第14話 禍津神、狂信者を間引く

「何故、人間界への【孔】が出来ているというのですか……!?」


 そのころ、天上界ではちょっとした異変が起きていた。

 前提を言えば、ミーダスの【儀式】は部分的には成功していた。

 結果、天上界と人間界を繋ぐトンネル――孔と呼ばれる欠落が出来た。


 孔を覗いた直後、女神オネストの美肌が鳥肌へと変貌した。

 イトを堕としたトイの肉体が、健全なまま佇んでいたからだ。

 

「あの忌々しい禍津神!? まだ滅んでいなかった、ですって!?」


 思い起こすは、土下座のうえ雌犬扱いされた屈辱。

 艶やかな髪を踏みにじられた屈辱。

 白龍をミンチにされた屈辱。

 

(思い返すだけでも、おかしくなりそうですわ……)


 想像するは、首輪をかけた女神自分

 犬の格好をしている女神自分

 後頭部を踏まれている女神自分


(屈辱で、屈辱でおかしくなりそうですわ……くっ、考えてはなりませんよオネスト、貴方は女神です。ここでたじろいでは信仰に差支えが……)


 この状況だけで昏倒しそうなのに、イトの目線がいつの間にかことに驚愕した。


「えっ、ちょ、ちょっと待ってください! アイツこっちに気付いてる!?」


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トイの存在があの雌犬に知られたか。想定より早いのう」

「イト様? 何を見てるの?」

「まあ良い。あの雌犬のことなど後回しだ」


 まさか【儀式】が実は成功していたとはのう、とイトは心底感心していた。

 骨だけの龍がしゃどくろを生むほどの怨念が時空を歪め、人間界と天上界を繋ぐ孔を穿ったのかもしれない。流石にイトもそんな仮説を立てるのが関の山だが、それ以上深堀している暇はない。

 今は目前の狂信者に天罰を下さねばならない。


「が、ああ、ああああ、貴様に許されるつもりはない、離せ、うおおおおおおおおおおおお!!」

「何を勘違いしておる。許さないのは我ではない」


 怪訝な顔をしながら、未だビクともしない【地縄地縛】のイトを振りほどこうと藻掻くミーダス。しかし神威で生成された線は、物理的な力では決して解けない。


「まだ気づかぬか? 

「……なっ」


 ミーダスはようやく気付く。

 【地縄地縛】のイトの終端が、どこに繋がっていたのかに。


 それは、呪いも魂も失せ、完全に抜け殻となったがしゃどくろの骨。

 ミーダスが殺した躯の成れの果て。

 それら一本一本が、すべてミーダスと繋がっていた。


 その数、76。

 生贄に捧げた魔族と、奇しくも同じ数。


「貴様を許さぬのは、この骨の大本であった魔族達よ」


 巨骨が、浮かぶ。

 魂を失い虚無なのに、独りでに浮遊する。

 よく見ると、ミーダスを縛る線とは別に、イトの掌から伸びた線に吊り下げられている。


 しかも復讐の刃の如く、先端は全てミーダスに向いていた。


「まさか」


 ミーダスも、直感的に気付いたようだ。

 吊り下げている命綱セーフティをイト断ったら――それが一巻の終わり。

 散々伸ばしたゴムが、一気に引き戻されるように


イト一つ一つが、貴様の業と知れ」

「ま、待て、た、助け――」

「雌犬に祈れ」


 そして、イトが命綱をプツンと切る。

 一個でも人間をすり潰す巨骨が、76個。

 中心で縛られていたミーダスへ、全身全霊の速度で穿たれた。


「び」


 圧倒的な質量は、人間一体の胴体を圧壊させるには十分すぎた。

 地も震わす激突音の果て、ミーダスに残されたのは、宙に舞った首だけしかなかった。


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 奇跡が、二つ起きた。

 一つ目は首だけになったミーダスの意識が、数秒だけ残っていたということ。

 もう一つは、生と死の狭間に置かれた状態故か、天上界へ開通していた【孔】を見つけることができた事だ。


(お、オネストさ――!?)


 それに気づいた瞬間、ミーダスはもう何も怖くなくなった。

 死なんて、この感動と比べれば掠り傷に等しい。

 最後の意地で、唇だけが動く。


 まだ、陰になっていてオネストの全容は見えない。

 焦点が合わない。ぼんやりしている。

 しかし、間違いない。あの孔の向こうにおわすは女神だ。そう確信できるくらいの神性が、確かにあった。


(を、をを! わたしは、ついに、かみがみえたぞ!!)


 だが、奇跡を帳消しにする不運が起きた。

 よりにもよってその視線を、跳んだツクミが塞いだのだ。

 最上段へ【線絶刀イタチノカタナ】を振り上げていた。


(じゃま、やめ、かみ、みえ)

「あなたなんかに神様は見えない」


 眼球ごとその頭蓋は一刀両断された。

 永遠に主神オネストを仰ぎ見ることはなかった。


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 第18騎士団団長のミーダスを墓標の如く埋め尽くしていた骨たちが、桜のように分解されて散っていった。

 ツクミがイトの隣に到着すると、幻想的な魔族達の散りざまを見上げていた。


 だが、その瞼が怪訝そうに細まる。

 魔族の桜の奥に、【孔】が見えたのだ。


「イト様、何か別の世界が見える」

「ほう。まさか何のヒントもなく、天上界へつながる孔を見つけるとはな。どうやら妖を相手取ったことで、新しい目を得たか」

「天上界って?」

「日本風に言えば高天原。まあ要は、神が住まう世界ぞ」


 ツクミはイトの横顔に、吊り上がった頬を見た。

 ものすごい悪巧みを楽しんでいるような、悪い顔になっていた。


「そして、我が最高神として君臨し、すべての神が平伏す世界でもある」

「イト様、すごいわくわくしてる」

「ああ。心が躍るわ」


 ツクミの視界に、孔を覗いてくる女神が入った。


「イト様、もしかしてあれがオネスト?」

「そうだ。我のペットになる女神だ」

「奴隷にするの?」

「うーむ。奴隷とはまた違うが……まあ、そこはどうでもよい。折角だ、我はここにありと、少々挨拶なるものをしてくるとしよう」


 孔へ掌を向けると、非常に太いイトが孔へと繋がる。

 オネストは孔を塞ごうと力を注いでいたが、間一髪イトの神威解放が早い。


「神威解放【蜘蛛の糸】」


 そして蜘蛛の糸に引っ張られ、イトは天上界へと還るのであった。

 見守るツクミの後ろで、第18騎士団の残党や、騒ぎを見に来た人間達も見上げていた。

 イトが蜘蛛の糸を繋いだことで、誰もが意識できるようになった、天上界と人間界を繋ぐ孔を。


 そしてその頂点にて待つ、見るだけで神聖さが宿るような女神も。


「まさか、あれがオネスト様……!?」


 女神が、人の目に見えるわけがない。

 故に、国教として祈り続けてきたロックドアの人間達は半信半疑だった。

 それでも――半分は、かのものこそが女神オネストだと無意識のうちに理解していた。


『久方ぶりだの。人間の時間にて算出すれば2日ぶりというところか? 少しは土下座は上手くなったのだろう』 

『な、なんで死んでないのですか……滅びてないのですか……』


 その場にいた誰もが、見上げ、そして聞いていた。

 たじろぐ女神オネストへ送る、イトの挨拶宣戦布告を。



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