第6話 禍津神、魔王少女の挑戦を受ける

「あれは魔族でも最強の存在でしてね。魔王は必ず月魔モノクロームの誰かがなる伝統で……確かに月魔モノクロームなら通常の枷は外せてしまう」


 イトは再度、月魔モノクロームである魔族の少女を見る。


 果たして縛られて尚、傷ついて尚凛として曇らぬ顔付きは月魔モノクローム故の強さだろうか。

 あるいは、少女個人の強さなのだろうか。

 それが気になり、気づけば牢の中へと入っていた。


「お主、名は?」


 取り乱すことも無く、少女は唯一自由な顔をイトへと向ける。


「ツクミ」

「そうかツクミ。我は現人神イト」


 胡坐をかき、どっしりとイトが構える。


「問おう。何故お主は他の奴隷を逃がし、殿しんがりを務めた? それほどの実力を持つのなら、お主が逃げることは容易だったろうに」

「私が逃げたら大事になる。月魔モノクロームって、そういうものらしいから」

「らしい?」

「分からない。私が月魔モノクロームであることと、ツクミという名前しか、知らない。気づいたら、この辺りにいた」

「記憶がないのか」


 ツクミは記憶喪失のようだ。

 この地下房に繋がれるまでの過酷な境遇が、彼女から記憶を奪ったのだろうか。

 流石に記憶がなくては、【傀儡】にして情報を引き出すことも出来ない。


「なれば猶更、何故他の魔族を助けた。大事おおごとになってでも、見捨てて逃げれば良かったではないか。他の魔族に、そこまでする義理があったのか?」

「ない。でも、そうするべきだと思った。だから逃がした」


 数秒間、イトは宝玉のような碧き瞳を見返していた。

 碧き少女に宿る純粋無垢な瞳。この娘に、一切の嘘は無い。

 そう確信したうえで、イトは決断する。

  

「店主よ。この娘、我が買おう。値を言え」

「イト様、月魔モノクロームはちょっと……」


 やめてくれ、と言わんばかりに顔に手を当てるジバール。

 しかし、一方店主は返事をしない。


 代わりに、とても人間相手には使わないようなノコギリを引きずっていた。

 魔族を軽視しているジバールでさえ、その行く末に顔を引きつらせる。


「ちょ、ちょっと待て店主、何をする気だ」

「決まってるでしょう。このロックドアの地を汚さぬよう、ゴミはちゃんと分割しなきゃ。あんたらが尋ねてくるから、中断してただけなんですよぉ」

「待て、ノコギリで四肢切断って、幾ら何でも……」

「はぁ? 相手は獣以下のゴミ屑、魔族だぞ? こいつが奴隷達を逃がしたせいで、俺の商売は上がったりだ!!」


 ツクミが奴隷達を逃がしたせいで、利益を失い、信用を失った。この店は存続さえ危ぶまれる状態となった。

 自分の人生は詰んだ。だからせめて溜飲が下げたい。死の間際までノコギリで削り、月魔モノクロームに命乞いを聞きたい。

 正気を失いかけた形相からは、そんな忌まわしき欲望が見え隠れしていた。

 

 ノコギリが迫っても尚、ツクミの顔に変化は無かった。

 ただし、舌を噛んで死ぬ準備を見せていたが。


「何を勘違いしておる。逃げられたのはお主の能力不足故だろうが。たわけ」


 だが、煙たそうな顔でノコギリを握り割ったイトを見た時は、流石に目を丸くした。


「ノコギリを……素手で?」

「神威解放【傀儡】」


 指から伸びた線が店主の心臓に到達すると、一切の感情が店主の顔から喪失した。

 

「妙な気を起こさねば利益に与れたものを。お主に商いは荷が重いようだな。ツクミの枷を外す鍵を持ってこい」

「はい、イト様」


 先程までの恨み辛みが嘘のように、素直に鍵を渡してきた。

 それを使って、両手両足の錠をすべて外した直後。


 ツクミが腕を一振りした。


三日月爪クレセントネイル


 同時、三日月型の白い魔力が斬撃として放たれる。

 軽々と檻を両断し、奥の壁も突破して掘り進んでいく。

 思わず尻餅をついたジバールだったが、ちょうど自分の目前で斬撃が途切れていた。


 ――予知していたイトが、ツクミの右腕を抑えていたからだ。


「大した術よ。だがツメが甘いぞツクミ。殺気が隠せておらん」

「……私が攻撃すると分かっていたの?」

「ああ。お主ならやるだろうなと思った」

「分かった上で、私の錠を解いたの? どうして?」

「我が神だからだ」


 一度距離を取るツクミ。このやりとりだけで、イトと自分の戦力差を認識したのか、冷や汗を隠せていない。


「彼我の戦力差はお主なら分かる筈だ。それでもまだ戦うか?」

「奴隷はいやだ。それなら戦って死ぬ」

「お主、死を恐れておらんな」


 先程も、店主が近づいてきた時に舌を噛もうとしていた。

 どこまでも気高い。イトは僅かに口元を綻ばせていた。


「なれば来い、月魔モノクローム。お主の全身全霊を、神たる我に献上するがよい」


 、その先をイトは見たかった。

 だから、敢えて少女の抵抗に応じる。

 魔王の少女の全力を、受け止めることにした。


「【望月フルホワイト】」


 ツクミの羽と角が、月光の如く輝く。

 直後、真っ白な球体が頭上に浮かび上がった。

 ツクミに残る全魔力を集中して出来上がった光弾。


 両腕を広げていたイトの中心に着弾した途端、大爆発を起こす。


「おあああああああああ!!」


 迸る衝撃。ジバールも悲鳴をあげながら店主と一緒に彼方へ吹き飛ばされる。

 その中心でイトがどうなったか、一人取り残されたツクミでさえ知る由は無い。

 文字通り全身全霊を絞り出した結果、枷が無くとも殆ど動けず倒れていたからだ。


「……はあ、はあ……」


 望月フルホワイトによる有り余る魔力は、地下房をも破壊し尽くした。

 地表の店諸共、崩壊が始まる。瓦礫が次々と石床を叩き割っていく。

 一人、ツクミは自らの体が押しつぶされるのを待つしかなかった。

 

 今、巨大な石塊がツクミの真上に落ちてきて――

 


「——神威解放【戒牢いましめ】」



「……?」


 何秒経っても潰されない。疑問と共に、ツクミは瞼を開く。

 時間が止まっていた。そう錯覚してしまう光景がそこにはあった。

 全ての瓦礫が、空中で停止している。



 瓦礫には一つ残らず、イトが絡まっていた。

 それを辿ると、望月フルホワイトをまともに受けたはずのイトに行き着く。


 額から流れる血を、美味しそうに舐める。

 傷らしい傷は、それしかない。

 五体満足。とても魔王の力を受けた人間の姿ではない。


「ぜんぜん効いてない……!? 望月フルホワイトを人の肉体で受けたら、粉々になるはずなのに……」

「神威解放【筋骨龍々】は、龍の強度も表現できてな。人の身では精々数十秒が限度だがの」


 見上げるツクミの瞳から、戦意が失われた。

 代わりに、魔王候補の瞳には、神が映っていた。

 翼のように広げた両腕で、すべての瓦礫から時間を拭い去ったイトという壮大な神が宿っていた。


「これが……神様」




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