に奏上するなら最低でも羊皮紙でしょう」

「かの禍津神の言伝です……そのために、コンチネントの従神を一人帰したのだと思われます」


 絶対にいい予感がしない。だが手が伸びてしまう。

 無視できない禍々しい何かが、質素な紙から溢れていたからだ。

 恐る恐る、唾をのみながらオネストは紙を開く。


『やーい、雌犬。お主、従神の一人も御せぬとは情けない。また貸しよのう。そういえば犬は服を着ぬぞ? 裸で天上界を一周するくらいでなければ、この恩は返せぬなぁ? ちゃんと聖水とやらで無駄に煽情的な身体を洗っておけよ? その方が調教が捗るわ』


 途端、首輪の手綱を片手に見下す、禍津神のしたり顔を思い出す。

 腸が煮えくり返るような思いで、紙をびりびりに破り捨てた。


「あの変態禍津神いいいいいいいい!?!?」


 神を天上界に叩きつける。

 そのまま天上界の大地をすり抜け、人間界へとハラハラと落ちていく。

 

「……冷静、冷静ですよ。オネスト。かようなことでは従神たちの心は離れていく……」


 しかしそこは仮にも主神。前のような失敗はしない。

 激情に駆られず、平静を取り戻す。


 実際問題、イトの事ばかり考えている訳にはいかないのだ。

 懸念材料は、他の【三柱】にもある。 

 オネストにも、もう余裕はない。


 これ以上従神を失うようなことがあれば。

 これ以上手駒を失うようなことがあれば。

 これ以上イトに良いようにされては。


 他国他二人の主神に攻められ、従神に堕とされ、ペットにされ―—。


「裸で……首輪をつけながら……あの汚らわしい穢れの獣に、いいように……?」


 ゾクゾク、という擬音語が似つかわしい感触が迸る。

 寒気が走ったのだろうか。

 いやな想像ばかりしてしまう。


 四つん這いの自分。

 裸で天上界の風を感じながら、散歩させられる自分。

 【お手】をさせられ、しゃがみ込んでタッチする自分。

 屈辱の泣き顔で、「クゥン」と鳴かされる自分。

 首輪に繋がれたまま、時折頭を撫でられる自分。

 

 ゾクゾク。

 ゾクゾク。

 ゾクゾク。


「あのオネスト様、顔が変なことになってますが……」

「ええ。あのイトを思い出すと……ああ! 変になりそう」

「なんというか、変な扉を開いているような……」


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「ぶえっくしょん」

「イト様、風邪ひいた」

「うむ……神でも肉体あれば、風邪を引いてしまうのか」


 それがどこかの天上界で、主神が噂しただけだが、流石にそこまではイトも知らない。

 ツクミに指摘されたくしゃみを必死にこらえつつ、たどり着いた先は【酒蔵】だった。


「かかっ。善い形になったのう」


 パズスが仆れてから一か月。

 エミシの村で、酒蔵の建設が完成した。

 【マナ酒造】と銘打たれた、和洋折衷の建物には、マナを模したエンブレムがあった。






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