第42話 禍津神、元神官から怒りの炎を向けられる

 セミオートショットガン。3kg前後の重量は、成人男性が振り回すにも相当重い代物である。

 だが、初等部の様な矮躯の乃沙の構えは、まったく重さを感じさせない。

 朱色のエネルギーを先端に集約させ、トリガーを引いた直後もそうだった。


「神楽解放【神器火縄銃ホムスビ】」


 空気とエネルギーが摩擦を繰り返す、収束音。

 音が止み、朱い球体が完成した途端、灼熱が穿たれる。

 折れ線の軌道を描きながら、イトまで到達した。


「神威解放【一線】」


 夜闇を引き裂く閃光。

 森全てを吹き飛ばすような爆発。


「まさかショットガン散弾銃火縄銃ホムスビを再現するとはな」

「通用しませんか」


 だがそれも透明な結界の、向こう側の話。

 【一線】は全てを防いだ。森を枯らす灼熱も、果てしない衝撃も。


 だが必殺技が防がれたのに、乃沙の淡々とした雰囲気に変化はない。

 そういうものとして、現実を受け止めている。

 暗黒の森を煌々と照らす爆炎の最中、ただ次の策を練り続けている。

 

「神解放……? 神じゃなくて?」


 魔術でも到底成し得ない規模の焔。

 だが神術にしては発動の言霊が違う。

 そのツクミの問に、乃沙を見据えたままイトが答える。


「【神楽かぐら】。それは巫女が代行する神威を指す。時代により陰陽道とも呼ばれたことがある。勇者たる太郎がコンチネントを降ろし、その力を借りておっただろう。あれと同じだ」

「まさかとは思ったけど、乃沙が使っているのは」

「禍津神イト……即ち、我が降りておる。我の神威【イト】を行使しておる」


 コンチネントの神術さえ凌ぐ結界術、一線も。

 セミオートショットガンを神器へと格上げする火縄銃ホムスビも。

 すべて、イトの力。


「聞かせよ。お主以外の朱皇院はどうなった」

「死にました。もう私だけの一族です」

「だからか、日本で我の力が極限にまで弱まったのは」

「いいえ。死んだのは人だけでなく、神もです。禍津神イトは死にました」


 手慣れた手付きで、ショットガンの開口部から弾薬を装填する。

 そして、イトへと再度向ける。


「放念しましたか。かつての教義を」

「忘れてはおらぬよ」

「『何を思うや。忘れよ、罪人は永久とこしえわざわいに仆れたり』……それだけが私達朱皇院と、禍津神イトの共通言語だった筈です」


 少女の歌に、パチパチ、と拍手のように火の粉が舞う。

 その渦中にいた乃沙は、摂氏1000度の灼熱に目を細めることもしない。


 ずっとイトを見つめていた。

 射殺すほどに、睨んでいた。

 無感情な顔立ちの中に、途方もない憤怒を混ぜ込んで。


「やはり我を許せぬか」

「朱皇院の【鬼火姫】は私を含め199人いました。他にも朱皇院の一族を数えれば2000は下らない。あなたはそれを裏切った」

「……」

「そうなった根本原因が、この異世界に引きずり込んだオネストにあることも分かってます。あの女神も何れ間引きます。だけど、あなたの代わりに返り血を浴びてきた朱皇院を差し置いて、今更現人神を謳歌するなど愚の骨頂です」


 約200人の怨念が、炎となって乃沙の両肩に乗っているように見えた。

 自分達を見捨てた禍津神を殺せと。代替わりさせよと。

 たった一人の少女を、操っているようにも見えた。


「確かに、我はお主らにケジメなるものを示さねばならぬようだ」

「代替わりを行うと?」

「しかし禍津神に戻る事は敵わぬ。現人神として、この世界の最高神に上り詰める。禊は、その中で済ます」

「論外です」


 爆音。ショットガンから弾丸が放たれる。

 着弾の瞬間、また振動が迸り、騎士達の度肝を抜く。

 一粒弾スラグ弾は結界の表面で空転していた。

 もし結界が無ければ、イトの頭蓋は破壊されていた軌道だった。


「禍津神から逃げる選択肢で、禊が出来るとでも?」

「あの教義は間違っていた、とは言わぬ。間引かざるを得ない者なら、我も二人ほどこの世界で間引いてきたわ。だがな、乃沙。それは本当に我らの心に従っておったのだろうか。もう一度考え直さねばならぬ時が来たのだ。だから乃沙。お主、我の――」

「——神官にはなりませんよ。現人神イト」


 また一粒弾スラグ弾を発射する。

 しかも前弾が着弾した箇所に、一寸のズレも無く再度命中させている。

 同一の個所を狙撃することで、破壊力を増強させるダブルポイントという技術。

 しかしそれでも結界は崩れない。だが乃沙の眼光も衰えない。


 睨み返す、神の威圧も。


「いや、お主は考え直さねばならぬ。教義以前に、お主は禁忌に触れておる」

「禁忌?」


 イトはその禁忌に指をさす。

 そこには、真っ白な死に装束が映えていた。

 先程から乃沙の背後で、爛れ焦げた顔面を衆目に晒しているがいた。


「その妖は、神威解放が一つ、【無縁仏】じゃろう」

「何? その無縁仏って」


 ツクミが尋ねる。


「【傀儡】の強化版だ。あっちが生者を操る神術なら、こっちは死者を操る禁術。した相手を殺すことで、その屍を妖として使役できる」

「じゃあ……あの乃沙って子は、自分の母親を殺して、その死体を化物にして操ってるってこと……?」


 ステラの言う通りだった。

 そんなことが出来るとしたら、人の心をとっくに失ってしまっている。

 無縁仏たる母親だけでなく、その隣でずっとショットガンを構えている乃沙にさえ、幽霊を見たように一同が怯え始める。


「無縁仏は解呪する。それはあってはならぬ術だ」

「母さんに手を出さないでください」


 乃沙へ「パズスより怖ぇ……」という声が出始めた時だった。

 気付けば、煙が充満していた。

 視界が遮られ、呼吸すら障害が出る程に。


「なんだこの煙幕!?」

「いつの間に、こんなに充満して……!!」


 元々炎上していた森。

 しかし風上をイト側が取っていた為に、煙にやられる心配はなかった。だがいつの間にか風の法則を無視して、イト側にも黒煙が溢れるようになってきた。

 再度足元を見ると、何やら煙を吹き出す箱が転がっている。

 一方乃沙は、ポケットからゴーグルやマスクを取り出す。既定路線の動きを見れば、乃沙が仕組んだ罠であることは明々白々だった。


『今、現人神イトを間引ける準備はありません。今日のところは撤収とします』

「待て。乃沙」

『ご放念しないように。今はあなたが目下、間引かれるべき神です』


 気付けば煙の中から、乃沙が消えていた。

 無縁仏も忽然といなくなっていた。

 にもかかわらず反響する声は、神楽故か。


『それからツクミさん。再度忠告します。現人神から離れてください』

「……!」

『その神に依っていれば、あなたもいつか朱皇院になります――殺す恐怖と、殺される恐怖を、相手が母親であっても与える、人の心無き魔王バケモノになりたいですか?』


 煙が晴れる。

 やはり、乃沙は煙のように消えていた。

 戦神コンチネントをいとも容易く抹殺し、そして現人神イトへ宣戦布告をしておいて、まんまと逃げおおせたのだ。


「ツクミ、ステラ」


 ずっと煙の中でも、乃沙から目を離さなかった。

 どうすれば、目前の炎の如く猛る歴史に対して、償えるかを考えていたかのように。


「この件、深入り不要だ。我の宿命だ」


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「な、何よあれ……」


 丁度同じころ、天上界にてオネストは戦々恐々としていた。

 勇者として召喚した時には、あんな怪物だとは思いもしなかったのに。


「しかもあの娘、私を殺しに来ると言っていませんでしたか!?」


 聞き捨てならないセリフだが、無視もできない。

 あの乃沙に、戦神コンチネントが一捻りされてしまった。

 ましてや、禍津神イトの元神官。碌な人間であるはずがない。


 また脳裏に、首輪を着けられた自分が過ってしまう。


「——おい。禍津神イトはどこにいる?」


 ふてぶてしい物言い。

 気が立っていることもあり、振り返りざまにオネストが睨みつける。


「主神に対してなんて口の利き方ですの!? あなたも堕とされた——ひぃん!?」


 だが前蹴りされ、思わず這いつくばってしまうオネスト。

 また雌犬の格好になってしまった。

 何かと最近雌犬に縁がある。


 突き出た尻を見やりながら、その神は小さく笑う。


「良い尻に腰のラインだ。八坂神社に持って帰って、飼い犬にしてもいいな」

「あ、あなた見ない神ね……せ、セカン帝国の刺客かしら? それともスリード共和国!? ああ、さてはロックドアからイトが隠し神を……」

バカヤロー、お前らの陣地には興味ねえよ」


 日本?

 その国は、確か勇者や乃沙、そしてイトがいた国では無かったか。

 ありえない、とオネストは首を振る。


「日本!? そんな、【カモン】の神威は閉じてる筈」

「かもん? 家紋? まあ、いいや」

「何者ですの……!?」


 肩に乗せるは、正真正銘三種の神器がひとつ、【草薙の剣】。

 雄々しい肉体に、雷が迸ったような灰色の神。

 およそ尋常では考えられない神性を宿した男は、天上界から一望できるロックドアを見下ろして口にする。




「俺は須佐之男命スサノオノミコト。常世の国へ、禍津神を追ってきた」




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