第5話 禍津神、魔王の奴隷に出会う

 ジバールを正座させ、イトは当主の椅子に腰掛ける。


「そう借りてきた猫みたいになるな」

「いや、あの……兄上に、俺は毒を盛ってしまったので……」


 剣でも敵わず、魔術は跳ね返され、首輪のような傷跡に死を見たジバールは完全に怯え切っていた。


「トイの肉体はこうして死んでおらぬ。故にお主は誰も殺しておらん。それでいいではないか」

「え?」

「大体下剋上など日本では当たり前ぞ。身内同士、家をめぐり殺しあうことなど珍しくもない」

「に、ニホン?」

「家を継ぎたくば自由にすればよい。ほれ、座れ」


 ぽんぽん、と椅子の尻部分を二回叩き、座るように促す。

 警戒心を最大に引き上げた状態で、恐る恐るジバールは椅子に座った。


「良かったのう。これでお主はロックドア家の当主だ」

「いや、それはちょっと……まだ王都へ遠征中の父上が……」

「いいや我が決めた。当主は今日からお主だ」

「あっ、はい」


 少し圧をかけただけで、崩れそうなくらいに今のジバールは脆い。 

 ロックドア当主にして、ジバールとトイの父である一か月ほど王都へ豪遊しに行っているらしい。ここで家を継いだことは、そう直ぐには伝わらない。


「お主はまだ少年だ。父から悪政のお零れを与るのみで、悪政自体には関わっていなかったのだろう? 心機一転、善政に励めよ」

「え、えへへへ、はい。、これからは心を入れ替えてビ!!?」


 瞬間、内臓全てが握り潰されるような感覚を与えたのは。

 もう刀は無い筈なのに、「斬られる」と悟らせたのは。

 静かに笑むイトが発する、神の殺気であった。


「違うだろう? 信仰する相手が」

「あ、あ、あ、ああ、あ」

「本日よりロックドアにて、この現人神イトを崇拝せよ」


 禍津神の真顔が、ジバールの目前数センチの距離にまで近づく。

 イトからすれば、子供の遊びに等しい威圧であった。

 だが、ジバールが泡を吹くほどの猛毒には違いない。


「た、たいへん、も、もしわけ、申し訳ごじゃいませんでした……」

「謝り方は教えただろう」

「は、はいいいいい!?」


 椅子から飛び降りてジバール、本日二回目の渾身の土下座。

 重力を超越した精神的な何かのせいで、暫く頭が上がらない。

 ロックドアの当主とはいえ、これではイトの奴隷ルート確定である。


「さて、ロックドアの当主よ。この屋敷は【神社】にするつもりだ。良きに計らってもらおう」

「じ、神社とは?」

「なんじゃそこからか。日本が無い世界というのは面倒だの」

 

 神術によるイトで絵を書き始める。

 霊験あらたかで大きな古き神社と、幾重にも連なる鳥居が空間に浮かび上がった。

 しかし神社も鳥居も知らないジバールが、眉を顰めるのも無理はない。

 

「な、なんだこのデザインは……奇抜すぎる……」

「ほう。神に反抗か?」

「そんな、そんな滅相もない……!」

「そうだろう、そうだろう。我が最高神になった暁には、こんな形の神社を世界中に万と置くつもりだ。どこへ行っても現人神イトの名を仰ぎ見ることになろう。ここは我が野望の栄えある一社目よ」


 豪快に高笑いをするイトの隣で、ジバールがこっそり「そんな珍妙な館で当主になっても……」という表情になる。


「まあ神社は一朝一夕では作れん。今はこの屋敷に甘んじるとしよう。今日のところは街を見たい。案内せよ」

「へ、へえ、どこへ行かれたいので?」


 すっかり召使のように手をにぎにぎしながら尋ねるジバール。


「支配者面している【第18騎士団】というのも気になるが……。まずは奴隷商売をしている店に行きたい。【魔族】なるものに興味がある」


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「さ、流石神様、奴隷に興味がおありとは……」

「いや? 我は魔族を奴隷にするつもりはない」

「まさか奴隷達解放……!! いや、このジバール感心しました!」

「ほう? お主は奴隷に反対の立場だったか?」

「えっ、そりゃ、はい、もちろん」

「我は奴隷解放なんてつもりは毛頭ないがの」

「ですよねえ、魔族など奴隷以外に生きる道はありませんながああああああああああああああああああああああ!?」

「意見を変え過ぎじゃ。掌返ししか能がないのか。次適当言ったらもう一巡手首を回すぞ」

「ひ、ひぃ、わ、分かりました……」


 危うく捻じり切れかけた手首を抑えつつ奴隷の店に向かうジバールの背後で、イトは街の様子をしっかりと見ていた。

 この街には活気なるものがない。

 

 頑張ったところで何も報われない。

 あるいは重税を取られるだけ。

 そんな風にロックドア家の人間であるジバールへ、怨嗟の視線を向けている人間ばかりだ。


 だからこそ、更に目立つ。

 腰を曲げながら枷に繋がれ、豪華絢爛な人間についていく魔族の姿が。


「しかし滑稽じゃのう。魔族たちとは、人間の膨れ上がった魔力が表面化した存在だろう? なれば人間よりも強い筈なのに、ああも従順に付き従っているとは卦体けたいな」


 増えすぎた魔力が、緑の表皮に現れたのが【ゴブリン】。

 はみだした魔力が、獣の耳に現れたのが【獣人】。

 溢れた魔力が、鱗に現れたのが【リザードマン】。


 まとめて魔族。

 すべて蔑称である。

 大本を辿れば、皆同じ人類な筈なのに。


「この辺りは魔族の住まう【魔界】に近い故、魔族の奴隷商売が盛んでしてね……奴隷商売で成り立っている領土なんです」

「左様か。しかし、奴隷という階級は聊か厄介でな。我の教義では奴隷は許さぬつもりだ」

「えっ、さっき奴隷解放なんてしないと……」

「ああ、手ずから奴隷解放する事には興味はない。というより、


 意味がない。


(奴隷の位から解放されても、精神が奴隷のままでは意味がない。その精神は神とて叩き直せん)


 そう思うイトの視界に、奴隷を売買する店が映る。

 薄暗い店内の奥では、どこか剣呑としていた店主がこちらを見ていた。


「ジバール様、またご来店されたのですか」

「魔族を見たい。今すぐ我の視界に献上せよ」


 突如迫ってきたイトに、怪訝そうな顔をしながら、憎らしく眉を顰める店主。


「生憎ですが、1体しかいませんよ」

「1体!? さっきは10体はいただろう!?」

「商品である魔族が脱走しまして」

「馬鹿な、脱走するには枷を外す必要がある……でも奴隷に嵌める枷は、魔族と言えど破壊できない筈……」

 

 従順に魔族が人間に付き従っていたのは、枷による影響が大きい。身体能力も魔力も抑制してしまうのだ。


「先程ジバール様には紹介していなかったのですが、一体とんでもない奴がいましてね。

「……店主、アンタなんてものを飼ってたんだ」


 妙な空気になった。それを感じ取ったイトは、果たして怪物がいるのかと面白そうに頬を歪めながら、店主を追って階段を下りていく。

 やがて一人の少女が縛り上げられている独房へとたどり着いた。

 二本の角が頭蓋から伸び、蝙蝠のような羽が背中から伸びている。


「ほほう、鬼の類か。どうりで良い目をしている」


 ジバールが「どう見ても敵意丸出しの目だろう……」と小さく呟くも、イトが視線を向けただけで取り消すように縮こまった。


(……いや、鬼の目ではないな。世が世なら歴史を動かす、戦士の目よ)


 再度少女を観察する。

 商人にやられたのだろうか。純白の肌に、赤い傷や、青痣がこびり付いている。

 しかし小さな体には過ぎる深傷と束縛にも関わらず、堂々たる面構えに曇りは無い。 あどけない面持ちに、月のような美しさと、嵐のような激しさと、狼のような孤高さが内包されていた。


 隣で忌々しそうに見つめていたジバールが、ふと口を開く。


「しかしあの角……やはり間違いない。あれは魔王の種族……【月魔モノクローム】!!」

「ほう。魔王ときたか」


 元禍津神が最初に会った魔族は、魔王の片鱗を兼ね備えていた。

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