第43話 禍津神、元神官の経歴に驚く
「つまり元カノの乃沙って子に、今カノのツクミといる所を見られたと……うわっ!?」
「ほう、お主にしては面白い冗談だのう。また躾が必要なようだ」
「ひいいいいい!? イト様、聞いてたんすか!?」
ジバールが総括していると、後ろから後頭部を鷲掴みにされた。
ロックドアの当主が書類と向き合う執務室では、当主の悲鳴が今日も上がる。
詫びるジバールを持ち上げていると、ステラが安堵したように溜息をつく。
「あんまり堪えてなさそうね」
「かかっ。標たる我が、道を見失うようではいかぬ。今回の騒ぎで一部領民にも不安の声が上がっておるしな」
ぱっ、とジバールを放す。
当主の椅子に着座し、ほっと一息。
「騎士達も乃沙に対して、恐怖心を抱いてるしね。【妖】ってのが良くわからないし……」
【妖】という存在について、この世界では詳しい者はいない。
それも相俟って、殺した母の屍を操る乃沙に恐怖心を抱いてしまうのだろう。
だが、ステラはどこか複雑そうに眉を顰める。
「ごめん。私は彼女に助けられた身だから……あまり敵意を抱けない」
「エミシで太郎に襲われた時か」
「ええ。あの時『間に合わなかった』と言ってたことは、本心と思いたい。でも、攻めてくるなら、騎士団団長としてその感情は切り離さなきゃ」
「その乃沙なんだけど……彼女が関わった事件、一応調べといたのあるけど見ます?」
ずし、と紙の束が登場する。
思わずイトとステラが目を丸くする。
「いや、太郎たち勇者の件があって、残りの一人のことも知っとくべきかと思い、アマスさんにも頼んで調べてもらってて。丁度この三か月、各地で周りから恨まれてた組織が何個か壊滅してたのもあって」
「かかっ。やるのう、ジバール」
その資料を、流し読みしていく。
セカン帝国にて、過激宗教集団の壊滅。死傷者数295名。
ワン王国にて、悪徳貴族数人の暗殺。
スリ―ド共和国にて、悪徳大商人の暗殺。護衛を50人揃えていたにも関わらず、商人の遺体をみるまで事に気付かなかったという。
【魔界】にて、希少種族【吸血鬼】への攻撃。30体いたとされる吸血鬼の全滅、かつ食糧にされかけていた人間と魔族11名の解放。
「魔界にまで首を突っ込んでおったのか」
「ちょっと待って、あの乃沙が一人でやってるの……?」
ジバールも信じられないという面持ちで、頷く。
その横顔を見ながら、イトは乃沙の神楽を思い出す。そして彼女がたった三ヶ月で成してきた間引きの経歴と重ねる。
「はっきりいって歴代【鬼火姫】の中でも最高峰ぞ。かの安倍晴明に匹敵……いやそれ以上の傑物だ」
「アベノ……セイメイ?」
「しかし妙なのはワン王国じゃな。仮にもオネストが呼んだ【四人目の勇者】が、各地で大それた動きをしているというのに、国際指名手配一つ上がってこぬとは」
「【四人目の勇者】と、【鬼火姫】が同一人物と紐づいてないんじゃないっすかね」
鮮やかな破壊劇が記された資料には、鬼火姫の名が記されていた。
目撃者や生き残り曰く、下手人は鬼火姫と名乗っていたらしい。
しかし鬼火姫の名以外に、残された証拠は無い。乃沙は後処理まで完璧にやり遂げている。
「もしかしたら、王国中枢は勘づいてるかもしれない」
ステラが顎に手をやりながら、怪訝な目で仮説を出す。
「でも、外国でも事件があった以上、『オネストが呼んだ四人目の勇者が鬼火姫です』なんて認めたら、ワン王国の責任が追及されるわ。そんな外交問題に発展するよりは四人目の勇者を有耶無耶にして、鬼火姫も自分達とは無関係ですって姿勢で居た方が上策とでも考えてるんじゃないかしら」
「やはり事なかれ主義の見本市じゃな。ワン王国は」
とイトが漏らした背景には、この一ヶ月の経緯がある。
パズスを間引いた後、次に予想されたのはワン王国が鎮圧しに来ることだった。
報復があって然るべきくらいには、ワン王国とパズスはズブズブだった。
しかし、結局ロックドアに攻め入ってくることは無かった。
ジバールが王国中枢に探りを入れたところによると、『迂闊に攻めれば、内政の不安を他二国に露呈することになるから、慎重に動いている』らしい。
「じゃあ目下、乃沙への防衛対策に集中する方向で良さそうね……深入りするなって言われたけど、それくらいはいいでしょう?」
「ああ。だがすぐには彼女も攻めては来ぬぞ」
「どういうこと?」
ステラの質問には、ジバールが答えた。
「これまでの事件で、乃沙は相当準備に力を入れてる。アマスさん曰く、明らかに標的や周りの人間の生活ルーチン、街や地形の情報、戦闘力や特性を分析し尽くした上で最適な計画を何重にも練ってるみたいだ。じゃなければ、こんな鮮やかな手口にならないってさ。今回はイト様を怨敵に見据えてるし、失敗のないよう相当準備をしてきそうじゃないか?」
「確かに……」
「それが朱皇院じゃ。乃沙が、という訳ではなく、【鬼火姫】に失敗は許されぬ」
今日乃沙がわざわざイトに顔を見せた本当の理由は、自分の神楽がどこまで通用しないかを観察するために来たようにも思える。
【神器
更に言えば周りのツクミやステラ達の動きも全員観察していた。
怨敵である今のイトを前にして、あっさりと逃げおおせた背景はそこにある。
今日の情報を踏まえて、確実に通用する計画を練るためのテスト。
「今こうしている間にも、乃沙は我らの分析をしておるじゃろう。ステラも、ジバールも、ツクミの情報も丸裸にしておる」
=======================
その廃墟では、パソコンのみが唯一の光だった。バッテリーに繋がる部分には、神楽で自己発電が出来る仕組みの箱が設定されていた。
異世界にはバッテリーの供給源たる電源が無いが、それは海外の紛争地帯で経験済だ。対応方法など幾らでもある。
乃沙は、拠点の一つである廃墟へ帰るなり、分析を再開していた。
無味乾燥な表情が仄明るく照らされ、眼鏡のレンズにディスプレイが反射する。
ディスプレイには、ステラの画像が表示されていた。
勿論、本人に許可なんて取っていない。
ロックドアの街中に仕込んだ、小型隠しカメラでの撮影である。
「ステラ……第18騎士団団長。身長165cm。一ヶ月前まで前団長のミーダスに監禁されていた。使用頻度の高い氷魔術は、発動と同時に凍結の効果あり。パターンは直接凍結と空間の氷塊化。受ければ即座に心停止もあり得る為要注意事項。剣術も発展途上ながらレベルが高い。率いる者の経験の薄さが弱点候補。恐らくジバールではなく、こちらが本来の、国立魔術学院の主席卒業と思われる。この前救出した時から心境の変化が大きい……」
その後も淡々とステラの分析済情報を口に出す。
勿論周りに誰もいないことは分かっている。
【無縁仏】以外、幽霊が出そうな廃墟には誰もいない。
ディスプレイは、ロックドア全体の街の情報と、地形と続き、ジバールの盗撮画像を示す。
「ジバール……ロックドア現当主。身長177cm。国立魔術学院は賄賂での卒業で確定。しかし実力は軽度と見做すには難しい。政治力も一ヶ月の実績ながら十二分。また、前パズス時代から残っているパイプがある。私のことを彼が分析している可能性も高い。心境の変化はステラよりも大きい。当主としての覚悟が完全に定まったと見える。この手合いは敵に回すとイレギュラーな部分で厄介になる……」
スクロール。
映ったのは、ツクミだった。
「ツクミ……身長150cm……情報が無い。奴隷商人の捕縛と、ロックドアの奴隷店に並んだのが最初の情報。それまでのデータは一切不明。本人も記憶喪失を主張している。戦闘方法はこの前見させていただきましたが、本質が不明。もう少しデータが欲しい……しかし……何故
暫く停止する。
ツクミを見つめる乃沙の目には、理解不可能なものに対する嫌悪感が浮かんでいた。それはデータの少ない相手への警戒心と、禍津神イトの神官である少女への何か両方を孕む。
その乃沙を、前から無縁仏が見つめる。黒く焼けた、目も口も溶け切った顔で。
「……大丈夫ですよ、母さん」
「……」
「禍津神に、必ず戻します。最後の【鬼火姫】として、血の代替わりを成し遂げて見せます」
「……」
「睡眠が不足しています。一時間だけ睡眠を取得します」
無縁仏は何も返さない。
乃沙はテントで一人、息をつく。
眼鏡の奥に隈があるが、これは地球で活動していた時からずっとそうだ。
「しかし『餅は餅屋』で行くと思います。同じ
そう言いながら、ハンドガンとナイフを握ったまま、座り込んで目を瞑った直後だった。
「……?」
辺りに流れる気配が、様相を激変させた。
「神です」
察知直後、ハンドガンとナイフを構えつつ、
これは神が顕現した時の空気。
イトに潜伏地点を察知された可能性がある。
確実に人が来ない地形を選んだつもりだが……。
と、廃墟から物陰に隠れつつ、窓の外を観察する。
上空に神影。
こちらに来るのではなく、寧ろロックドアの方角へと飛んでいく。
——イトではなかった。
「あれは
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます