第19話 禍津神、聖騎士を神官に誘う

「街で何が起こったかは聞いた。オネスト様空に浮かんで、それを貴方が撃退した、と」


 凛として立つ芍薬たるステラの言は、大体間違ってない。

 オネストの偽物であるという点を除けば、だが。


 女神を心から信奉している。その信仰心をイトは感じ取った。

 ステラからも、後ろの聖職者たちからも。


「現実から目を逸らすな!!」

「そうだそうだ、オネストなんて神はいなかったんだ――うっ!?」


 参拝者から罵声を浴びせられても、一睨みだけで静めてしまった。

 死線を潜り抜けねば、会得できぬ目だ。

 

(若いのに、どうやら戦場いくさばを見てきたようだな。しかし)


 イトが気になったのは別の事だった。


「ジバールとは知り合いか?」

「同じ国立魔術学院の同級生。それだけよ」


 ぴしゃりと話題を締められてしまった。

 ジバールも国立魔術学院を卒業したのは知っている。しかも首席で。


(……が、矛盾があるな。面妖なことだ)


 と感じたのは、ジバールなど一蹴出来るほどの実力が、ステラの一挙手一投足から感じられたからだ。

 ならば、このステラが主席という方が自然なのだが――。

 

「というか、なんでジバールとの関係を聞くのかしら。オネスト教を信仰するって、あなたに目前で敵対宣言をしているのだけど」

「いや、それはどうでも良くての」

「どうでも……良い……!?」


 ステラも、その後ろの聖職者たちも騒然とし始めた。

 『イトを信奉しない。オネストを信仰し続ける』

 そう敵対宣言をした予想と現実に、あまりにも乖離があったからだ。


「お主らがオネストの事を信仰していようが、特に大差ないと言うておる。後ろの修道女達お主らも、あのオネストの失言を聞いたうえで、今の信仰を続けると決めたのじゃろう――後ろめたく思うでない」

「……!」


 最初は覚悟を決めて神社へ入ってきたのに、包容力を見せつけられ罪悪感を抱いた聖職者達へ、引き戻すようにイトは強く言う。

 はっ、と前を向いた聖衣に囲われた誠意ある顔。

 その面々一つ一つを見つめながら、イトは続ける。


「それでいいのだ。お主らは心に従い、女神オネストを信仰すると決めた。それは我の教義にも反さぬことぞ。存分に信仰するがよい。の女神オネストという奴をな」


 まるで剣を振るう先を見失ったかのように、ステラも目線を逸らす。

 何度かチラチラとイトを見て、遂に敗北宣言でもするかのように目を瞑る。


「……まさかそんな器が伺える発言を貰えるなんて。あなたの教義には従えないけど」

「いや? 我の教義には従ってもらうぞ?」


 へ? と一同、唖然。


「我は主神となり、あの雌犬は従神ペットとして我が鎖に繋がれる」

「め、め、雌犬……? ペット……? オネスト様の、こと……?」

「ほかに誰がおる。あの雌犬を礼賛するという事は、我を礼賛するも同じだ。かかかかっ、残念だったのう」


 所構わず上げた高笑いに、ステラ達の丸くなっていた目が、次第に血走り始める。

 

「流石、ロックドア家から成り上がろうとする邪教ね」

「なればどうする? 自慢の剣で、我を斬るか? 神殺ししてみるか?」


 怒りに任せて、剣を握る――という事はしない。

 もし戦うならば一興とも思ったが、彼女の自制心をイトは素直に賞賛する。

 どうやら苛烈ではあっても、好戦的な性格ではないらしい。


(そろそろツクミを呼ぼうか。この手合いと対峙する経験を積ませねばならん)


 と、神官ツクミを見た時だった。

 ツクミが、突如ミサンガを引きちぎった数人の男たちに囲まれた。


『やはりこんな所に魔族がいたのか!! 潜入して正解だ!!』

『このロックドアをお前たち月魔モノクロームなんかに明け渡しはしねえ!!』

『オネストのお膝元でよくもまあ日の本を歩けたもんだ!! 消えろ!!』


 突如魔術が放たれ、辺り一面光でいっぱいになる。

 前兆無き暴発に、参拝客も散り散りになって逃げる。

 不意打ちにも関わらず、ツクミは無事だ。オネスト教の刺客へ、殺意剥き出しの眼を向け、自身も抗戦を開始する。


「お主らの仲間か?」

「いえ。私達とは別の宗派ね」


 あの程度の連中ならツクミで大丈夫だろうが、折角の祭りに水を差されたのは頂けない。ここはイトが手ずから討ち取って、現人神ここに在りとアピールしながら混乱を収束させよう。


 と、一週間ぶりに運動しようとしたイトの眼前を、疾風が駆ける。

 そして、ツクミと刺客達の間に滑って入る。


白龍炎スノウソング!」


 白い炎がステラの掌から放たれると、すぐさま刺客達を取り囲む。

 途端、灼熱のイメージとは対称的に、刺客達の下半身が氷塊に包まれた。

 それは、オネストのペット神獣である、白龍の技。


「う、ぐあ……!!」


 鉄よりも硬い氷に固定され、為すすべが無くなった刺客達に出来ることは、魔族ツクミを守ったステラへ罵声を浴びせることしかなかった。

 

「貴様ステラか……魔族を庇うとは、この異教徒め」

「異教は貴方達の方よ!!」

 

 だが、帰ってきた喝に吹き飛ばされそうになる。


「喩え相手が魔族と言えど、形振り構わず殺戮するような愚行!! オネスト様の教えを、人間の矜持を忘れたかっ!! 私たちがオネスト様を信奉するは魔族の首で優劣を競うために非ず!! 人に平和を齎すためでしょうに!!」


 一通り叫ばれ、項垂れた刺客達を放っておいて、ツクミに向き合う。

 オネスト教の教えでは相対すべき魔族相手に、ステラは頭を下げた。

 敢えて、イトの礼儀で謝罪をした。


「ごめんなさい。同胞には私がきっちり責任を取らせます」

「ううん、ありがとう」

「礼も私が言うべきよ。ミーダスを倒してくれたこと――」


 と、そこでステラは気付いた。

 隣で、イトが残った白龍炎スノウソングを興味深く見下ろしていることを。


「ミーダスよりよっぽど神に近づいておるな。かの白龍が息吹く零度の焔を不完全とはいえ扱えるとは」


 問題は、その距離だった。

 横風が吹いて髪が靡き、イトの顔を掠める程の距離しかなかった。

 自覚した瞬間、ステラの顔が真っ赤に染まる。


「む? 良い髪じゃ、お主いい匂いがするのう」

「近っ、近い近い近い!! 密よ、密よ!!」


 慌てふためくステラへ、プライベートゾーンとか存在しない系神様イトは「かかか」と満面の笑みを返す。


「我の神官が助かった。我からも礼を言う」


 すっと、頭を下げる現人神。

 それを見て、先程オネストを罵倒された怒りもすっかり消えてしまった。


「ところで、先の話の続きじゃ。お主とジバールの間には、同級生以上の深き因縁があるようだのう。その話を我に献上せよ」

「……私は奴に裏切られたから」

「裏切られた?」


 ボソ、と小声で囁いたつもりだったが、イトにもツクミにも聞こえていた。

 固く閉ざされていたステラの唇が、開く。


「喩え貴方達が敵対する神であっても、相容れぬべき魔族であっても、あのミーダスを倒してくれた恩ある存在であることは確か。だから、忠告させて頂戴」

「忠告?」

「ジバールは、クズよ。貴方達も裏切られる」


 剣呑とした瞳。まるで復讐者だ。


「さては、国立魔術学院の主席をロックドア家の権力で奪われたな?」

「……あまりそれで被害者面したくないの。あんな奴を、一時はライバルと見ていたなんて事実も、口にするだけで悍ましい」


 やはりそうか、とイトは頷く。

 ……ただし、本当に国立魔術学院の主席を奪った張本人が、ジバールかは一旦さておく。


「ロックドア家は数多の人生を狂わせてきた。私と共に来た聖職者たちは、その渦に巻き込まれた人達よ。そのロックドア家が推進する宗教なんて、私たちは認めない」


 まだ一部残っているロックドアの屋敷を睨む。

 神社も睨む。


「だから、私がロックドア家に代わる。成りあがって見せる」


 まるで神に反逆する罪深き人間の如く。


「オネスト様の教えに正しく従い、この地方に繁栄を取り戻して見せる。ジバールから……ロックドアから、そしてあの悪の当主【パズス】から、この地を守る……!!」


 本気だ。

 彼女の言葉に、嘘はない。

 権力によって狂わされた半生。それをバネに、ステラは立ち上がろうとしている。


 そう確信した上で、イトは問う。


「成り上がるはいいが、ゼロから始めるつもりか?」

「ええ。貴方色に染まったこの地方を、ゼロからオネスト様の正しい教えで満たすわ」

「お主に出来るか?」

「……やってやるわ」


 反骨精神の塊、ステラにイトは再度優しく笑った。



「よしステラ。お主、我の神官となれ」



 暫く、沈黙が駆け巡った。

 人間と反目する魔王だったのに、神官に誘われた経験のあるツクミだけはこの展開を予想してたのか、「あ、また新しい参拝者が来た」と神官の役割に戻ってしまった。

 そんなツクミ以外は、皆完全に呆然としていた。


「何を呆けておる。我の神官になれば、ロックドア家を乗っ取れるではないか。ジバールを後ろから刺すことも出来るぞ。ゼロから始めるよりよっぽど早い」

「いや……何を言って……だから、私はオネスト教を……」

「それは関係ないと散々言うたぞ」


 まるで逃げ場を塞ぐような物言いで、困惑するステラへ近づく。

 強張りながらもイトを見つめ返すその少女に、イトは未来を見た。

 時には勇者となって戦い、時には聖職者として人々の背中を押す、そんな未来を。


「まあ要は、我はお主が欲しい。ステラ」






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