第18話 禍津神、祭りの最中新当主に問う
一週間後、祭りが始まった。
中心広場を、
隠れる陰無き灯りは雑踏を照らし、店壁や屋台に朱色の影絵を過らせる。
手首には、トレードマークであるミサンガがあった。イトが【
ロックドアの領民は、続々と集まる。
神がいなくなった不条理を乗り越える為に。
そして、不条理なる神と闘う現人神生誕を祝う為に。
「かかか、風情が出てきたではないか」
と屋敷の屋上から、ワインを片手に一望したイトの感想。
まるで維新直後の東京と西洋が混じりあったような光景だった。
尤も、提灯など日本文化をミックスさせたのはイトであるが。
「これで日本酒があれば言う事無いのだが……おっと、ジバール」
「へ、へぇ」
庭へ飛び降りると、運営のために関係者と協議していた汗だくのジバールへ、後ろから肩を組む。
「よくやった。十分成功しておる。正直、想像以上ぞ」
「そ、そいつは良かったっすね……」
「もっと胸を張れ、お主は」
背中を叩くと、強すぎたのかよろけていってしまった。
この一週間、ジバールは馬車馬になって頑張った。
イトに殺されない為とはいえ、全力を尽くして頑張った。
結果、イトという神の生誕を祭る環境を用意した――だけではない。
屋敷を【神社】に改装する工事まで、手掛け始めたのだ。
「ただ、その、神社は間に合いませんでしたが」
「かかか、羽柴んトコの一夜城でもあるまいし」
「ハシバ? ヒデヨシ?」
「鳥居と拝殿があれば十分ぞ」
ロックドアの屋敷は、入口だけ神社となっていた。
例えば、屋敷に訪れる人間がまず絶句するは、大鳥居。
更には賽銭と鈴が配置された拝殿。
「やはり人間とはすごいのう……そして魔術。陰陽道を超える力を見せよる」
イトも一週間でこれらが完成するとは思っていなかったが、ジバールが手配した魔術師や職人によって建造が間に合ってしまった。
とはいえ、神社はこの世界では無い文化だ。困惑も当然付随する。
拝殿で、賽銭に金を投じる事に渋る人間は多い。
だが、ツクミと共に助けた店の息子が金貨を投げ入れた事で、徐々に賽銭の前に行列が出来たのだった。
ツクミが神官として、二礼二拍手一礼を教えている。
魔族を敵視する人間も、神社の異様な雰囲気に呑まれて、言われるがままに儀礼を執り行う。
ぱん、ぱん。
の直後の、願い。
イトは、その願いを読み取ることは出来ない。
だが、その作法を通して人々は、心を見つめ直す。
心とイトを結びつける。
その背中を見ながら、イトはジバールに語る。
「……これで金は街へ流れたな」
「え?」
「神社の改装。生誕祭開催のための働きに応じた給与と資材の調達。屋台に並ぶ特産物は街の商人に仕入れさせた――第18騎士団とロックドア家で取り立てた重税は、これで一部だけ街に還元できた。一部だけだがの」
なんて反応をしたらいいのか分からない。
何が言いたいのか分からない。
そんな風にジバールは唖然としていた。
「いやぁ、イト様は金の重要さにも精通しているんですねぇ……」
「お主の顔に書いてあるな。神のくせに金を卑しいと思わんのか、とな」
「げ、げ、そんな事はありません故!!」
本当に分かりやすい男である。
「この祭りは現人神降臨を祝うのが目的では……」
「それもあった。だがもう一つの目的は、街に金を流すことじゃ。ほかならぬお主が」
「お、俺が……?」
「この祭りにて流した経済を切欠に、ロックドアを立て直す。そう思わせたとしたら、お主は新当主として迎えられやすくなるとは思わんか?」
周りには聞こえない声で、人間に紛れ込みながら、重要な話を現人神は続ける。
「ロックドア家は相当恨まれておったな。正確にはお主の父、【パズス】が根源ではあるが。しかし実際、我が来るまではジバールもやんちゃしていたようではないか」
「そ、それは……」
参拝者の中に、あるいは祭りの中に、憎悪の目線を時折感じた。
禍津神を呼び寄せっような、ロックドア家への復讐心を察知していた。
無理もない。
前当主パズスは、はっきりいって冷酷が服着て歩いているような存在だ。
ミーダスは信仰心から大量虐殺に走ったが、パズスは己の欲のために大量虐殺を難なくしてきた。
故に、ロックドア当主への忠義心など皆無に近い状態だ。
今は現人神イトへの熱狂で、全てを忘れている状態に過ぎない。
だが、放っておけば暴発する。
ロックドアという名前が、消えるかもしれない。
そんな混沌状態では、瞬く間にオネスト達に責められて終わるだろう。
「だからこの機会に、善き新当主ジバールを知らしめる必要があった。こやつはパズスのしでかした悪行を帳消しにすると、少しでも思わせるねらいがあった。これはロックドア新当主誕生の祭りでもある」
「俺の、祭り……」
「どうした。新当主になりたかったのだろう? トイを毒殺してまで。念願が叶ったではないか」
新当主、という言葉を繰り返すと、その度にジバールが重圧で潰れていくような印象を受けた。
こんな馬車馬になって働くような新当主にはなりたくなかった、と。
毎日自分を祝うパーティーと、豪勢な食事と酒に囲まれた怠惰な日々を送りたかったと。
素直に顔に書いてあった。
「父のような道を歩みたいか?」
「……!!」
「見栄えだけの栄華を極めたいか? お主が成りたかった当主とは、そのようなくだらぬモノか?」
一切の威圧もなく、ただ単純に問うた。
それでも息詰まるジバールに、最後の問いを投げた。
「お主の心を見つめ、為すべきことを為せ――この教義を、お主は実行できておるか?」
「——貴方が現人神イト?」
聖衣や修道服を纏った聖職者が十数人、近づいてきた。
ミサンガは着けていなかった。
そして今しがた声をかけてきた先頭に立つ少女は、そのしなやかな肉体を薄い甲冑に納めていた。甲冑の上に置かれたクリーム色のきめ細かな長髪に、紫色のオッドアイで構成された美貌は、まさに戦場の女神を彷彿とさせた。
「いかにも。我が神だ。お主は?」
「す、ステラ……!?」
なぜか名前が、隣のジバールから返ってきた。
知り合いか? と聞く前にどこかへ逃げてしまった。
「今、あのジバールが言った通り、私は元第18騎士団所属【ステラ】よ」
「第18騎士団だと? 先の戦闘の時、お主は見かけなかったが」
「当然よ。あの時、私はミーダスに投獄されていたから」
すると、突如ステラは剣を地面に置き、頭を下げた。
真摯な後頭部が、イトの眼に映る。
「貴方達の作法では、こうやって感謝を示す、だったかしら」
「感謝の謂れは無いぞ」
「いいえ。貴方がミーダスを倒したおかげで、第18騎士団の横暴は止まりました。ありがとうございます。私では彼を止めることが出来ませんでした」
「気に病むな。我は為すべき事を為したまでだ。礼ならば、我が神官であるツクミに献上せよ」
「後程そうさせていただくわ。だけど、その前にもう一つ、貴方に言いたいことがある」
後ろの聖職者たちも、一層目力が強くなった。
よく見れば、彼女たちが身にまとっているのはオネスト教時代の聖衣だ。
明らかにオネストを信奉している。ここに来るまでに、『神なんて、いなかった』と悟った連中によくぞ殴られなかったものだ。
……その理由に、イトはすぐに思い当たる。
このステラという騎士少女、身のこなしに隙が無い。
かなり戦闘能力が高い。
「私たちは、あなたを信仰しない。オネスト様を崇めるわ」
真正面から、堂々と現人神へ喧嘩を売りに来た。
その真っすぐな目を見返して、イトは面白い、と笑みを浮かべる。
「ステラ、お主は神が何をしたか見なかったのだな」
「ええ。丁度投獄されていたから……でも、喩え見たとしても私はオネスト様への信心を捨てなかったわ。そして、貴方を信仰しない理由はそれだけじゃない」
先程ジバールが逃げた先を睨み、ステラが続ける。
「忌まわしきロックドア家を……あのジバールを持ち上げようとするなんて、私は神として認めない」
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