第15話 禍津神、異世界の神々を威圧する

「た、たかが人間がかような場所に来るとは……それだけで世界を揺るがす大罪ですわ。全神から天罰の誹りを受けようと文句は言えませんわ!!」

「おお、絶景じゃの。日本でもこんな感じで武神達に追われてたの思い出すわ」


 狼狽するオネストの背後に、別の神々が武具を持って浮遊している。

 主神たるオネストに付き従う【従神】だろう。


「あなたは一人ですわ? 勝ち目などないんじゃなくて? さらに各地方から従神も集めれば、その数は100を超えますわ!! いずれも聖書に名を刻み、創世の時代を潜り抜けた猛者ばかりですわよ!!」


 聖書を一通り読んだイトは、その意味するところを悟る。

 例えばオネストの真後ろで腕組する益荒男は、一国を喰らった魔獣キングベヒモスを駆逐した戦神ケテテロス。

 例えばオネストの横で睨みを利かす美貌は、海の女神テスタロッテンマリア。


 ここにいる面子だけで人類なんて容易く滅ぼせる。

 錚々たる神々の顔ぶれに、しかしイトは溜息をつく。


「いやたった100て」


 たった100……?

 と一瞬神々にざわめきが走る。


「異世界というのは神の数が少ないのう。こんな数でやりくりできておるのか? 日本とて統治に神が1000万は必要ぞ? あ、我が200万滅ぼしたから、今は八百万か――


 途端、オネストを除く神々が姿勢を低くした。

 

「……っ、……っ!!」


 禍津神の威圧。

 大陸さえも海底へ沈むような、重圧。

 神さえ踏み潰されるような、神圧。

 

(馬鹿な、この俺が気圧されるとは……)

(だめ……いっちゃう……)


 魔獣キングベヒモスを打倒したケテテロスさえ、膝を折る。

 深海遥か彼方のアトランティスに住まうテスタロッテンマリアさえ屈する。

 その中心で薄らと、イトが笑っていた。


「な、皆何をしているのです!! かような異端に膝を折るなど……っ!」

「ほう雌犬、貴様は屈さぬか」


 腐ってもオネストは主神か、とイトは素直に感心する。彼女だけイトの威圧に耐え、膝を折ることをしなかったからだ。

 それでもまったく影響がないわけではない。

 臆する感情が、美貌に滲み出る。


「かつては我は、【語らずの神】と呼ばれておった。何故か分かるか?」


 平然と、イトは神々の間を歩く。

 神威を解放すればイトを吹き飛ばせるのに、誰も出来ない。


「語った神々から、我が喰ろうてしまったからだ」


 血が似合う、満面の笑みで続ける。


「先程も言うたろう。我は、200万の神を屠った。存在そのものを消した。誰からも語られぬようにした。故に、【語らずの神】」

「……!!」


 神々には見えていた。

 それは、まるでミーダスが虐殺した魔族に呪われていたように。

 二百万の神々が、イトに付着していた。


 最期に伸ばした神々の掌が。

 最期の慟哭に歪んだ神々の顔が。

 容易に、想像できてしまう。


 自分も、アレに加わる。

 そのイメージが、神々を萎縮させていた。

 禍津神の威圧——それ即ち、滅びへの恐怖。


「——と、いうのが前世の我、禍津神イトぞ」


 パチン、と。

 イトから指が鳴った途端、見えざるイトが解けたように、恐怖から解放された。

 しかし冷や汗と短い呼吸が、神々から暫く離れない。


「だが、流石に我も禍津神で参るのには飽きた。これからは普通の神らしく、普通に人間と魔族に二拍二礼一拍され、現人神として最高神に――ってどうした。何故そんなに疲れておる。だらしないのぉ」


 平伏したり膝を折ったりしている神々を見て、心底情けなく思う。


「よく見てみよ。我はまだ殆どヒトだ。お主らが吹けば飛ぶような男ぞ? これが異世界の神々とはのう。日本の神々あやつらが強すぎたのかのう?」

「ならば、吹いて差し上げましょう。あなたを世界の果てまで飛ばして差し上げましょう」


 オネストが、恐怖と恥辱と憤怒が混ざった混沌の笑みで近づいてくる。


「確かに我の信者は一人。何千万もの信者を誇る貴様らには、逆立ちしても勝ちの目はないじゃろう――しかしのう、我が雌犬」

「雌犬と呼ぶな汚物がっ!!」

。少しは恩に感じてくれてもバチがあたらんのではないか?」

「助けた、ですって……?」


 自信満々で頷いて、イトが続ける。

 ちなみに、どの神に攻撃されてもイトは即滅ぶ。そんな綱渡りのような状況なのに、余裕綽綽でイトは続ける。


「もしが、外にまで出ておったら? ミーダスが神獣白龍と宣ったあの妖で、もっと被害が出ておったら? お主の信者は、結構死んでおったのう。お主の教えのせいで」

「ふん、何を言うかと思えば」


 腕組をして、平静を取り戻すオネスト。


「よいですか? 私のワン王国には1億もの民がいます。今更千人程度死んだところで、最早それは誤差というところでしょう」

「おいおい。お主を祈っておる人間は報われぬな」

「別に、私たちは人間を見守っている訳ではないので。あなたも神を名乗っていたなら分かるでしょう。私たち神が見ているかが重要じゃない。人間達が『神は我らを見守ってくださる』と思っているかが重要なのですから」

「そうか? 我は見守っておるぞ?」


 はぁ? とオネストが怪訝そうな顔になる。


「我は全て憶えておる。……それ以降は、我も存在するのがやっとでな。見守る事さえ、満足に出来なくなった」


 その記憶に、貧富の差は無い。善悪の差もない。

 イトは本当に記憶している。本当の歴史も、歴史に残らなかった人々の営みも。


「神が見守らずして何とする。我らの背を見て、子たる人も魔族も育つのだぞ。我らを神として信じるからではない――我らが神であるからこそ、人々は合掌するのだ。人に教義を強要する前に、お主らの矜持を全うしたらどうだ」


 いつしかイトから笑顔は消え、本気の口調になっていた。

 だが、逆にそれが神々の失笑を買った。そして最後に真顔だったオネストも嗤い始めた。


「本当にあなたは神だったのですか? そんな、

「……そうか」

「では、そろそろ目障りです。消えなさい」


 神々が武具を手に、イトへと近づく。

 ただでは滅ぼさぬつもりだ。

 虚仮にされた分、長い時間をかけて天罰痛みを与えるつもりだ。


 まだ人に近いイトでは、為すすべがない。

 それはイトも認めるところだった。

 しかし。


「かか」


 禍津神は。

 高笑いした。


「かかかか、かかかかかかかかか!!」


 只管笑った。

 全力で笑いあげた。


「かかかか、かかかかかかかかか!! ひーひっひひひ、はは、あー、お主、


 完全に想定外の反応に、呆然とする神々。

 抱腹絶倒、イトがついに笑い転げる。


「いやぁ、犬が人間より目が弱いというのは、どうやら真とみて間違いなさそうだの」

「この期に及んで、壊れましたか?」

「まだ気づかぬか?」


 そう言ってイトがさりげなく指したのは、人間界と天上界を繋ぐ孔。

 しかしイトが昇ってきた【蜘蛛の糸】でも無ければ通れぬほどに小さい孔。

 故にこのまま時間経過で塞がるだろうと、軽く見ていた。


「……?」


 しかし、異変があった。

 孔が、大きい。

 否——【蜘蛛の糸】が広がって、


「あ、あ……」


 【蜘蛛の糸】から、人が見える。

 孔を、トンネルを通して人々が見える。

 ロックドアの中心街、それらすべてが見える。


「我が消えたころの日本の言葉を借りるならば……って所じゃの」


 深淵を覗く神が、深淵からも覗かれているように。

 人々もまた、神々を見ていた。

 そのほとんどが、神を失ったような、失望した顔つきになっていた。


「そりゃそうじゃろうな。お主、人が見てるのにぺらぺら喋るから……『今更千人程度死んだところで、最早それは誤差』とか、『人間を見守っている訳ではない』とか」

「それは……」

「あーあ、人間達はこう思ってるだろう。『神は死んだ』と」

「ま、ま、禍津神いいいいいいいいいいいいいいいい!!」


 人々には見えないように。

 人々には聞こえないように。

 顔中に皺を寄せるオネストへ、極悪の笑みで頭を下げる。


「ありがとう、雌犬。これでロックドアは神のいない零の地となった。即ち、現人神イトの土台が出来上がってしまったのう」


 イトがロックドアから最高神へ成り上がる下準備は、これで出来た。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る