第36話 禍津神の神官、流星の矢を穿つ

『——あなたたちは、殺される恐怖を知っていますか』


 異世界に転移して二週間。

 ひょんな事から勇者四人は同士討ちを始めていた。


『——あなたたちは、殺す恐怖を知っていますか』


 きっと日本にいたらチートと呼ばれる不可思議現象はすべて使った。

 太郎も、灰子も、悟も――すべての力を乃沙にぶつけた。

 だが、最後までハンドガンを握っていたのは乃沙だった。


『——引き金をひいた先が母親でも、同じことが言えますか』


 きっかけは、世界に仇為す存在である『魔族』を、一度狩りに行く話題だった。

 それに、乃沙だけが猛反対したのだ。

 あんなに魔族は人を殺しているのに。人の歴史を壊しているのに。


『——神に言われたから。王国が認めたから。皆そういうから。だから魔族を殺しても、返り血を浴びることは無いと、そう思っているのなら……私が教えましょう』


 叩きのめされた三人。迫る乃沙。


『——転嫁なんてできないと、を』

『あ、あ……』


 この時のことを、灰子は鮮明に覚えている。きっと太郎や悟も同じだ。

 生まれてからずっと地獄を見てきたような、血が通っていない日本人形のような顔を、乃沙はしていた。


 そもそも、?

 そもそも、?

 そもそも、?


 この乃沙という少女は、いったい何者だ?


『——あなたたちも私にならないために』


 そして、拷問を受けた。

 恐怖を注ぎ込まれた。


『——これだけは忘れないで。朱皇院すおういんなる、喩え母でも間引く陽炎のことを。それ以外は、ご放念ください』


 痛み自体は、乃沙が去ってからすぐに消えた。

 だが心に負った傷は、自然に癒える事は無かった。

 恐怖は、その対象より強くなることでしかぬぐえない。


 戦神コンチネントは、そんな三人に対して再起のチャンスを恵んだ。

 太郎だけでなく、灰子や悟にもコンチネントの従神がその力を宿した。

 同時、魔族や邪教が渦巻くロックドアを取り返す使命を受けた。


 ロックドア解放軍。

 その解放軍に、三人の勇者は参加した。


 この辺りは、恐怖によって戒めたつもりな乃沙の計算外だろう。

 その計算外を悟られる前に、成り上がると決めた。

 太郎も、灰子も――まったく喋らないが、悟も。


「殺す恐怖も、殺される恐怖も、ここで呑み込んで見せる……」


 ここは日本と違い、神の名の下に人殺しが許される。

 環境の変化は、三人から日本産の倫理をいとも容易く外す。


 ロックドア解放作戦は単純。

 パズス配下、ロックドア解放軍たる約1000の部隊にて、夜闇に紛れ奇襲する。

 実はロックドアの中心街は自然に囲まれている。その地形を利用する。


 土地勘を利用し、ロックドアを取り囲む山を越え、無防備の横っ腹に叩き込む。

 最後は勇者である灰子と悟がトドメを刺す。

 完璧な作戦だ。向こうの兵力は多く見積もっても500しかない。

 

 真正面からでも完勝だが、パズスの気が収まらないらしい。

 二度と立ち上がれないくらいに、焼け野原にしたいらしい。

 自分の領土を灰にしたがる当主の感情など知る由もないが、敵が右往左往するところを見られるのは面白い。


「このままずっと怯え続けるのは嫌……いつまでも世界が窮屈に感じるなんて嫌……あの女で息苦しいのなんて嫌……」


 この奇襲の果てに、それから解放されるならば。


「魔族は悪……魔族に従う人間も悪……邪教なんて大事件の種子……それを倒せば、世界も私達も平和になる……」


 こうして、三人の勇者はパズスの騎士達に混じり、うち灰子と悟は奇襲部隊の前線に立つ事となる。

 勝ち戦になる筈だった。

 だが転じて、地獄を見ることになる。


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「魔術で仕込んだ地雷……!?」


 最低限の松明よりも。

 足元から発する光の方が、眩しい。


「ああああああああああああああああ!!」


 夜の山森で、解放軍は思わぬ爆発に見舞われていた。

 ロックドアを囲う自然なら、目を瞑っても歩ける。

 そう豪語していた筈の騎士達が、突如目の前で吹き飛ぶ。


「馬鹿な、地雷魔術など……!?」


 地雷型の魔術自体は、高度に分類される。

 故に粗が目立ち、ただ驚かす程度の威力しかないものがほとんどだ。

 だが時折含まれる、人体を粉砕する規模の爆発に、解放軍は戦々恐々とし始める。


 その狼狽が隙だった。


「ぎあっ……!?」


 今度は外側にいた戦力が斬られた。


「あれは第18騎士団……!? 人間賛歌オンリーもいるぞ!?」

「ちっ、寝返ったという話は本当か!?」


 赤い甲冑と特徴的な聖衣を目の当たりにして、解放軍は足並みそろわぬまま迎撃を始める。

 だがすぐさま第18騎士団と人間賛歌オンリーは逃げ出す。

 それを追いかけた先で、また地雷にかかって足が止まる。

 足が止まった解放軍を、また斬ってくる。


「何故だ、何故奇襲が読まれた……!?」


 小規模な戦闘を繰り返すことによる、消耗戦ゲリラ戦

 とても奇襲を受ける側の在り方ではない。

 狩りに来ているのに、逆に狩られている側になっている。


 ——とある悪戯好きな神が敷いた、【蜘蛛の糸】と呼ばれる神術で、解放軍の奇襲が筒抜けだったことに気付かないまま。


「馬鹿な、どうして――ぐああああっ!?」


 再び爆発。大当たり大外れ。飛び散る肉塊。

 ロックドアの山中は、解放軍の血肉で溢れ始める。

 人数自体はまだ解放軍の方が上だ。兵の質も解放軍の方が上だ。


 それなのに、戦いはロックドア側が優勢で進む。


「貴様ら、仮にもオネスト様の祝福を受けた身で、このような卑怯な手を……!?」


 また一人斬られた。しかも同士討ちだった。

 あまりの消耗戦に疑心暗鬼が広がり、ついに味方さえも敵と誤認するようになる。

 

「ど、どうなってんのよ!?」

 

 と灰子が悟に聞きながら庇うも、彼も無言で首を横に振るだけだった。

 そもそもここは見知らぬロックドアの山中。

 更に見知らぬ騎士達の阿鼻叫喚。

 状況を把握できない最中では、さしもの勇者も力を発揮できない。


「なんでみんな慌ててんのよ、こんな子供だまし如きで……そうだ、魔王はどこよ。邪教を広める馬鹿はどこよ!? そいつさえ倒せば――」

「——あそこよ!!」


 その声を聴くや否や、後ろの方で見慣れぬ修道女たちがいた。

 数人の彼女たちは、何か手に持っている。


「いた。王都で見たから間違いない、

「いや、私じゃなくて」


 魔王はどこと、邪教の神はどこと聞いているのに。

 何故か修道女たちは皆、勇者である自分を指差していた。

 まるで、自分が人類の敵であるかのように。


「ここはイト様の一番星よ、邪教は貴方達の方っ!! これでも喰らいなさいっ!」


 何かボールを投げられ、灰子と悟は液体塗れになる。

 明らかにロックドアの刺客だ。殺意が灰子に満ちた。

 勇者としての力を解放する。


「人に物投げといて謝りもしないのぉぉ!?」


 解放するは、魔族すら軽く捻りつぶす膂力。一般女性の体格から、灰子は文字通り右手で隕石を実現できる。

 着弾すれば、あんな修道女たちなんてバラバラに――。


「待って」


 ふと、気づく。

 とくに何も感じなかった。毒でも無い。ただの嫌がらせかと思った。

 だが、夜闇の山中において、


……」


 まるで、ここが【目印一番星】として煌めいていると言わんばかりに――。



『目印見えた。あそこに勇者がいる』



 その声は、聞こえなかった。

 当然だ。何故なら声は、ロックドア上空であったからだ。

 今日は新月なはずなのに、三日月の煌めきがあった。


「ま、魔王……」


 と、彼方の光だけで【魔王】と直感できた灰子のセンスは悪くはなかった。

 だが、直線距離をメートルで換算すれば、3km。

 その距離を超える術を、勇者たちは持たない。


 だが、月魔モノクロームは有する。

 魔王の魔力を弓にして、神器たる【線絶刀イタチノカタナ】を矢にして、構えていた。

 イトが、限界まで引っ張られる。

 

『超長距離射撃版――』


 カッ、と閃光が灰子側から見えた。

 それは、一番星を超える超新星の瞬間。


 彼女は未だ魔王ではない。

 魔王の素質は在るが、それは彼女の本質ではない。

 自らの羽で浮かぶ少女は――現人神イトの神官、ツクミ。



『——【三日月の矢】。一節ベガ



 流星があった。


「!?」


 3kmの彼方から、直線。

 その先端が、勇者灰子の右肩を射抜いた。


「ああああああああああああ!!」


 気付いたときには、右肩の付け根を刀が貫いていた。

 しかも持ち手に繋がっていたイトに引っ張られ、また高速でツクミの下へと戻っていく。


(これじゃ……あの時と同じ……乃沙の時と同じ……)

 

 風穴から血が噴き出て、灰子が倒れる。

 気を失う直前まで、思い浮かべていた。

 トラウマが再発しかけている、【殺される恐怖】を刻み込んだ乃沙のことを。


「逃げ……悟……」


 自由な左手で悟へ手を伸ばすのが、精一杯だった。


「…………」


 意識を失った灰子を悟が見降ろしている間に、その3km向こう側でツクミは


「【三日月の矢】、二節アルタイル

「——!!」


 神器、今度は悟の足を貫く。

 倒れた勇者二人を見て、周りの解放軍もついに戦意を喪失する。


「勇者がやられた……」

「やってられるか、逃げろおお!! 逃げろおお!!」



 頼みの綱だった、勇者の脱落。

 それが決定的だった。

 パズス率いる解放軍の強者たちは、イトという一番星を胸に抱いたロックドアの戦士たちによって、ここに撃退されたのだった。



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