第34話 禍津神、横顔同士の話し合いをやっと見届け終える

 ――思い返せば、国立魔術学院では横顔ばかりだった。

 ジバールは、ステラの横顔ばかり見ていた。

 掲示された成績表の更に上を、見据える横顔だった。

 

 その顔を、いつかこちらに振り向かせたかった。

 恋心などでは決してない。ただ、認めてほしかった。

 ちゃんと主席で卒業し、当主に成りたかった。

 そして、こっちを見てほしかった。そんな希望を抱いていた。

 

 でも結局、ずっと横顔ばかりだった。


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「なんだコイツは!?」


 二人目の親衛隊が、ジバールの放つ炎に包まれ倒れる。

 これまで出したことのない出力。

 火事場の馬鹿力。


「ふーっ、ふーっ」


 両肩で息をする、満身創痍のジバールから溢れていた。

 しかし覚悟を決めた息子の底力に、パズスは別段驚かない。

 ただ親衛隊が二人死んで、金が無駄になったな程度の溜息しか吐かない。


「まあ、もうそろそろ死ぬだろ。それともダーツの的になるか?」

 

 三人目。

 流石に経験でも自力でも負けていて、どんどん魔術でも剣でも押し込まれる。

 だが、諤々震える膝は折れない。死に怯える瞳は、多く見開いたまま閉じない。

 逆に、ジバールが押し返す。


「なんだコイツ……どこからこんな力が」

「はっ、だが後ろががら空きだぜ!!」


 左右から更に二人。もうジバールに対抗の手はない。


「ふーっ、ふーっ!!」


 死に怯えていても、その目は最後まで死なない。

 獣の如く、最後まで抗わんと全身に力を込めた。



「——白龍炎スノウソング


 白炎の大波。

 突如訪れた絶対零度の大魔術に、六人の親衛隊が巻き込まれる。


「うっ」


 心臓まで凍る前に炎の魔術で溶かそうとする親衛隊。

 しかしそれよりも早く、分身すら垣間見える足運びでステラが現れる。


「なっ」


 ぽーん、ぽーん、と。

 ステラという疾風が掠めた先から、首が一気に六つ飛ぶ。

 固定された下半身のせいで、胴体の断面は上を向いたまま――ステラの背景は、六つの赤い噴水で満たされていた。


「馬鹿な、一瞬で俺たち親衛隊が……あっ」


 ずっと鍔迫り合っていたジバールが、隙を見つけて男の心臓を貫く。

 崩れる親衛隊よりも、ジバールの方が重傷に見えた。全身、血塗れである。

 隣に来たステラが心配の声を発する前に、息切れを繰り返すジバールが問う。


「なんで来た、馬鹿野郎」

「話し終わってないから」

「ってか馬車に追いつくか普通」

「いまさら?」

「……ほんと、その強さがムカついてた」

「私もムカついてたよ。あなたの強さに」


 剣を構える。並んで二人、真正面を向く。

 互いに、横顔しか見えない状態になる。

 かつて主席を争った同士は、こうして剣を同じ方向へと向けた。


「う……」


 まだ親衛隊は十人。

 一人一人は、真正面から戦えばステラよりも強い。

 だが、強い筈の自分たちが一瞬で六人殺されたこと。そのステラより弱い筈のジバールに、もう三人も殺されていること。その現実が、歴戦の戦士たちを足踏みさせていた。


 まるで、手負いの魔物でも相手にしているような気分だ。


「はっ」


 だがその最中にあって、一切パズスは雰囲気を変えなかった。


「ああ、ステラか。可憐じゃないか。あのクソなアマスの娘とは思えないくらいに」

「……父が世話になったわね。その、ここで帰すわ」

「さっき、目をかけてきたやつに刺されてな。すごい痛いんだわ。こりゃ酒と、ダーツの的が無きゃ収まらねえよ。その後生大事にしてきた胸とか、いい的になりそうだ」


 不幸にも内臓に届いていなかったが、ジバールが刺した傷もそれなりだ。

 痛み故か、パズスの青筋がどんどん込み上げてくる。


「ま、いいや。とりあえず、

「何を――」



 勇者【太郎】が舞い降りた。


「神威解放【破軍ハンマーソング】」


 戦神の由来たる光の拳が、真横からジバールとステラを吹き飛ばした。



========================


 ――思い返せば、国立魔術学院では横顔ばかりだった。

 ステラは、ジバールの悲しい横顔ばかり見ていた。

 掲示された成績表の更に向こう側を、渇望する横顔だった。

 

 その先にある景色を、いつかステラも見たかった。

 恋心などでは決してない。ただ、いつまでも見ていたかった。

 きっと彼なら、ロックドアを変える当主になるかもと思った。

 そして、こっちを見てほしかった。そんな希望を抱いていた。

 

 でも結局、ずっと横顔ばかりだった。



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「太郎とやら。お前、やっぱり殺さないよな」

「すんません、これでも人を殺しちゃダメな島国で生きてきたんで」

「ま、いいよ。死んでちゃダーツの的としては半減だ」


 【太郎】の能力は、神の依代となる事である。

 それは他の【灰子】や【悟】にも言える事であったが、この依代に特化した太郎の力は格別である。

 いわば、にまで昇華できる。


 今、彼の身体に降りるは戦神コンチネント。

 彼は巨人さえ傷一つ付けられない冥界の城壁を破壊した神話を持つ。

 その彼の神威は【破】。

 神威解放【破軍ハンマーソング】は、振動と衝撃の塊で象られた巨人の拳を召喚し、敵を粉微塵にして世界中に巻き散らかす業である。


 その一撃を受けて、まだステラとジバールが五体満足で要られているのは、太郎の手加減故だった。


「がふっ」

「うぐっ」


 だが、二人して血反吐を吐く。

 伝播した衝撃に内臓が壊された。


「かっこいい涙溢れる劇をありがとう。ミュージカルが俺は好きでな。金がねえから、学校のパソコンでこっそり見てただけだけど」

「……」

「ってかステラよう。なんでお前まだ動けてんの? あの時散々恐怖を教えたよな?」

「……知らないわよ、そんなの」

 

 だが、ジバールもステラもまだ目は死んでいない。

 ジバールはロックドアに仇為す怪物として睨んだ。

 ステラは父を昏睡させ、マナを殺した仇を睨んだ。


「へー。異世界の人間って、俺の知ってる人間じゃねえのかもな」


 その目つきに呼応して、見下ろす【太郎】の目が険しくなる。


「……だが俺はその目が嫌いだ」

「……?」

「その目が嫌いだ。その目が嫌いだ。その目が嫌いだ」

「な、なんだコイツ……」

「するんじゃない。、人の気持ちになって考えろおお!!! 人目線を知らねえのか異世界のクズ共は!! 道徳はちゃんと学べよ!!」

 

 突如暴発した怒り任せの蹴りが、ジバールとステラを襲った。


「大体ジバールってのは、小物中の小物だろ? 上に傅くことしか出来ず、下の事を顧みないクソ雑魚蛞蝓……」

「……」

「そしてステラってのは、自分の身の程をわきまえず、何か勝手に宗派作って既存権力を脅かすテロリストだろぉ? 雑魚と悪役が、そんな目をしてんじゃねえよ……何が哀しくて、を見なきゃならねえんだよおおお!!」


 何を言っているのか分からない。その通りだから反論できないが、何故【太郎】に言われなければならないのか、ジバールとステラには分からなかった。

 だが、どうも様子がおかしい。


「神威解放【曲破ウィップ】」


 【太郎】の手から、半透明の線が飛び出した。まるで鞭のようにしなっている。

 ステラは思い出す。あの線に、マナは殺された。


「恐怖。もっと恐怖。怖いって大事。俺は怖くない、怖くない」


 出力はあの時よりも弱い。

 だが人の体に触れれば、確実に肉が削られる。

 それをまずはジバールの方へと振り上げる。


(精神が……コイツ、いかれてやがる)


 と、思うのが精いっぱいだった。

 最早動けない。ジバールは目を閉じる。


!!」

「……!!」


 だがその上に、ステラが覆いかぶさった。

 結果、ステラの背中に【曲破ウィップ】が直撃する。


「いぐぁあああああ!?」

「ステラ……!!」


 一瞬で服が破け、中の肉が抉れる。

 死んだ方がマシな激痛が、ステラを全身を駆け巡る。


「俺は、俺は勇者として召喚されたんだ!! 神に選ばれた!! 楯突くんじゃねえよ!! もう誰にも俺達を蔑ませねえええええ!!」

 

 ベチン、ベチン、と。

 二発目。三発目。


「ごめんなさいしろ!! 土下座しろ!! 俺に謝れえええええ!!」


 激痛の極致へ震えるステラの体が、ジバールにも伝播する。

 伸し掛かる女体を必死にどかそうとするが、ステラが意地でもどかない。


「やめろ、やめろ、俺なんか捨てて逃げてくれステラ!!」

「が、は……」


 最早背中は丸出しで、血塗れだ。

 このままではステラが死ぬ。そう直感して全力を出しても、岩のようにステラはどかない。

 彼女のクリーム色の髪も、まるでジバールを守るように彼の顔を覆い尽くす。


「ずっと、あなたは一人だったんだのね……ジバール」

「……ステラ」

「主席合格発表の日、私はお前の顔を見なかった……本当はあの時、あなた泣いてたんじゃないの……?」

「……」

「さっきから、ずっと後悔が巡ってる…」


 ジバールとステラ。

 二人は、真正面から顔を合わせていた。

 ステラの涙が、ジバールの目元に落ちて、伝う。


 あの時、泣けなかった分まで。



「主席合格発表の時、あなたの顔を真正面から見ていれば……」


 真正面から見ていれば。

 もっと、いい未来があったはずなのに。



 ついに、ステラが気絶する。

 ジバールは沈黙したまま、やっと開けた夜空を見上げる。

 もう彼の視界に、勇者なんてない。


「けっ……気絶してんじゃねえよ。あー……もういい」


 太郎の右側に、光の拳が出現する。

 神威解放【破軍ハンマーソング】。

 どうやら鬱憤が再骨頂に達したらしい。本気の力で、まとめて塵へと吹き飛ばすつもりだ。


「おい待て、ダーツの的が……」

「んなもん死体でやれ」


 人間二人にはあまりに大きすぎた拳が、呆けた顔のジバールと、意識が混濁したステラへと降り注ぐ――。

 


「——神威解放【一線】」



 衝撃が伝播する。

 周りの親衛隊も、パズスも余波で吹き飛びそうになる。


「ぬっ!?」


 見えざる結界。

 それが、戦神の拳を完全に止めていた。



 イトが、腕組をしてジバール達と太郎に割って入っていた。

 気付けばイトの右手から伸びたイトが、ステラの背中を癒しつつある。正確には千切れた部分をイトで縫い合わせている。

 応急処置としては、これが精いっぱいだった。


 とはいえ、死にはしないだろう。

 そう確信したイトは、戦神が隠れ蓑にしている勇者へと向き合う。


「……なんだ、お前は」

「ん? 我は神なるぞ? お主と違って、本物の現人神だ」


 神が降ろされ、現人神になった太郎。

 神から堕とされ、現人神になったイト。

 向かい合った両者に、話し合いの余地はない。


「残念だが我は話し合いなぞ出来ぬぞ? 何せ【語らずの神】と沈黙されておったからな」


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