第21話 禍津神、切欠で人が変わる事を神官に伝える
「んー、イト様のペット?」
「かか。ペットは雌犬のみで良いわ」
「すごいと思う。一週間で、こんな祭りを開いたのだから」
「そうさな。奴は実のところ、能力は高いぞ」
と言ったが、ツクミは心底すごいとは思っていなさそうな表情だった。
どこか、ジバールを嫌っているような顔付きだった。
「でも、いつも逃げ出したそうな目をしてる」
「それも左様じゃ。奴はどうも心の部分に弱みがある」
「私はジバールのこと、ステラが正しいと思う。いつか、裏切りそうで私は怖いよ」
「かか、そうか」
ツクミの懸念は否定しない。
そもそも、ジバールは典型的な魔族嫌いだ。イトがいるからツクミ相手にも強く出れないとはいえ、その眼には魔族を拒否する価値観が濁っている。
「イト様は、どうしてジバールを当主にしようとしたの?」
「ん? 流れでなんとなくじゃ」
「ジバールが悪い人なのに?」
「別に奴の悪など、我からすれば赤子の駄々に等しい」
と神らしい発言をしたが、最初に【傀儡】で執事たちの記憶を吸い取った時、彼の父親である【パズス】の悪行三昧を垣間見たからというのもある。
故に、このままでは最高神計画も最初から頓挫すると考えた。
だからこそ、偶々シームレスに当主の座につけそうだったジバールに目を付けた。
ただし、ジバールもパズスの息子なだけはある。
悪役のような、小物のような性格はイトの眼にもよく映っていた。
仮にこれが物語で、ジバールに役割が与えられたとしたら。
序盤で主人公の踏み台にされるような、そんな面白みのない役目なのだろう。
「ツクミよ。神官として、あるいは魔王になる者として、知っておくがよい」
「何を?」
「人は、変化するものじゃ。諸行無常と言えば良いかの。ちょっとした切欠で、善は簡単に悪へと堕ちる。しかし悪も簡単ではないものの、善へ昇ることもある」
「イト様は、ジバールが良い人になる、って思ってるの?」
「それはあやつ次第じゃ。神に出来るのは、その背中を少し押すくらいが関の山ぞ」
次第にイトが真剣な顔つきになり、ツクミも引きしまる。
「裏切られるのが怖い。それは確かに人ならば当たり前に持つ感情だ。しかし最初からそんな姿勢では、不和を誘発する事になる」
「ジバールを信じろ、って事?」
「そこまでは言わん。しかし、お主らはまだ会ってたったの一週間じゃ。もう少し見守っても罰が当たらんと思うぞ」
「でも、それでも裏切って、このロックドアに酷いことをしたらどうする?」
「ミーダスのように間引くしかないのう。禍津神の我がそうしたように」
さらっと言った。その自然さが、逆にツクミの恐怖を誘った。
だがイトは、万が一の事があればジバールを本気で間引くつもりだ。
禍津神、二百万回も繰り返した【
「しかし、現人神である我はそれ以外の選択肢も欲しい」
だが、その後で「かかっ」とツクミが好きな笑顔のイトに戻る。
「お主にも、そのような勇気があれば良いのう」
「……うん、勇気。持ってみる」
「かかっ。流石我の神官じゃ。この団子、お主が食え」
ツクミに団子を渡し、自分は日本酒を飲み切ると、ツクミと共にジバールを探しに行った。
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禍津神が転生する、少しだけ前の話。
国立魔術学院に、とある男女の生徒が通っていた。
男子はジバール。女子はステラと名乗っていた。
当時を知る者曰く、二人は友人だったという。
決して赤い
主席を巡る争いの境界線で、隔てられていた。
それでも、嫌い合っては無かった。
ジバールは、当主への熱意に溢れた生徒だったという。
ステラは、反骨心に溢れた生徒だったという。
正反対の二人ではあるが、互いを意識して只管努力した。
最後の成績が出て、主席競争はステラに軍配が上がった。
ジバールは悔しんだ。
しかしステラを祝福するつもりだった。好敵手として。
ステラは素直に嬉しかった。
だが彼との戦いはこれからだと、ジバールを意識していた。好敵手として。
だが、主席卒業発表の日。
選ばれたのは、何故かジバールだった。
ステラは絶望の顔をしていたという。
ジバールも青天の霹靂で、想像だにしない顔をしていたという。
それからだ。
ステラが、ジバールを軽蔑したのは。
それからだ。
ジバールが、学院に姿を見せなくなったのは。
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「やってられるかこんなもん!!!」
現在。
八つ当たる道具が無くて、思わずハンカチを路地に投げ捨ててしまった。
荒ぶる呼吸を抑えながら、ジバールは頭を抱える。
「くそ、ステラまで出てきやがって……こんなのがずっと続くのかよ……あんな化け物に抑えられながら……それじゃ当主になっても意味がないじゃねえか……」
当主になりたい。
子供のころから、そう願って、努力してきた。
結果、国立魔術学院の主席だって取ってきた。
賄賂でも。
そんな言葉と共に、ステラの冷たい目線が頭をよぎる。
「結果が全てだ……この世は結果全てなんだよ!! 今更昔の事ほじくり返してんじゃねえよ、畜生っ!! 俺だって頑張ってきたんだ!! 本当に頑張ってきたんだっ!!」
まるで言い訳でもするかのように、その場で蹲る。
トイの事といい。
イトの事といい。
ステラの事といい。
何故、何もうまくいかない?
「当主に成りたかっただけなのに……くそっ、なんでこんな仕打ちばかりっ!!」
路地の地面に八つ当たり。
ずっと夢見てきた当主に、今成っているのに。
当主になって、やりたい事があったのに。
当主になってやりたい事。
当主になってやりたい事——。
『父のような道を歩みたいか?』
突如、警告のようにイトの台詞が反芻される。
「歩みてえよ!! だって何もかも思うがままの人生なんだぞ!?」
だって、父はそうしているじゃないか。
それを継ぐのが当たり前じゃないか。
悪逆がなんだ。
自分たちは選ばれた神のような存在だ。征く道に悪は無い。必ず正義のカーペットが敷かれる。
だがグータラしているだけの兄が、長男という理由だけで当主を継ぐことになってしまった。だから毒殺しようとした。
父もまた、自らの兄に対してそうしたように。
だから父に倣って、兄を毒殺しようとした。
でもそうしたら、兄は神になった。
そして、当主とは名ばかりの傀儡になってしまった。
「そうだ、勇者に頼もう……王都にいる父に手紙を出そう……あのイトと、ステラを排除しなければ……
そう独り言ちて、手紙を書きに屋敷に戻ろうとした時だった。
また内部に巣食った、記憶のイトが雁字搦めにしてくる。
『どうした。新当主になりたかったのだろう? トイを毒殺してまで。念願が叶ったではないか』
「念願、叶ったさ。なって、なって、それから――」
言い訳をするように独り言ちた。
でも、それが続かなかった。
当主になってやりたい事。
当主になってやりたい事——。
「あ、ジバール様だ。こんな所にいてごめんなさい」
子供の声。
よく見れば、人間の少年と、魔族の少女がいた。
どうやら大人たちに隠れて、団子なるものを食べていたらしい。
猫耳を付けた魔族の少女を見て「汚らわしい」と言いそうになった。
だがそのワードを口にする前に、人間と魔族の子供に先制された。
「あ、この子ね、金魚掬い一緒にしてたら仲良くなってね」
「……たのしかった」
と顔を合わせて、楽しそうに団子を頬張る。
「あとお母さんが言ってたよ。こんな人間どころか魔族も楽しめるような祭りを開くなんて、パズスって悪い当主と違って、ジバール様はいい当主なんだなって」
「ジバールさま、ありがとう」
「えっ、いや、それは」
なぜか魔族にまでお礼を言われて、さっきまで何を罵倒しようとしていたか分からなくなってしまった。
自分は、ただイトの要求を呑んでいただけなのに。
感謝される謂れなんかなくて。感謝なんかいらなくて。
そんな物渡されるくらいなら、地位とか名誉とかが欲しかった筈で。
「あ、そうだ。お母さんに店番してって言われてるんだ。ねえ、一緒に行こう」
「うん」
魔族の手を握って、少年は奥へと行く。
「ジバール様、楽しかったよ。ありがとう」
「あっ」
反射的に、手が伸びた。
まるで、宝物が転がって行ってしまったかのように。
……その伸ばした手の甲を、ジバールは凝視し続ける。
(なんで俺は手を伸ばしたんだ。なんで魔族のガキを迫害しなかったんだ。そうするべきな筈なのに――俺はどうして、手を伸ばしたんだ)
「のう、ジバール」
「うわっ!? い、イト様!? こ、ここんな所まで何の用で?」
今度は本物のイトだった。
一部始終をずっと見ていたイトは、どこか嬉しそうにジバールの肩に腕を回す。
「また一つ、当主らしい事をしに【エミシ】に行こうかの」
「え、エミシ?」
「日本酒と、お主の右腕を頂きに行く」
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