第22話 禍津神、別の神に出会う

 ロックドアで催された現人神生誕祭に、王都はざわついていた。

 さらに風の噂で、『ロックドアは神不在の土地』なる情報も上乗せされた。

 結果、当然王都の教会本部は怒り心頭である。

 烈火の如き罵声が、王都中から上がっていた。


 そんな最中、ロックドア当主は何をしていたかというと。

 アルコールと氷の入ったグラスを片手に、もう片方の手でをしていた。


「おう、入れ――さんよ」


 異世界から来たという勇者が人、別荘の中庭に入ってきた。

 先頭に立っていた、リーダー格の少年が言った。


「勇者の【太郎】だ」

「知ってるよ、君は有名人だ。その面白い名前も……俺が【パズス】だ。今、外で気持ち悪い信者共がうるさいだろ? あのロックドア現当主だ」


 かなり広く、精巧な作りの屋敷であるが、外の合唱は鳴りやまない。


「……あんた、ここに居たらやべえんじゃねえのか? 外はロックドア憎しで、ロックドアの人間ならだれでも殺しそうな勢いだぞ」

「でもアイツらはここには近づかねえ」

「どうしてだ?」

「俺が偉いからだ。

「……」


 後ろ二人の勇者は黙った。勇者とて黙らざるを得なかった。

 そもそも彼らは、つい最近まで日本の高校生だったのだ。


「た………たず……け……」


 


「助けるなよ。勇者。今更助けたところで、直あの男は死ぬ」


 また一投。また一刺。

 さく、と肉の裂ける音がする。


「異世界の文化は知らんが、この世界では権力を極めれば他人の生命を玩具に出来る。例えばこの貴族兼聖職者には、俺の権力を与え続けてきた。けれど、契約を履行しきれずに失敗した。その契約の代償として、俺を楽しませている」

「…………あん、なの……出来るバ!?」

「あ、しまった。終わってしまう」


 喉に突き刺さり、遂に死の痙攣が始まった。

 呼吸も出来ない。声も出せない。

 これが元々貴族であり聖職者であったなんて信じられない。


 勇者たちもたじろぐ程だったが、その中でも【太郎】だけは精悍な顔つきを崩さなかった。パズスはその目を気に入りながら、グラスの酒を煽る。


「俺には思い通りにならないのが3つある。1つめはダイスの目。2つめは川の流れ。3つめは、神共の教えだ。この3つめのせいで、俺は嫌々出来損ないの長男に家督を譲らなくてはいけなかった。だから育ててきた、それなりに出来る次男にのだが」


 空になったグラスを事切れたヘ投げた。

 頭にガラスが無数突き刺さり、血を更に浸す事になる。


「まさかジバールが当主に成り代わらんとしているとはな」

「【戦神コンチネント】曰く、どうやら現人神を名乗る男に脅されているらしい。俺たちはそいつらの退治を、コンチネントを通してオネストから託されている……しかもそいつの隣には、月魔モノクロームもいるらしい」


 勇者が背中に光を放つと、そこに筋骨隆々の男神が出現した。【戦神コンチネント】のシルエットが浮かび上がっていた。

 パズスも噂でしか聞いた事が無かったが、この太郎という勇者は、ことが出来るらしい。


 ほかにも噂は聞いている。

 例えば、など。


 だがそれよりも現人神を自称する存在、イトを憎む方がパズスには重要だった。

 彼には良き手駒だったミーダスも殺されている。

 思い通りにならない存在は、4つ以上はいらない。


「戦略は俺に従ってもらおう。俺のロックドアなんでな。俺の手で取り返さねば、俺の権力に差支えが出る」

「いいぜ。俺たちは力を試せればいい」

「お前らは【エミシ】で、そこにいる連中に少し脅しをかけてやれ。場合によっては村を燃やしてもいいぞ? あそこには昔うるさかった【アマス】というジジイがいるからな」


 とはいえ、流石に人殺しは出来ないだろう。だがそれで十分だった。


「あと、俺の思い通りに動く聖職者達にも声をかけ、別動隊を動かす。恐怖を与えるときは複数同時に、だ」


 殺しは別動隊にやらせる。

 効果的に、生きている人間に効くようにやらせる。


「さて現当主パズスの恐怖を――俺に逆らえばどうなるか、思い出させてやるとしよう。帰った時、俺の居心地が良くなるように」


 恐怖でロックドアを支配し、名誉も地位も全てを手に入れた男、パズス。

 自らを悪と断定する存在を、全てダーツの的にしてきた男、パズス。

 そして今、勇者たちと手を組み故郷楽園に帰還せんとする男、パズス。

 

 次に美女でダーツをやってから、パズスは王都を出た。




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「かかっ、大きい自然よのう。日本の森林にも負けぬ、全ての原風景よ」


 イトは小洒落た街より、緑に囲われた田舎が好きだ。馬車から降りるなり、美味しい空気を一通り吸う。

 ツクミも人が少ない村でプレッシャーが少ないせいか、イトの隣で背伸びして空気を一通り吸う。

 空気が不味そうなのは、相変わらず肩から力の抜けないジバールだった。


「何をしておる。そんなに縮こまっては、相手に舐められよう」

「いや、あのイト様……そんな、俺の補佐役を探しに、こんな所まで来られなくても」

「どんだけ自分の力を過信しておるのだ。たとえどんな人間であろうと一人で政治は出来ぬ。それが独裁者であろうとだ」

「……【アマス】って、確か父上が追放した」

「——そのアマスに何か用かね」

 

 自然と紛れていた。

 短く刈り込んだ銀髪と、農作物でよく引き締まった肉体が特徴の老人が三人の間に割り込んでいた。

 驚天動地、ひっくり返りそうになるジバールの隣で、「かかっ」と面白そうに笑うイト。


 この男が、二十年前ロックドアを立て直そうとした、英雄。


「外から来るなんて、村長に来てくださいと言っているようなもんだぜ」

「お主の駄洒落は面白いが、如何せん我が神でな」

「ああ。あんたかい。ロックドアの中心街でオネスト信仰を打ち砕いた、【語らずの神】とは」

「ほう……その名はオネストにしか言っていないはずだが」

「生憎と俺の家にも神がいてな」


 そう言ったアマスの家は、既にすぐ隣にあった。

 村長という割には広くない。最大限の質素さと、程よい狭さと、趣深い古さを兼ね備えた家であった。

 イトはその家を見るなり、胸に神威が浸透するのを感じた。


「確かに、ここには神がおる」

「イト様みたいな現人神?」

「いいや? 俺も現人神には初めて会ったさ。ウチの神は依り代を使って具現化してるだけさ」


 アマスに連れられ中に入ると、無数の葉が小さな塊を為して浮いていた。

 シルエットは、てるてる坊主が一番近い。

 ジバールは再び開いた口がふさがらないと言った様子で驚愕していたが、ツクミはどこか親近感を覚えるように自然と近づいていた。


「この子が、神?」

「そうだ。マナという神でな。この村が40年前、オネスト達ワン王国に併合させられるまでは、この村の主神シンボルだったんだ」


 ま、茶を出すから中に入ろうや、とアマスが中に入る。

 しかしイトは別の視線を感じており、外の方を眺めていた。


「どうしたの?」

「こんな所にまでくるとは、やはり我の神官になりたいらしい」

「なんのこと?」

「まあ、後回しにしようかの。折角出迎えてくれた神と英雄に失礼ぞ」


 とイトが逸らした視線の彼方には、実はとある少女がいた。

 ステラだった。


「気になって着いてきたけど……なんで、に現人神と、ジバールが……」


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