第37話 禍津神、最悪の領主を捕らえる。

「命中した」


 ふわりと地上に着地したツクミは、忙しく動く夜の街を見渡す。

 その最中に、椅子に座った老人の姿があった。

 先程まで昏睡状態にあった、アマスであった。


「アマス、あまり無理しないで」

「俺は座ってるだけだ。パズスの倅が作った計画に、少し微修正を加えるだけよ」


 戦場の経験がないと、こればかりは如何ともし難いからな、と。

 病み上がりの体でアマスは微笑む。


「無理をするなはお前の方だ、ツクミ。先程の神業、相当体力を消費するのだろう」

「うん。体力、いっぱいつけなきゃ」


 震えていた足元がついに折れ、膝立ちになるツクミ。

 だが、なんとか立ち上がる。

 灰子や悟を貫いた狙撃個所を見つめる。


「あれが、私たち月魔モノクロームを倒すために転生した勇者だったんだね。確かに途方もない力を持ってた。真正面から戦ってたら、勝ち目は薄かったと思う」

「いや。お前が勝ってたよ。たとえ力で負けようが、心で押し切れることもある。勝負とは奇怪なものだ」


 ぴんと来ないツクミ。

 その謙虚さこそが強さだよ、とアマスは付け加えた。


 しばらくして、勇者二人は念入りに捕縛されたという報が入った。

 ジバールやステラからも、太郎の無力化に成功したという連絡が入った。


 残りの軍も、これまたアマスの絶妙な采配でロックドアから撤退した。

 数では元々負けている故、逃げ道を渡して撤退せしめたのだ。


 だが、パズスだけは逃すことはないだろう。

 どこかの現人神曰く――「今夜必ず間引く」、と。


「でも魔術地雷は、関係ない人は踏まないかな? あとで撤去できるのかな」

「心配は無用だ。朝になれば効力を失う」

「そうなの?」

「何せ俺が考えたからな。そこら辺の子供でも、いざって時に戦える遊べるように……」


 あの魔術地雷を考案したのはアマスだった。20年前に。

 当時の敵軍を罠に嵌め、返り討ちにした実績もある技術である。

 だが結果、自らの地位が脅かされることを危惧したパズスに、追放されてしまったが。


「そうか、確かに危惧していた通りになったな……ざまぁみろ……」

「アマス!」


 椅子から零れ落ちそうなアマスを、ツクミが受け止める。

 まだ困憊状態の身体へ、すぐに医者たちが駆けつける。

 だが、その顔は良酒に出会えたかのように、一番星を見上げながら泣いていた。


「見せたかったな……マナに」

「そうだね」

「この国は……人の国になったんだ。マナ」


 その後、医者たちに運ばれて、アマスは病室へと戻った。

 予断を許さない状況だが、きっと大丈夫だろう。ツクミは確信していた。

 何故なら、顔に生気が戻っていたから。まるで神が舞い戻ってきたかのように。


「あとはイト様が、パズスを仆してくれれば……」


 そう言いながら、ツクミもあたりの様子を伺いつつ、安堵が先行し始めた時だった。



「——」


 一瞬、息が詰まる。

 忙しく過ぎていく人ごみの中に。

 小さな少女が一人、眼鏡の奥でこちらを見ていた。


「えっ」

「ツクミさん。あなたはとても強い。私の出る幕もありませんでした」


 少女が消えた。

 後ろにいた。一体いつの間に、そんな重たい革製の鞄ギターケースを背負いながら移動したというのか。


「ありがとうございます。そして大変失礼いたしました。あの【勇者】たちは、私の落ち度です」

「……誰?」

朱皇院乃沙すおういん のさと申します。ご放念ください」


 釘付けになったかのように、動けない。乃沙は何もしていない。

 ギターケースを挟んで背中合わせ。

 ただ、何百通りもの攻撃を漂わせてくる佇まいに、警戒心が勝手に働いてしまう。

 

 ツクミは理解する。

 さっきの灰子や悟が、だとすれば。

 この乃沙という少女は、者だ。


 積んできたどころじゃない。

 ずっと、死ぬか生きるかの戦場に居続けた異形。

 あどけない無害な顔立ちなのに、逆に何も読み取れない。


「——!?」


 世界が、星を失ったように真っ暗闇になった。

 だが、その下地は白だ。純白だ。

 白い服を着た誰かが視界を塞いでいる。

 


「礼ではないですが、忠告です。あのイトという存在から離れてください」


 この匂いには、身に覚えがある。

 視界を塞ぐ布から感じる気配から、嫌な記憶を思い出す。


(ミーダスの屋敷の地下にあった、嫌な死臭と……その庭で会った、骨だけの龍がしゃどくろ


 視界が開けた途端、乃沙は建物の上から見下ろしていた。

 月のミラーボールの下、身にまとっていた制服がはためく。

 ただし、乃沙の他にもう一人いる。


 乃沙の隣で、真っ白な衣服と、地面まで届く黒の長髪も揺れる。

 かの衣服を、ツクミはつい最近見た。

 あれは、【人間賛歌オンリー】に殺された被害者たちが、火葬される直前に身に着けていた、


 顔は見えない。

 そもそも、

 生きている筈のない、黒焦げの火傷。心底ゾッとしながら、ツクミは気付く。


……」

「このままでは私と同じ、間引くしか能がない怪物になりますよ」


 と言い終えたときには、乃沙も、死装束の妖もいなくなっていた。

 何だったのだろう。そうツクミが思わず座り込むが、更に異常な事態に気付く。


「……ねえ、今ここに居たよね? 小さな女の子と、顔がすごい火傷した、たぶん女の人」

「いや? そんな人はいなかったよ? ツクミは、ずっと一人だったと思うよ?」


 誰に聞いても、同じような返答だった。

 みんな、乃沙に気付いていなかったのだ。


 ツクミ以外全員、乃沙のことを【ご放念】していた。


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「はあ……くそ、くそ、くそ!!」


 そう言いながら、パズスは山道を駆け抜けていた。とっくに親衛隊たちとははぐれた。

 やむを得ない。地元の土地勘が無ければ、この辺りの山林は最早迷宮だ。


「……ふざけやがって。何が勇者だ、やっぱり神なんて居ねえじゃねえか!!」


 辺りに当たり散らかす。

 手にした矢を木々にぶつけると、その木々が爆発した。

 気が収まらない。今頃、反逆者たちをダーツのに、酒を楽しんでいたのに。


 木ではつまらない。命で無ければ、楽しくない。

 当主になって、全ての命が思うがままになっていた。

 だから、酒が美味しかった。ダーツも楽しかった。


「くそが……見ていろ……俺の権力、全活用して、このロックドアを一度滅ぼして――」

「——神威解放【蜘蛛の巣】」


 突如、パズスからすべての自由が奪われた。

 全身を見えざるイトに格子状に絡めとられ、そのまま宙づりにされる。

 まるで蜘蛛の罠に、まんまと引っかかった蛾の如く。


「な、なんだこれっ……」

「なんだこれとは不躾な。ずっと一緒に御供しておったろう。このロックドアに入った時から、我が150里走ってまで仕掛けた罠に掛かってのう」


 闇から、どこまでも響く好き通った声がした。


「もし、解放軍とやらにツクミ達が押されるようなら、それで対処するつもりだった。ま、その必要も無くなったがの」

「い、イトぉぉぉ……!?」


 焦燥したパズスの目には、深淵たる森林を背景に、現人神イトの笑顔があった。

 とても闇が似合う、禍津神の笑みである。


「年貢の納め時という奴だ。血税を回収するぞ。パズス」


 元の主であるトイは毒を盛られていた。ジバールに……ではあるが、それを唆したのはパズスだ。

 その怨念が突き動かすように、人差し指をパズスへと向ける。

 自らを殺した、父へと。


「かかっ。ここからは禍津神の作法を、お目にいれてやろう」


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