第9話 禍津神、悪徳騎士団を土下座させる
翌日、イトとツクミは第18騎士団団長ミーダスの屋敷へ向かった(場所はジバールに吐き出させた)。
道中、前を征くツクミが、番犬のように目を光らせて街の様子を伺っている。しかし同時に、どこか子犬のような怖れが背中に現れている。
フードで
「お主昨日の威勢はどこへいった?」
「私が魔族だとバレたら、イト様を連れて逃げ出すように警戒してる」
「逃げ出す必要は無かろう。お主の力で全部吹っ飛ばせばよい」
「やだ。そんな事はしたくない」
「カカッ、それでこそツクミじゃ」
とても可愛い子犬っぷりよ、と内心イトは楽しんでいた。
対称的に神は堂々と、自然体で街を観察していた。
だが、あまりに街は淀んでいる。
閉塞的な空気。活力無き人間達。
息苦しそうな
爛れきったこの街に、神がいるなどと誰が言えようか。
「人間ってこんなに元気が無いものなの?」
「理由は、アレじゃろうな」
イトが指差す先、真紅の甲冑が群がっていた。
小さな店に殺到した彼らに、品物を見定める客らしき素振りは見えない。
奴隷相手に接するような、傲慢な顔付きが垣間見えた。
第18騎士団。
この街をロックドア家と共に牛耳る、悪徳騎士団である。
「この店はこんな質の悪いパンに金をとる気かよ」
「クソなパンを俺たちが貰おうとしてやってんだ。ありがたく差し出すのがお前ら貧民の役割だろう」
横暴の縮図がここにあった。
第18騎士団は貴族や有力者の関係者が多く、また戦闘力も非常に優れている。抗えば最悪斬り殺される。
だから店一つ不条理な目に合っていても、誰も助けようとしない。
「おい、いい加減にしてくれ!! アンタらには迷惑してるんだ!! これ以上やられたら店がつぶれちまう!!」
深紅の甲冑の奥で、店の人間と思われる少年が必死に店を守っていた。
後ろに怯える母親と、幼い弟がいる。
だがフラストレーションを溜めた騎士達が、少年へ一方的な暴虐を働くのも時間の問題だった。
——その光景を見て、無意識で握りしめていた少女がいた。
ツクミだった。
「お主、ああいうの黙って見過ごせない性分だの。それが魔族であれ、人であれ」
イトに言われ、ハッと我に返るツクミ。
魔族と人は敵対している。だから人間の少年が不条理に嬲られたところで気にする必要はない筈だ。
厳然たる矛盾があるにも関わらず、ツクミは葛藤していた。
助けたいという心が、露になっていた。
それを為すべきだと、飛び出しそうになっていた。
「でもそうしたら、私魔王だと分かって、みんな戦いに来る。イト様にも迷惑かける」
「お主、我を舐めすぎぞ。その程度、我にとっては不条理ではない」
「イト様……」
「心に従え、ツクミ。それが神官の役割と言ったはずだぞ」
神の一声は、燻っていたツクミを動かすには十分だった。
「だめ!! やめて!!」
少年と騎士の間にツクミが割って入る。
「なんだこいつ!!」
「あなたたちのやってる事は間違ってる!!」
「なんだ、子供が鬱陶しいな」
ツクミを払いのけようと手の甲をぶつけると、フードがはらりと落ちた。
結果、人には有るまじき角が衆目に晒された。
「こいつ、
店のことなど忘れ、途端に身構える第18騎士団。
第18騎士団をどこか災害として睨んでいた外の野次馬すら、ツクミを認めた途端に敵意を丸出しにした。
「おい!! 近くから増援を呼べ!! ここに
ぞろぞろと群がる赤い騎士達。
後ろで怯える店の人達を守りながら、
「騎士には一騎討ちの概念は無いのか。年端もいかぬ娘を袋叩きとは何事だ」
そんな二者の間を、現人神イトが遮る。
「なんだ貴様は――はぐっ!?」
「我は神なるぞ」
先手必勝で殴り飛ばした。
素手で鎧ごと数十メートル吹き飛ばした腕力に、第18騎士団も口をあんぐり開けることしかできない。
「この娘は我が神官だ。故に侮蔑すれば神の鉄槌は免れぬぞ」
「き、貴様、魔王の血族を庇う気か、人類へ反逆する気ブフッ」
「人類? 何度も言わせるな。我は神なるぞ」
また一人吹っ飛んだ。
その軌道を見つめながら、落ちていたパンを豪快に食いちぎる。
「まったく、食物を汚しよってからに。ほれ、代価じゃ」
ポケットに入っていた金貨を、後ろでぽかーんとする少年たちに投げた。
「貨幣の価値はさっぱり分からん……ま、この金貨はきれいだし、たぶん値打ちあるじゃろ」
「いや、あの、こんなに受け取れ――」
少年の言葉が止まぬうちに、騒ぎを聞きつけた第18騎士団が更に群がってきた。
数の優勢で安堵したのか、騎士は顔を綻ばせていた。
「くくく……これだけ数がいればどうしようもあるまい」
「手温い。数を誇りたいなら、せめて
鍛えられた騎士なのは間違いないが、【筋骨龍々】にかかれば受けることは容易だ。
しかし騎士たちのやりたい放題に任せては、周りに被害が及ぶ。
「ツクミ。ここは我に任せよ」
「だめ。私が首を突っ込んだ。だから私が何とかするべき」
一方ツクミはやる気満々だが、あどけない彼女には弱点がある。
力は十分だが、コントロールに難がある。
考えなしに
現人神の神官がイメージ通りの魔王として広がるのは思わしくない。
よって、暫くはイトがコントロールするしかない。
「自分の責任は自分で取る気概や良し」
ツクミの頭を撫でる。
「……っ」
「しかし、時には神の背中を拝むのも神官の役割ぞ」
「そうなの?」
「それに良い機会だ。試したい神術がある」
とん、とイトが跳ぶ。
騎士たちの中心に着地する。
無防備なイトの姿が、逆に騎士たちの警戒心を買う。
「神威解放【
不可思議現象を警戒した騎士達の顔に、次第に笑みが浮かぶ。
中心に神は1人。
取り囲む粗野な騎士は30人。
当然、手にした剣で袋叩きが始まる。
「しゃああ!!」
同時に剣閃が集中する。
逃れる安全地帯など存在しない――筈だった。
しかし、奇妙な態勢を取り全ての剣閃をかわす。
「なっ……」
神に傷一つなし。
それからの集中攻撃も、すべて躱され、すべて往なされた。
何重も連なった刃が一個足りたとて当たらぬ事実に、第18騎士団の顔が曇る。
「こいつ、俺たちの攻撃を全部予測しきってるってのか!?」
「予測? 人や機械と一緒くたにするでない。我のは予知だ」
「予知、だと……」
「お主らの
【
それはイトの神性たる
なにせ時間線の未来にある光景を、先読みしているのだから。
(読めるのはわずか数秒先といったところか。まあ、こやつら相手ならば問題は無かろう)
更なる未来を見通せた禍津神の時代に比べれば格落ちだが、同じく未来を見通せた武神たちに囲まれるよりは全くマシな状況だ。
「飽きた」
振り下ろされた剣の上に立つイト。ぎょっとした騎士を見下ろし、蹴り飛ばす。
それを皮切りに、次から次へと騎士たちが吹き飛ぶ。
見ていた民衆も、鬼神のごとき戦いっぷりに絶句するしかなかった。
そして残るは、騎士達の隊長格である男が一人。
ミーダスの一個下、第18騎士団の副団長のようだ。
「あわよくば神器の試し撃ちもしたかったが……出すまでも無かったか」
「く、くおおおおおおおおおおおおおおお!!」
特攻する騎士に、悪戯小僧のような顔をしたイトが横にずれた。
後ろから、ツクミが現れた。
【線見の明】で、ツクミの意図まで読み取って連携したのだ。
「
「ぐああああああ!!」
紫に瞬く掌が、頑丈な甲冑の中心に一文字を描く。
深紅の破片を撒き散らしながら、副団長は地面に沈んだ。
ちゃんと息はある副団長を見て、イトはツクミを見直す。
「お主、昨日は店を両断したのに、上手く力を制御出来たではないか」
「うん。あまり殺すと、イト様の名が汚れるから」
頭を撫でられ、子犬のように目を輝かせるツクミ。
その一方で、今まさに逃げ出そうとする第18騎士団達。
「神威解放【戒牢】」
しかし、神からは逃げられない。
「うわあっ!?」
「逃げる前にすることがあろう」
「た、助けて、命だけは……なんでもしますから」
「謝罪せよ」
「しゃ、謝罪……?」
「役割を全うする店を妨害したことと、そして粗末にした食物たちに、だ。流石は
「ご、ごめんなさ――」
戒牢の線を引く。
騎士たちが前へ仆れる。
「
「ぶふっ!?」
第18騎士団のうち30人。
人前で、一斉に
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