第35話 禍津神、勇者とステゴロする。

「我のことを覚えておるか?」


 神威解放【破軍ハンマーソング】が何度も穿たれる。

 イトの体を優に超える、巨大な光の鉄槌。

 しかし衝撃音だけ発して、城壁のごとき結界が弾く。


 罅一つつかない神威解放【一線】を目の当たりにして、太郎の顔が歪んでいく。

 苛立つ表情を、イトは見逃さない。


「知らねえよ……天上界で、なんかもう一人いるとは思ってたが」

「かかっ。そうだろうな。神たる我は、本来意識の隙間に隠れて見えぬ存在。『いたかも?』程度じゃろうな」

「もう俺だって神なはずだろ!? なのにどうして攻撃が通用しねえんだよおお!!」


 隕石の如き衝撃が、何十発も駆け巡る。

 すぐ隣にあった屋敷は、その余波だけで既に倒壊しそうになっていた。

 周りの木々に伝播した衝撃で、鳥も獣も恐ろしくなって逃げていく。


 だが【一線】に守られたイトと、ジバールとステラだけは一切届かない。

 戦神コンチネントの力を得たはずの勇者の力が、何も届かない。


「どうせ話しても分からぬことじゃ」

「何……?」

「仇討ちは我の好むところではないし、お主には同情するところが多々ある。ゆえに、少し躾してやろう」


 すっと、結界からイトが出る。

 無防備になった現人神に、逆に太郎が警戒心を高める。


「何の真似だ……」

「神威無しで応じてやろう。お主らの言葉で言うなら【縛りプレイ】というやつだ」

「……?」

「神威解放【筋骨隆々】も人間の範疇に納めてやる。お主の全身全霊を、神たる我に献上するがよい」


 巨大な拳を前にして、関節を鳴らしながら仁王立ち。

 底なしの余裕と自信を以て、困惑する太郎を睨みつけるのだった。


「来ぬのなら我から行こう」


 イトが跳ぶ。

 右手を引く。そのまま素直に太郎のところまで落下する。

 何の工夫も無い、真正面からの突撃。

 子供の喧嘩のような、考えなしの特攻。

 あまりに隙だらけ。

 その油断は、太郎の怒りを買った。


「舐めくさりやがって……俺は神の力を得たんだぞ!!」

「だから見せてみよと言うている」

「神威解放【破軍ハンマーソング】」


 イトの何百倍も大きい光の拳が、迫る。

 超濃密な振動の塊に、イトはただの右拳を打ち込む。


「かかっ」


 音が一瞬、世界から消滅した。

 遅れて突風が迸る。


 両者、凄まじい速度で後ろに反発する。

 イトの体も、太郎の体も投げ飛ばされる。


「なに……」


 転がる太郎。信じられない、という感情でいっぱいになる。

 だがイトには確実にダメージは入った。

 傷塗れ、痣塗れになって、体のあちこちから血が滲んでいる。


「けど、今ので体はボロボロのグズグズに――!?」


 なのに砂煙の中、

 血に飢えた、楽しそうな笑みで。


「その程度が貴様の全身全霊か!! ツクミの方が何倍も強いぞ!!」

「ひっ」


 再び神威解放【破軍ハンマーソング】と、ただの右ストレート。

 ラッシュの応酬。殴り合い。

 現人神と勇者が、その拳だけで語り合う。

 

 直接触れていないだけ、神威を縛っているだけ、ダメージはイトの方が大きかった。

 しかし先程から押し込んでいるのもイトだった。 


「【破軍ハンマーソング】が、相殺されているだと!? どうなってんだその肉体!!」

「ちょーっと鍛えただけじゃ。人間換算で300年だけな! これが人間の可能性という奴じゃ!」

「この、神威解放【曲破ウィップ】!!」


 振動の直線が、イトへと伸びる。

 光速に近いそれは、たとえ神とていとも容易く貫く最強の鉾。

 しかしそれを見切って避けると、逆に【曲破ウィップ】を掴むのだった。


「これか、マナをったのは」

「嘘、だろ……避けた……!?」

イトは我の専売特許ぞ、相手が悪かったのう」

「おわっ!?」


 イトが【曲破ウィップ】を引っ張る。

 自分の線が引っ張られ、前によろめく太郎。

 バランスを失った太郎が見上げた時には、イトが溜めの姿勢をとっていた。


「喧嘩慣れしてないのう。まだジバールとステラの方が見込があったぞ」

「びっ」


 太郎の顎を思い切り、殴り上げた。

 数十メートル浮き上がり、そのまま地面へ叩きつけられる。

 通常の人間なら死ぬ威力だ。それが顎が外れ、戦闘不能になっただけで済んだのは、流石戦神コンチネントを降ろした勇者故だろうか。


 それでも、オネストが望んだ勇者は、神の力を借りながら敗北し。

 オネストが望まなかった禍津神は、人の身でありながら勝利した。


「ぐあ……」


 喘ぐ太郎に、イトは近づく。

 その体から、傷はどんどん消えていく。

 まるで太郎の攻撃は茶番であったかのように、虚しく消えていく。


「あ、あ……いやだ……また負けるのは嫌だ……あんな……あんな闇はもう……」

「敗北への恐怖が、お主の道を誤らせたか」


 【傀儡】の線を繋ぎ、太郎の記憶を読み取っていく。

 緊急時につき、彼の道を誤らせた直近の経緯のみを見る。


 それは、敗北の記憶。

 灰子と悟も含め、三人がかりで敗れた少女の姿があった。

 その【ギターケースの少女四人目の勇者】は、死神のような雰囲気でをこちらに向けていた。


 はっきり言って、イトも沈黙する何かがギターケースの少女にはあった。


(この娘……。いや、それは後だ)


 突き付けられた銃口と、為すすべなく倒されたトラウマが太郎を打ちのめすはずだった。実際、戦神コンチネントが接触するまでは、三人とも引き籠っていた。

 その心の隙を、神に付け込まれた。


 今なお勇者の中でモチベーション保って隙を伺っている、冥界破りの神話を持つ戦神の笑みが――。


「……!?」

「神威解放【神縛線カミシバイ】」


 ……そもそも太郎は、神の力を宿す。

 天上界にいる神とリンクし、その力を使いたい放題になる。

 なので正確には、神そのものを宿している訳ではない。


 裏を返せば神の操り人形になってしまう側面を持つ。

 強大な力が供給される代わりに、神の肩代わりをさせられる。

 神は太郎を介して、本来人の世界では具現化しえない奇跡を、天上界に居ながら起こすことが出来る。

 つまり、神は天上界安全地帯から勇者というアバターを操作しているだけに過ぎない。


「なにっ!?」


 その悲鳴は、戦神コンチネントのもの。

 【神縛線カミシバイ】は第四の壁を自在に超えてしまう。


「おお、大物一本釣りじゃ」


 太郎の中から、戦神コンチネントが出てきた。

 神々しさを纏った、正真正銘の神。だが人間界には、太郎という媒介無くして具現化できないはずの神が、独立して人々の前に浮かび上がっている。

 後ろでジバールとステラも唖然とする他なかった。


「かかっ、のう。人の届かぬ場所から、自らの糸で人が右往左往するのは楽しかったか?」

「ま、禍津神……」

「お主は後で従神ペットにしてやろう。そこで仆れておれ」


 神話の威厳がすっかり失われた格好のまま、為すすべなく戦神は顔を伏せる。

 一応、これでも太郎は凄まじい力を持っている。ジバールとステラ二人がかりでも敵わない基礎能力を持っている。

 だが、人間に戻ってしまった。

 人間の枠に、戻ってしまった。


「で? お主はどうする太郎とやら。戦わぬのか?」

「う、あ……」

「それがお主が神に成れぬ理由。我に攻撃の一切が届かぬ理由よ」


 負けること。挫けること。跪くこと。

 それらからプライドを守ることに固執してきた人間、太郎は神に見下されたまま、その話を聞かざるを得ない。


「神とはな、敗北の連続だ」

「……?」

「祈った者を救うことは出来ぬ。呪った者も救うことは出来ぬ。天変地異は意のままにならぬ。神を滅ぼす陰陽師や妖に狙われる。そして神話に踊らされ、無益な間引きや争いに放り込まれる。黄泉ではイザナミに何度も滅ぼされかけた。現世ではイザナギに何度も消されかけた。朝はアマテラスに焼かれ、昼はスサノオに斬られ、夜はツクヨミに閉じ込められる。だが敗北を経て尚、その背を見てくれる者たちの為に、立ち上がらねばならぬ。それが一度や二度の敗北程度で狼狽えるお前に出来るか?」


 日本神話を知っているかはどうでもよかった。敗北の歴史を振り返ったら、見知った忌々しくも凄まじい神々達を想起しただけだ。

 たかだが十数年、太平の令和に生きた一回の高校生如きが、異世界に来て勇者と持て囃されたとしても、成れないものがある。

 それが、常に敗北と隣り合わせの神である。

 

「だが、少なくとも人間も、敗北から立ち直ることが出来る。後ろのジバールとステラがいい例じゃ。我に負け、互いに負け、それでも今再度立ち上がり、守るべきものを守ろうとしておる。敗者の再起が見苦しいものか。神の奇跡よりも美しいというのに」


 ジバールとステラが互いを見合わせ、力なくイトの背中を見る。

 逃げ傷が一切ない、2000年も日本神話の中で戦い続けてきた、神の背中を。


「さて、と」


 ここに来た理由を思い出すイト。

 パズスだ。アレを間引くために、ジバールとステラを追ってきた。

 だが、既に倒壊した屋敷の周りを見ても、パズスはいなかった。


「逃げたか? しまった、ステゴロ喧嘩が楽しくてパズスを度外視しておった」

「追わなきゃ……」

「あー、良い」


 ステラが傷を押して立ち上がろうとするも、イトが制止する。


「大丈夫じゃ。我が仕込んでおいた神威解放【蜘蛛の巣】にはもう一つの能力があるでな」

「なにを、勝ったつもりでいる……」


 何か光明を見たように、僅かに太郎が笑っていた。


「今頃灰子や悟が、別口からロックドア中心街を攻めている。あのパズスが用意した、ロックドアを上回る多勢の兵士たちと一緒に……」


 確かにロックドアの街を振り返れば、その近くの山で戦火が垣間見える。

 戦いは、始まっている。第18騎士団や【人間賛歌オンリー】が迎撃していることだろう。

 それを見て、イトは何でもない事のように両肩を竦める。


「灰子と悟とやらも、神の力を得たから軽んじておるのかもしれぬが」


 特に威圧はしない。

 呆れた目で、勇者を見下ろすだけだ。


「お主、人の力舐めすぎじゃろ」


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