第25話 禍津神、酒飲みながら聖騎士をあしらう。

白龍槍スノウテイル!!」


 最大限に魔力を溜めた上空から、氷柱が降り注ぐ。

 それも数百。最早雨である。

 いつしか戦いは野原へと移っていた為に一切被害は出ない物の、氷の海原がその後には広がった。


 ほかの場所も、ところどころ凍てついている。

 氷の災害が、服を着て歩いているといっても過言ではない。

 それ程に氷の魔術を穿てるステラの潜在能力は、ワン王国の中でも完全に突出している。


 だが劣勢なのは、両肩で息をするステラだった。

 氷柱の上で酒を飲むイトは、小馬鹿にするように笑う。


「どうした。鬼ごっこは終わりか? 我は鬼ぞ? 酒吞童子みたいな本場とはいかぬが、ここでは鬼ぞ? おっと、いや、鬼ならばお主を捕まえねばならぬのか……」

「……酒を飲みながら、全部躱してる……? 酔っぱらいながら……」


 一方のイトは、一切攻撃をしていない。

 左手に日本酒の瓶とグラスを携えたまま、逃げ続けるだけ。

 さっきから戦闘しながら、いつの間にか注いだかと思うと吞んでいるのだ。

 そのせいで、さっきから酔ったような雰囲気を醸し出している。

 

「くそっ!!」


 戦闘を酒飲みの肴にされた怒り、そしてそれを許してしまう自分の不甲斐なさに突き動かされ、一気に近づいて剣を振るう。

 洗練された剣閃。紛うことなき努力の賜物。

 普通の人間ならば、斬られたことにすら気付かない程に鋭い一閃。


「えい」


 しかし、その剣閃はイトからた。

 直前、その剣閃を。

 


「え、今、酒ビンを掠めて……」

「たかが日本酒と侮ったな」


 侮っている訳でも、日本酒が悪いわけでもない。

 問題は、脆い硝子瓶で自分の剣が防がれたこと。

 その事実を直視するだけで、ステラの目が血走る。


「う、ああああああああああ!!」

「頑張ってきた剣よの。だが、素直すぎる。まるでお主みたいじゃ」

「あああああああああああああああ!!」


 氷柱を足場にして、四方八方を飛び回り、突如斬りかかってくる。

 時には二人にも三人にも見える様な足運びで剣閃をお見舞いしてくる。

 一太刀一太刀が、あまりの速度に零度の冷気を帯びている。当然そんな速度で斬られれば両断は待ったなしだ。


 だが、ほろ酔いになってきたイトに、一回も当たらない。

 それは酔っ払い特有の予測できない動き故か。

 否。寧ろ予測しているのはイトだった。


「そういえば、一つ聞かせよ」

「……!?」


 剣と氷の嵐の中心で、必死な形相のステラにイトは尋ねる。


「お主、何故あのをそこまで信奉する? まあ、マナの上におる訳だからおかしな話ではないがの」


 信奉する神を雌犬と貶されたことによって、憤怒と勢いが増す。

 だがそれらもすべて、酒ビンで往なしている。


「今から二百年前。ワン国が始まったころ!! 世界は調和に満ちていた!! !! それは、皆がオネスト様の教えに従っていたおかげ!!」

「200年前か。人の歴史書はそれ以前を示しておらぬ。恣意的とは感じなかったか?」

「でも、確かにそこに幸せは在った!! 人々が教えを捻じ曲げた時から、歴史はおかしくなった!! だから私がもう一度あの時代に戻す!! オネスト様の教えを、もう一度順守させる聖騎士となる……!!」

「歴史は簡単に嘘をつくぞ。いつだって勝者のペットだ」

「じゃあ私たちの幸せはどこにあるのよ!!」


 毎日、ロックドアの権力に怯え。

 過日、ロックドアに仕えた父は後ろ指を差され。

 結局、ロックドア家に生まれた人間は搾取するようにできている。


 だが、そんな現実を前にして。

 理不尽の権化の如きイトを前にして。

 只管剣を振るいながら、ステラは歯を食いしばる。

 

「私は御免。このまま不条理に埋もれるくらいなら、死んだっていい。主席になれなくても、実力で全部取り返して見せる……!! 皆の幸せを……その先に、光があるなら……」

「そうか」


 僅かにステラの顔が滞る。

 先程まで酔いどれだったイトが、哀しげに顔を向けていたからだ。


「お主は、犬の道を通るつもりか」


 全てが砕けた。

 ステラの剣も。辺りに散らばっていた巨大な氷柱も。

 いつの間にかイトが出した神器【線絶刀イタチノカタナ】が織りなす超濃度の斬撃により、粉雪に変わった。


「えっ」


 煌めく世界。

 その最中で、イトは最後の一杯を飲む。

 

「おお、いい具合に冷えた」


 ステラの剣術も。氷魔術も。

 全て、露と消えた。

 イトが少し剣を振るうだけで。

 不条理が、少し力を使うだけで。

 

「日本酒とは温度で味が変わる摩訶不思議な飲み物でな。待っておったのじゃ、いい具合に冷えるのを」

「……そんな。最初から酒の肴にしかされていなかったなんて」


 それどころじゃない。

 完敗どころじゃない。

 最初から、相手にさえされてなかった。


(神術とやらを、一つも使わせてないなんて……)


 挫折。何度も味わったはずの、苦い味。

 それが、ステラに降りかかっていた。


(これが……神)

「それで、ステラ。お主は何を為したいのだ?」

「……え?」

「お主の今していることは、その夢に近づけておるか? ただ何かを成し遂げた気になるような、犬の道にはまっておらぬか?」


 見上げる聖騎士の目には。

 迷える子羊に向ける様な、哀れみの神の目が合った。


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