第41話 禍津神、かつての神官と会う

「どうして戦神コンチネントはそのままにしていたの?」

「そのままでは無いぞ。きっちり封印しておった。しかし思いの他早く解かれたのう」


 とツクミを背負いながら、戦神コンチネントが逃げた方向へ駆けるイト。


「神話型の神が顕現するなど、我の世界では相当珍しかった」

「神話型?」

「神と言っても、2種類存在する。神話型と土着型がな」

 

 神話型は、天上界など不可侵の神域に居る神らを差す。

 国共通の神話になるような存在はこのパターンに入る。

 オネストやコンチネントがこれに属する。


 一方土着型は土地に棲みつく神らを言う。

 土着信仰がこの種別だ。この神達は人間界へ常に顕現しているため、人の目に入りやすい。

 マナはこれに属する。


「神話型は、土着型よりも力を有する傾向にある。だが土着型と違い、ずっとは人間界に居れんのだ。顕現の為の実体化には、神威を削る必要があるからな……ずっと人間界におり、人目に晒され続ければ、信仰を失い、いずれ消滅する」


 神話型の神は、人から見えないからこそ、その神秘を保つ。

 人目に常に触れる神など、珍しくも、貴重でもない。

 故にありがたみも薄れ、信仰も滅びていってしまう。


 だからオネストやコンチネントは勇者を欲したのだ。

 人間界へ干渉する方法は、依代となる勇者や神官への神力供給がセオリーだから。


「我の神術によって、コンチネントら数名の神は無理矢理顕現しておる状態だ。いい機会じゃった。だからこそオネストを裏切ったあやつからは色々聞きだしたかったし、あわよくば従神ペットに出来ると思うてな」

「でも、それは良くないと思う。だって、マナを殺した神だよ」

「かかっ、そういったわだかまりを持てぬのが現人神の便利な所ぞ。まあ、間引くことも丁度考えておった」

「それも良くないと思う」


 背中におぶられているだけのツクミが真剣な顔になっていて、「かかっ」とイトが笑う。


「何となく、イト様はあまり間引いちゃいけない神様だと思う」

「お主……それは生かすも殺すも駄目という事か。どちらも選ばぬというのは神と手きついのう」

「ごめん、わがままだった」

「かかっ、自覚があるならよい」


 私だって必要なら殺すし、と少し俯くツクミ。

 過敏になっているように見える。の話を、さっきまでしていたせいだろうか。


「イト様はどっちなの? 神話型と土着型」

「まあ、現人神などという種別が新しいからの。例外じゃ」


 街を駆け抜けるイトの目には、ロックドアの街並みが映っている。


「……」

「イト様?」


 だが、ふとその奥に、懐かしくもほろ苦い光景が重なる。

 今にも崩れそうな、ボロ板で囲われた家屋。

 枯れ果てた農作物。乾ききった人間。


 それは、日本の昔の街並み。

 奈良とか、平安などと呼ばれた時代の村。

 鎌倉とか室町かもしれない。案外江戸だったかもしれない。


 武士に襲われ、女娘と命を奪われた。

 野盗に襲われ、金と命を奪われた。

 飢饉に襲われ、食と命を奪われた。


 人々は怨んだ。

 武士を。野盗を。そして神を。

 その怨嗟の交差点に、いつも現れるがいた。


『何を思うや。忘れよ、罪人は永久とこしえわざわいに仆れたり』


 その歌と共に、恨み辛みの中心を通り抜けて、誰でも殺す。

 貴族だろうと。武士だろうと。妖だろうと。神だろうと。

 禍津神の教義に従い、一人残らず間引く。


「……禍津神のころは、神話型じゃった」


 そんな一族の後ろ姿を、イトは瞳の奥に思い出す。

 あれは、だっただろうか。

 人々の怨念を一身に受けた巫女の背中は、いつも朱かった。

 

「見守る事しか出来なかった。【朱皇院】という一族が、我の肩代わりに間引いてきたのを。そしてその巫女たる【鬼火姫おにびひめ】が、自らの命と引き換えに、屍を積み上げておったのを」


 そういうモノだと分かっていても。

 世界は、そういう仕組みだと分かっていても。

 イトは、血塗られた彼女たちを思い出さずにはいられない。



================================


 勇者から引きはがし、拘束されていた。

 【蜘蛛の巣】とやらを破るのを、ずっと目論んでいた。

 イトがいない時を見計らって、作戦を続行した。


 ツイてる。戦神コンチネントは、不敵に笑う。


「コンチネント様、こちらです!」

「ああ。人目につくわけには行かん。俺の顕現した姿を見た不届き者はすぐ殺せ!」


 部下たる従神に連れられて、夜の森を潜り抜ける。

 例外事項がいくつも重なって、顕現している状態。

 存在するだけで神威が削られる。人から見られれば猶更だ。


「あの禍津神のことだ。見つかれば即八つ裂きだろうな……」

「やはり天上界に戻られては」

「ワン王国の天上界に戻ればオネストに倒される。最早俺が裏切ったことはあの女には露見しているだろう……【三柱】に名を連ねる奴の力は伊達ではない」


 こうなる前に、神を捕食しておきたかった。マナを殺したのもそれが理由だ。

 神を喰らう事で、あるいは人を屠る事で、コンチネントは強くなる性質を持つ。

 オネストの従神になって生きながらえたのも、頃合いを見てオネストより強くなれる自信があったからだ。

 イトが天上界を荒らし、見事に暗躍するチャンスが巡ってきたと思ったのに……。


「止むを得ん。他の主神に亡命しよう。セカン帝国が主神、トゥワイスあたりなら話を着けられる」


 これは逃走ではなく、いずれ来る勝利への前進だ。

 そんなことを言いながら、セカン帝国の天上界へ向かった時だった。



『何を思うや。忘れよ、罪人は永久とこしえわざわいに仆れたり』



 ただ言葉を連ねただけの、わらべ歌。

 コンチネントも、彼に付き従う五人の神も、警戒心剥き出しでその方向を見た。

 小さな影。声からして幼い少女。この森に迷ったのか。


「ふん。つくづく運の無い……子供では腹の足しにもならないが」


 人間如きが神の実体を見るなど、侮蔑に等しい。

 コンチネントは、人間を常に見下してきた

 女子供程度、おやつくらいにしか思わない。


「折角顕現したのだ。パズスではないが、人間でひと遊びするのも余興だ」

「くく……」


 周りの従神も鬱憤がたまっていたようだ。

 だがあの的だけは譲れない。


「神威解放【破軍ハンマーソング】……!!」


 光で構成された、巨大な右拳。

 それがコンチネントの真上から降り注ぐ。


 本物の、神の天罰。

 人間を粉微塵にする振動の惑星が、少女に振り下ろされる。

 月光が木々に遮られているせいで、少女の散り際は良く見えない。それが残念だと思った。



】」



 【破軍ハンマーソング】が直前で何かにぶつかり、そして霧消した。

 見えざる壁。それをコンチネントは知っている。


「イトと同じ類の術を……!?」


 月光の神域に、小さな影が入り込んでくる。

 黒髪に、朱い眼鏡。背には、一見瓢箪にも見える平べったい箱ギターケース

 その風貌に見覚えがあった。


「……【4人目の勇者】!?」


 ハンドガンを、片手で構える。

 一切力の入っていない、自然体。



「私は朱皇院すおういんが第199代目巫女【鬼火姫おにびひめ】、朱皇院乃沙すおういん のさ——、間引きを執行します」



「お前、イトの手先だったのか……!?」


 事態が呑み込めない。そんな様子はイトにも、この乃沙にも全くなかった筈だ。

 だが、構えていたモノを見て、疑問は嘲笑へと変貌する。


「くくく、はははは。それが異世界のおもちゃか」


 従神達も腹の底から笑う。

 滑稽に見えたからだ。神に銃を向ける姿が。

 従神の一人が、怒りと傲慢を混ぜ合わせた形相で前に出る。

 

「俺たちは神だぞ? かの戦神コンチネント様に、そしてその従神たる我々に、人間の鉄砲など通用するものか。魔術にさえ劣る、下らぬ玩具など……それで本気で勝とうなど、神への侮蔑に等――」


 ぱん、ぱん。

 その銃声に遮られたのが最後だった。

 従神は額と胸に風穴を空けられ、そのまま消滅する。


「えっ」


 ぱん。ぱん。ぱん。

 乾いた音が連続して反響する。

 それが終わった時には、戦神コンチネント以外の従神は蒸発していった。


 皆、額から後頭部へ、螺旋回転する弾丸が貫通して――。


「ちょ、ちょっと待て」


 一切感情の起伏を見せることなく、戦神コンチネントに銃口を向ける。

 そして、再び射撃。

 乾いた音が三回。


 顕現する実体には、人からの攻撃は無効になる筈だ。

 ただの銃なら、一切効かない筈だ。


 だがコンチネントの肉体に突き刺さる、三つの熱。

 それが、神の常識をすべて覆していた。


「やはり干渉している……この戦神に、干渉しているだと……!? そんな力、オネストが与えたはずは……」


 戦神コンチネントは、腐っても戦神だった。

 弾丸は浅いところで止まる。実体の硬さ故だろう。


 しかし、乃沙に驚愕は無かった。

 怯んだコンチネントの隙をつき、ハンドガンの弾丸をリロードし、左手一本で放つ。

 流れ作業の如く。


「う、あ」


 ダメージを与えている間に、空いた右手でギターケースの封を開け、二つ目の武器を取り出す。

 牽制の弾丸を連続で受け、後ずさることしか出来ない戦神コンチネントは、「また奇怪な鉄砲を」としか言えない。

 それがセミオートショットガンであることなど、知る由もない。


 ハンドガンよりも一段と大きい銃口に、力が収束する。

 まずい、と戦神としての感覚が警告する。

 逃げようと足に力を込めた時だった。


 動けない。

 後ろから羽交い絞めにされて動けない。


「ひ、ひ、ひひ……!?」


 戦神は恐怖した。

 神ですら全く振りほどけない力で、真後ろからホールドしている白装束の女。

 顔を真っ黒に火傷していて、そして明らかに死んでいる身なのに。


「ひ、人でも……神でもない、だと」

「この世界、やっぱりあやかしの存在は知られてないんですね」


 アヤカシ? なんだそれは、と問う暇もない。

 

「神楽解放【神器火縄銃ホムスビ】」


 セミオートショットガンのトリガーが、引かれた。




「それ、母さんです」




======================


 森は、炎に満ちていた。

 だからこそ、イトの視界を夜闇が遮る事も無かった。


 爆散して上半身だけとなった戦神コンチネントが、蒸発していく様も。

 その中心で、翼のように二挺の銃を構える少女も。

 少女の身体から、返り血が消滅していく芸術も、見ることが出来た。


 遅れてステラ達、第18騎士団も到着する中。

 イトは尋ねる。


「お主、今の【鬼火姫】か?」

「はい。乃沙といいます。イト」


 敢えてと強調した。

 それが前振りだったかのように。



 



「では、【代替わり】を執行します。現人神から、禍津大御神へ戻すために」





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