第13話 禍津神、神官の妖怪退治を見届ける


「……みんな、今そこから出す」


 ツクミが突進する。

 対する月魔モノクロームに気付いた骨だけの龍がしゃどくろは、ツクミを捕まえにかかる。さながら空腹に飢えた獣の如く。


 だが両者の間を、線が遮る。

 終点に垣間見えたのは、赤い勾玉。

 その始点には、イトが掲げる三種の神器が一つ、【火縄銃ホムスビ】があった。


 途端花火の如く、着弾点である龍の左足が炸裂する。

 赤の勾玉を中心とした炎の渦。

 左足を構成していた骨が、一瞬で溶けて消えた。


(ツクミが巻き込まれる可能性がある故、高火力では撃てぬが……まあ十分じゃろ)


 威力的には全開ではないのだが、骨だけの龍がしゃどくろを相手なら不足は無い。

 現に、ツクミが斬りこむだけの隙を作れた。


「やあっ!!」


 素人の太刀筋。

 しかしその太刀は三種の神器が一つ【線絶刀イタチノカタナ】。

 刃渡り以上の弧を描き、骨だけの龍がしゃどくろを胴体から両断した。


「やった……!?」

「見極めが甘いぞ、ツクミ」

「……えっ!?」


 火炎によって溶けた左足も、二つになった胴体も、時間が巻き戻ったかのように再生した。

 狼狽するツクミの後ろで、最初から想定済みだったイトは表情を崩さない。


あやかしとは、即ち躯たる魔族の呪い。その呪いが解けぬ限り、何度でも蘇る」

「そんな……」

「|妖退治の手法は古より二つ。一つ目は呪いそのものを断ち切る事。二つ目は、呪いが枯れるまで壊し続ける事」


 ここで、イトは重要な情報を隠していた。

 線絶刀イタチノカタナ火縄銃ホムスビたる神器ならば、そう遠くないうちに後者——呪いが枯らすことはできる。

 だがそんな力押しでは、ツクミの経験にならない。

 神官として、魔族として、そして人としての成長にはならない。


 だから、敢えてツクミに妖怪退治を委ねる。


「まずは見ろ。そしてお主の心に問え。何を斬るべきか、斬らぬべきか。何を救うか、何を呪いと見るか――そして呪いを断ち切れ、我が神官」


=====================


「呪いを、断ち切る……」


 ツクミの知らぬ日本で跋扈した妖を、見たことさえない。

 そんな自分が、どうやって妖退治をすればいいのか。

 どうすれば呪いがしゃどくろから魔族達の無念を晴らせるのか、考えても考えても分からなかった。


「う、うわああああああああ!!」


 迷っている間に、骨だけの龍がしゃどくろは迫る。

 途中、まるで急場の飢えを凌ぐかのように、途上足を怪我して逃げ遅れていた騎士を鷲掴みにしていた。


「あれ?」


 無念無双。

 それを見て、体が勝手に動いた。

 人だから、魔族だから。そんな雑念は最初からなかった。

 気づいたときには、刀を振りかぶったまま騎士のところまで到達していた。


(だめ、この人も斬っちゃう……!)


 剣の経験が無いのが仇となった。

 騎士を避けてようとしたが、切っ先がぶれる。

 剣閃に、騎士まで紛れ込んでしまった。


 殺してしまった。ツクミは青ざめた。

 だが、骨だけの龍がしゃどくろの骨がぽろぽろと落ちるだけ。

 騎士も落ちたが、その体に傷は無い。


月魔モノクロームが助けてくれた!?」


 ざわつきながら距離を取る騎士には目もくれず、ツクミは両断の瞬間に立ち戻る。


(……今、何かが見えた)


 イトは言っていた。

 この刀は、斬りたいものはどんなものでも斬る。

 逆に斬りたくないものはどんなものでも斬らない剣だと。

 だから、騎士をすり抜けた――。


(斬りたくないもの、斬らなきゃいけないもの……ううん、違う、と、


 目に見える者以上の関係が、そこにはあった。


 斬ってはならないもの。

 斬らねばならぬもの。


 救うべきもの。

 それを縛る、いと


「だまされるな!! そいつは月魔モノクロームだ!! 魔王候補だ!! 禍々しい魔物だって幾らでも生み出せるぞ!!」

「いや、でも俺たちの仲間を助けてくれたぞ……!?」

「しかし……」


 狼狽する騎士達の間にも見える。

 揺らぎ始めた、魔族と人間の境界線という呪い。

 だがそれはまだ斬れない。きっと刀では斬れないものだ。


 だけどこの呪いが、魔族を被害者にしてきた。人間を加害者にしてきた。

 結果どちらも、不幸にしてきた。

 この呪い不条理と闘う事こそ、ツクミの使命。


「ならば、お主らの団長に聞いたらどうだ」


 その境界線へ、堂々とイトが踏み入ってくる。

 ツクミはイトの指差す先を見た。

 


「皆の者、平伏すがよい!! 私はついに神を見たぞ!!」


 呪いの塊が、赤き甲冑を着て叫んでる。


「あれは白龍だ……神話にて巨人を滅ぼした、正義の龍だ……これで世界は救われる!! なぞに頼らずとも、オネスト様の教えが世界を救うっ!!!」


 数多斬ってきた魔族の呪いが、彼の周りで渦巻いていた。


「やっぱり、あれは本当に団長が創り出したもの……」


 最早部下たちも、心の底から後ずさりする。


 これ以上狂信の犠牲を生み出す前に、ミーダスは斬らなければならない。

 けれど、その原動力は復讐心などでは決してあってはならない。

 神官としての忠義と、魔王としての義務でなくてはならない。


 ツクミは、イトの言っていた武士という存在を知らないが。

 彼らもきっと、そうやって腹をくくって、刀を握っていたのかもしれない――。


「……あなたは、後回し」


 自分の心に従う。

 復讐ではなく、救済をしたい。

 呪いから、魔族達を解放したい。


 そう心から願ったツクミは、偶然にも【正眼の構え】を取っていた。

 明鏡止水の静かな呼吸で、武士と同じ構えを取っていた。

 その純粋無垢な瞳の先には、魂を閉じ込める骨の檻。


 骨だけの龍がしゃどくろが迫る。

 ツクミはまだ見る。

 見続ける。


 斬ってはならないもの。

 斬らねばならぬもの。


 救うべきもの。

 それを縛る、——。


 境界線。



 ——どうして、人が憎いよ。

 ——やだ、こわいよ、死にたくない。

 ——助けて、助けて。



「見えた!! 今助ける!!」


 カッと目を見開くと、もう目前まで迫っていた骨だけの龍がしゃどくろに動じることなく、線絶刀イタチノカタナ

 左手から放った魔王としての白き魔力が、弓として顕現する。


 不条理な呪いに絡めとられた、嘆く魂たち。

 それは、最初から目の前にあった。

 やっと見えた彼ら目掛けて、放つ。


「【三日月の矢】」


 直線イトの先端、線絶刀イタチノカタナの切っ先。

 それは骨だけの龍がしゃどくろの骨を貫き、魂たちを弾き飛ばした。

 だが切っ先の先端にも関わらず、一切その魂を傷つけることも無く、呪いの奴隷達をついに解放した。


 骨だけの龍がしゃどくろが巨大な骨になって沈む中、彷徨う魂たちに向かってツクミが駆け、そして抱きしめる。

 こんなことをしても、彼らは生き返らない。

 人々に残虐の限りを尽くされた憎悪は、死んでも消えはしないだろう。


 それでも。

 それでも、救ってくれた神官の魔王へ、魂は遺した。



『ありがとう』



 そして、逝った。

 ツクミは、無言で魂の灯籠が流れていくのを見守っていた。


「イト様」


 ふと、我らが神を見る。

 呪いを断ち切り、妖怪退治を遂げた神官を誇らしく思い、にっと笑っていた。


「見事也、ツクミ」


===============


 一人だけ、突き抜けるような絶望と憤怒を抱いたがいた。


「き、貴様あああああああああああああああ!! 我が白龍を良くも、我の信仰を良くもおおおおおおお!?」


 再度天へと昇っていく魔族達を見上げるツクミへ、狂気の雄たけびをあげてミーダスが単身聖剣を片手に特攻する。

 ツクミは魂を見上げたままだった。


「あ、あれ……!?」


 それ以上、心穏やかな横顔へ近づくことは出来なかった。

 四方八方から伸びたイトが、全身くまなく絡みついていた。

 走る体制になったまま、固まってしまった。


「——神威解放【自縄自縛】」

 

 その目前で、現人神は不敵に笑む。


「我を忘れるとは良い度胸だ。我は神なるぞ」

「か、神の名を、騙るな……」

「しかしお主、

「な、なんのことだ……!? なんのことだぁ……!?」

「つくづく罰当たりな男よ。深き信仰が聞いて呆れるわ」


 火縄銃ホムスビの銃口を向けたまま、元禍津神は間引くべき男へ、神の言葉を与えた。


「ミーダス。お主、もう土下座しても許されぬぞ」



 ミーダスが気づかなかった事。

 そしてイトは最初から気づいていた事。


 実は【儀式】によって、僅かに天上界への孔が開いていた。

 つまり、見上げればいたのだ。

 唖然としていた、信仰するべき神オネストが。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る