第23話 禍津神、交渉する
庭でツクミとマナが駆けまわっていた。人と神というより、まるで人とペットのようにも見えた。
マナは葉の集合体が蠢いている神であり、顔もなければ声もない。その心を伺い知るすべはない筈なのに、その場にいた誰もが納得する。
子供のように、マナは楽しそうだと。
「今はああ見えても、昔はちゃーんとデカい祠が建てられて、それはそれは毎日崇められるような豊穣を司る凄い主神だったんだぜ?」
【主神】という部分がイトの気を引いた。
「40年前、俺もガキだった頃、エミシはどの国にも属さぬ村だったのよ。で、ワン王国に攻め込まれた時、村ごとマナもオネストに降っちまった」
「……左様か。それで今は、オネストの従神になっている訳か」
オネストの従神ならば、多くは二週間前の天上界で見た。
だがこのマナのように、根付く土地にいる従神も多いのだろう。
「現人神さんとやらは、そのオネストに喧嘩を売ったんだってな」
「かかっ、そうなるのう」
「するてえと、オネストの従神であるマナを倒しに来たのかい」
「かような善き神を仆した所で、明日呑む酒が不味くなるだけぞ。しかしいずれは我の従神になるのだろうがな」
「それは良かった。マナにはもう、遊ぶ力しか残っていないからな。神らしいことは、何一つできない」
特に悲壮感は無く、寧ろそれを望んでいたようなアマスの口調。
確かに、マナからは何の神威も感じない。何の力もない。
ただ存在するのがやっと、といった様子だ。
「40年前までは、村の人間はみんなマナの事を称えていた。けど、オネスト教にみんな靡いちまった。若いのが街に行って、過疎化が進んでいることもあるわな……結果、もうマナの事を信仰してるのは俺しかいねえんだよ。だから、あの有様だ」
「左様だったか」
「まあ俺も、二十年前まではロックドア中心街にいたから、人の事は言えねえんだけどな」
はっ、と小さく笑いながらアマスが続ける。
「正確には娘もマナを一応信仰してる。でもオネスト教に目覚めちまって、国立魔術学院卒業してから、第18騎士団に入って碌に帰ってきやしねえ。だから怖いのさ。俺が死んだら、マナも消えちまうんじゃないかってな……俺にとっちゃ神ってより、もう家族みてえなもんだからよ」
その話を、庭で遊んでいたツクミも聞いていた。「どういうこと?」とイトの方を見てくる。
「ツクミ、覚えておくがよい。神故の弱点が存在する」
「……そうなの?」
「誰からも忘れられた神は、その時点で消滅する」
「まあ、寿命みたいなもんかもしれねえけどな」
キセルを数回叩き、灰を庭へと落とす。
悲しげな顔になったツクミを一瞥しつつ、ふっ、と励ますような笑みを見せるアマス。
「前段で辛気臭くして悪かったな。で、今日は俺を殺しに来たか? パズスの倅」
「……いや、そんな事はないです、はい」
「聞いてた話より随分と静かじゃねーの。あのパズスを差し置いて当主になったらしいじゃねえか。結構命知らずだなと思ってたのに」
と聞いて、僅かに恐怖が込み上げる。
だがイトに腕で押され、予め示し合わせていた本題へと入る。
「20年前、父がアンタを追放した事は済まなかった」
「別に倅が謝る事じゃねえだろ。それに、こうやって故郷に帰ってこれた」
「でも、アンタがあのまま居残れば、ロックドアは世界有数の地方にだって成れた。だからその政治力を見込んで、もう一度戻ってきてくれないか? 勿論、それ相応の待遇は用意させてもらう」
言い終えてから、ぎこちなく土下座をするジバール。
これもイトがあらかじめ仕込んでいた事だ。
誠意を見せろ。さもなければ、あのロックドアを一人で盛り上げねばならぬぞ、と。
そう脅されて、額を床に当てている。
「却下だ」
「えっ」
ニコリともせず、しかし憎たらしそうな皺もなく、淡々と返された。
「どんだけ偉いつもりだ。ロックドア家の都合で俺を追放しておきながら、手が足りなくなったら呼び戻すだと。俺の生活、考えたことあるか?」
「た、待遇はちゃんと考えるから……」
「金なんていらねえさ。最低限生きていくなら十分な飯はある。あと酒。そしてマナがいりゃ十分なのさ」
「このエミシそのものを盛り上げると言っても駄目か?」
現人神が口を挟んできた。
「お主、このエミシを立て直しているそうではないか。皆が一丸となれる様な村づくりをしつつ、より効率的な農業の作法も広めておる」
「ほう、今度は褒め殺し作戦か?」
「だが、実は村づくりの方は上手くいっておらんな?」
ぴく、とアマスの顔が固まる。
「先程過疎化が進んでいると言ったな。若者が都へ行ってしまう。人手がいなくなってしまう。だからお主はエミシを盛り上げようとした。地方創生という概念がそういえばあったのう。そしてエミシ発の食べ物として、米に目を付けた。ワン王国ではここでしか米が取れぬらしいからな」
「そうだ。しかし、どうにも米の扱い方が分からねえ。セカン帝国でも取れる米を参考にしてんだが、上手くいかねえ」
そのタイミングで、どん、と家から音がする。
日本酒を詰めていたビンを、その場に置いたのだ。
「これは日本酒という」
「酒だと?」
「これは、お主らが四苦八苦しておる米から出来る。この地の米だからこそ出来る」
ワイングラスへ少し注ぎ、アマスに渡す。
それを訝し気に口に運ぶと、カッ、とアマスの目が見開いた。
「なんだ、この芳醇な香りは……!! こんな美味しい酒、飲んだことがねえ……」
「かかっ、言っておくがそれでも味は薄い方ぞ。我の神術ではなく、ちゃんと水や発酵技術で培った酒は、それの何倍も美味なことを保証しよう」
「あの米が……こんな飲み物に化けるというのか」
震える手で、アマスは再度飲む。明らかに一目ぼれしていた。
「ここに酒蔵を造り、米を使って日本酒を造る。その名にマナの名を入れておけば、信者が戻ってくるかもしれぬぞ。町おこしも出来て一石二鳥ぞ」
「だが仮にできたとして、王都の奴らが黙っていないと思うぜ? オネスト様に捧げる酒はワインで無くてはならん、とかなんとかな」
「そこは我が守ってやる。我が膝元を汚そうとするならば、何度でもお仕置きしてやるわ」
一通りイトとアマス、互いにワイングラスに注いだ日本酒を飲みかわす。
ツクミとマナのいる庭を眺めつつ、その向こう側にある山を肴に、その彩り豊かな美味を堪能するのだった。
だが、一人佇んでいるジバールを見て、先程までの宴会気分とは打って変わって、冷たく言い放つ。
「だが、やはり却下させてもらおう。俺はパズスの倅の片腕にはならない」
「……ほう」
イトはこれも想定外と言わんばかりに日本酒を口に含むが、ジバールが次第に目を逸らし始める。
「大体、さっきからなんで現人神さんが喋ってんだよ。そっちのパズスの倅に言わせるのが筋ってもんじゃねえのか?」
「……それはお主が正しい。我はあくまで神。政治や交渉は人の仕事ぞ」
とイトにも睨まれ、ジバールが凍ったまま直立する。
「自分の言葉を持たねえ奴に、俺は村は預けられねえな。ましてや、あのパズスの倅ではな」
「……」
「残念だ。国立魔術学院で賄賂を渡して主席になったとか聞いたときは『嘘だろ?』とは思ったが」
「それは……!!」
ステラの軽蔑していた視線とは違う。
ジバールがどのような人物かを見定めるために、敢えて威圧的に聞いているだけだ。
そんなジバールの隣で、イトが尋ねる。
「一つ聞こう、アマス。お主の娘はステラだな?」
「……」
どうやらその事は、既にジバールは確信済みだったらしい。アマスも特に驚いた様子は見せず、イトに問い返す。
「あのじゃじゃ馬、お前さんに何かしたかい」
「ああ。我が登用しようとしてフラれた」
「ほー。神の嫁になるなんて、誉れな事だと思うけどなぁ」
「かか、嫁か。それは考えておらんかった」
そう言いながらも、イトの左手から伸びた
直後、その先端に位置していたステラが引っ張られて、その場に投げ込まれた。
凍り付いたジバールの顔。ステラもジバールの顔を視界に移さないようにしながらイトを見つめる。
「ずっと見ておったな、ステラ」
「気付いていたのね……」
「うーむ。お主尾行は下手じゃろ」
「仕方ないじゃない。居てもたっても居られなかったのよ。一応ここは、私の実家だから」
ついてきたのは、どうやら故郷であるエミシに何かしないかと警戒してのことだったようだ。
マナがものすごい速度でステラの下までたどり着いた。
「や、やめなさい!! 分かったから、ただいまただいま」
マナなりの愛情表現を払いのけると、アマスを睨む。
アマスは呆れた口調で「おかえり」の代わりに、小言をぶつけ始める。
「どうだった? 第18騎士団は。何もできなかっただろう」
「……出来たわよ。あともう少しで」
「自惚れるな。それがお前の実力だ。主席で卒業できなかった時点でな」
「それはこいつが賄賂で奪い取っただけの話でしょう……!?」
今ナイフがあれば刺し殺しそうなくらいに、ステラがジバールを睨んでいた。
その真正面から逃避したい気持ちが勝ったのか、ジバールがステラから顔を逸らす。
「良い機会だ。ジバール、ステラ。少しお主ら話をせよ」
「え?」
神の突然の提案に、少年少女二人は絶句した。
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