第24話 禍津神、本音を吐き出させる

 国立魔術学院にて、権力という不条理があった。

 少女は、不条理に正当な結果を打ち砕かれた。

 少年は、不条理のおかげで主席の座に就くことが出来た。

 その片側を見ながら、彼女の父親は語る。


「——俺は、ロックドアを追放されてから、俺はロックドア家に加担した連中として、この故郷エミシで冷ややかな目で見られることも多くなった。その目は、ステラにも向けられた」


 酒の肴になりそうにないのに、酒が進む。

 それは、娘が道を踏み間違えかけた背中を見たせいか。


「……それでもステラは、ガキの頃からエミシが好きだった。でもパズスが無茶な政策を繰り返して、村は疲弊した。母代わりだったマナも消えそうな程窶れたのが決定的だった――私がこのエミシを変えてやるって。追放された俺とは違って、この不条理な世界を変えてやるって。半ば喧嘩別れで家出しちまった」


 縁側に座り込む父親と、その淋しそうな横顔を見守る現人神。


「だがお主の事だ。娘の事を、調べておったのだろう」

「ああ。その手の知り合いには事欠かなくてね。国立魔術学院に入学して、パズスの倅と会った事も。仇敵な筈なのに、意気投合したことも。友人として競い合ったことも。ステラが明らかにパズスの倅を意識して実力を高めたことも。パズスの倅が賄賂に頼るような奴じゃねえことも。それでも、最後には賄賂が学院を歪めたことも。ステラが裏切られたと、より一層権力を敵視するようになったことも。全部知ってる」

「ジバールが人が変わった事もか?」

「そっからは想像しかねえよ。でもな、現人神。お前はどう思う?」


 キセルを叩く音。二回叩く音。

 裏切者へ向ける侮蔑の視線と、居たたまれなさが逆恨みに転じそうな視線のぶつかり合いを、アマスは淋しく見つめる。


「すべての努力を嘲笑われた、ステラの事か?」

「いや、パズスの倅の事だ」

「……」

「主席になるために死ぬほど努力してきたのに、気づけば背後の権力が全てお膳立てしてた。それってよ、何もかも虚しくなるんじゃねえのか?」


 二人の目線は、少年に注がれた。

 少年は、不条理のおかげで主席の座に就くことが出来た。

 少年は、不条理のおかげで主席の座に就くことが出来て――。


「……残念だ。そのままの彼娘の良き競争相手のままであったら、少しは協力したかもしれないな」

「今はダメか?」

「少し前はパズスの操り人形で、今はお前の操り人形だよ。現人神。俺には人形の補佐は出来ない」

「そうさな。あやつは今、自分の心に従っておらぬ。自分の心が、分かっておらぬ」



============================


 いつからだろう。

 自分には権力があるから、何とかなるという思考に染まったのは。


 ジバールは、今日までそうやってのらりくらり生きてきた。

 目下のものには権力という盾に隠れて、言いたい放題。

 目上のものには権力を守るために媚び諂い放題。

 イトにロックドア家を乗っ取られた時だって。

 なんだかんだゴマをすって生き延びている。


(だから今回も、何とかなるだろう)


 目前のステラに戸惑っている。

 こいつは目下の人間だ。

 ただし実力はある。

 適当にあしらう。


 だって。

 その方が楽だから。

 努力なんてしなくても。

 人形みたいな生き方でも。

 どうせ権力が守ってくれるから。

 どうせ。どうせ。どうせ。どうせ。


『良い機会だ。ジバール、ステラ。少しお主ら話をせよ』


 と絶賛目の上のたん瘤である現人神バケモノに言われて絶句した。

 だがアレに逆らってもいいことはない。うまく利用しよう。

 未だ泥まみれになって頑張ってるステラへ、ジバールは向き合った。


 

 それも昔の、子供の他愛ない回り道だ。

 いい加減、ジバールもステラも大人になる時期だ。


 適当にあしらう言葉でも――。


「冗談でしょう」


 敵意丸出しの歯軋りをしながらステラ。


「私は話すことなんて何もないわ。親の権力を齧る事しか知らないこんな奴と」


 はっ、とジバールは鼻で笑う。

 黙っていれば良かったものを、しかし何故か怒りが込み上げた。

 ここは黙っておくのが合理的なのに。


「いつまで過去に拘ってやがる。結果が全てなんだよ……どんだけ努力しようが、どんだけ成績上げようが、結果主席になったのは俺だ。俺は当主になって、お前は騎士くずれに落ちこぼれてる……それが、それが全てなん――」

「じゃあ今結果で示してみなよ」

「ひぃ!?」


 突如ステラが殴り掛かる。ジバールも応戦する。

 魔術が飛び交う。火球が、白炎が交差する。

 突如、戦闘が始まった。


 白熱する戦闘だったが、ステラが優勢だったのは火を見るより明らかだった。ジバールは剣を飛ばされ、情けなく後ずさることしか出来ない。


「ぐっ!?」


 泥まみれ、汗まみれでジバールが倒れる。引きつった顔で見上げた先には、準備運動とばかりに平然とした顔のステラが佇んでいた。


「あの頃よりも弱くなったわね。これが権力しかない貴様と、本当の実力を持つ私の差よ」

「……はぁ、はぁ」

「私とて、最早学院は過去なのよ。だが現在、貴様が当主としてふんぞり返っているのは我慢ならない。お前らロックドア家の政治は、人を不幸にする。お前の父親パズスが、どれだけの多くの人生を狂わせたと思ってるの……!!」

「お、俺がやった事じゃない……」

「だから私が当主になる。貴方が当主になって犠牲にする人達を、私が助ける」

「俺がやった事じゃない……」

「これからやるんでしょう。学院で、不正にルールを捻じ曲げたそうしたように」

俺がやった事じゃない……!!」


 ぽろりとはみだした、何気ない弁解。


(あれ)


 適当にあしらうだけだったのに。

 もう国立魔術学院など、古い話なはずなのに。

 どうしてこんなにも、ポンポンと喉から出てくるのだろう。


 止められない。

 かつての友人を前にして、何故か止まらない。

 心の中で、何かにしていた蓋が何度も叩かれている。


「俺だって……本当は、お前を祝福するつもり、だった……」

「は……?」

「お前が主席になると思っていたから、花束まで買った。俺は、俺は何も知らなかった、父上が、裏で賄賂を回していたなんて……」

「口では何とも言えるわね」


 と言いながらも、僅かにステラが向けた刃に戸惑いがあった。

 その刃に、イトが絡まる。

 グラスを左手に、右手から放出したイトの神威である。


「——口ですら何とも言っておらんかったのではないか? ジバール」

「い、イト様……?」

「その続きを言え」

「つ、続き?」

「前にも聞いたろう。父のような当主になりたいのかを。お主が目指す当主とはなんだ」

「そ、そんなこ」

「本音で話せ」


 ステラは絡まるイトが一切斬れない事を悟りつつ、ジバールを見ながら鼻で笑う。


「聞かなくても分かるわ。現人神も知ってるでしょう? こいつがロックドアでやりたい放題、欲望に忠実だったことを。毎日がパーティーの連続。下の者を顧みることなく、そしてオネスト様が禁じている奴隷ビジネスにまで許容する始末……この地方は、奴隷ビジネスでしか稼げない弱い場所にもなっているのよ。そんなロックドア家が続けばこれから先、次世代の子供たちも頑張っても絶望する未来しか見えない」

「違う!!」


 ジバールの脳内に、一つの光景が思い浮かんだ。

 一週間前、路地で見た、手と手を繋ぐ人間と魔族。

 二人の笑顔。

 そして、二人の感謝。


『ジバール様、楽しかったよ。ありがとう』


 あんなふうに。

 あんなふうに。


「俺は……もう一度、言われたい。『ありがとう』って、言われてみたい」


 自分でも不思議だった。

 自分の身体じゃないようだった。

 まさかイトが、【傀儡】とやらで自分の体を操っているのだろうか。


 これは本音じゃない。

 もっと楽に生きたい。合理的に生きたい。


「……えっ、いつの間に、前に……!?」

「その本音から逃げるなよ。いや、その本音からは逃げられぬぞ。いかに貴様が父親と同じ怠惰に入り浸りたいと願おうともな」


 いつの間にか、ジバールとステラの間に割って入っていた。

 ステラも「いつの間に移動したの!?」と驚愕していた。


「のうステラ。お主、刃の向ける先を間違えておらぬか?」

「……現人神」

「お主が責めるべきはパズスと、賄賂如きで教義や信念を捻じ曲げた国立魔術学院とやらではないか?」

「ええ。パズスはいずれ倒す。国立魔術学院だって、いずれ正常な教育機関にしてみせる。だけど、コイツも同類だった事に違いはない」

「同類だったジバールは本音を少しだが話した。では次は、お主の本音を見せてみよ」


 は? と眉を顰めるステラに対して、グラスに日本酒を自ら手酌しながらイトが続ける。


「それとも暴れ足りないのなら、本音と一緒にお主の全身全霊を、神たる我に献上するがよい。お主を神官にするにあたり、力を見ておきたいのでな」


 家の庭で、「あ、私の時と同じだ」とツクミが呟いていた。

 その隣で、アマスは「神ってのは奔放だねぇ」とツクミに返していた。

 イトに殺気は無いし、敵対心もない。しかも右手に日本酒を抱えたまま、左手だけで相手しようとしている。とても戦う者の態度ではない。


 困惑するステラに、イトは発破をかけた。


「どうした。オネストへの信仰心はそんなものか? アレを雌犬と揶揄する邪教の神が目の前におるのだぞ?」

「……っ」


 その瞬間、ステラの剣が一閃された。

 同時、イトはグラスに注がれた日本酒を右手で飲む。

 一方左手で、ステラの剣を掴んだのだった。


 唖然とするステラ。


「……そんな」

「言うておくが、この世界の不条理を変えたいのなら、神を仆すぐらいの力が無ければ一人では無理ぞ」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る