第10話 禍津神、崇められ始める

 叩きのめされ土下座した第18騎士団を見て、一瞬だけ歓声が上がった。

 しかし、その第18騎士団を倒したのが月魔モノクロームだと知って、直ぐに怯えだす。


(私は、私がすべきことをした。人とか魔族とか、関係なく)


 そう自分に言い聞かせるも、ツクミは困惑していた。 第18騎士団に向けていた以上の敵意が、自分に向けられていたからだ。


(だから後悔は無い、だけど……)


 分かってはいた。

 魔族とは、人間の敵だと。魔王とは、人類の禍だと。

 でも、その敵意にツクミが過敏に反応する訳にはいかない。


 なぜなら、今のツクミは神官だから。

 人も魔族も平等に見守らんとするイトの神官だから。

 初めて心を寄せた神を意識しながら、為すべき事を為す――現人神イトの存在を知らしめる。震える声で。


「みんなを苦しめていた第18騎士団は、現人神イトの眷属であるこのツクミが成敗し――」

「ま、魔王……魔王の種族」

「ひっ……怖い……」


 慄き去っていく背。

 追うことも、最後まで見ることも出来なかった。

 やっと振り絞った声を仕舞い、ツクミが目を伏せる。


「ごめん、イト様。私だとやっぱり、人間の敵だって思われちゃう。私を神官にしてよかったのかな」

「しっかり見よ。人間も一枚岩ではないぞ」

「え?」

「ちゃんとその目で見よ」


 困惑する両肩をがっしり支え、ツクミに人間達をもう一度見つめさせる。

 最初は怯えていたツクミだったが、次第に現実を見据えるようになる。

 そして気づく。


 まだ人間が数人だけ、残っていることに。


「どこか胸が空いて、お主に感謝の気持ちを抱く者もいる。お主が魔王だからどう接すれば良いか分からぬだけで、義を優先する者もおる訳だ」


 何かを言いたそうにしながらも、なかなか踏み込めない人間達がいた。

 でも彼らは確かにツクミを見ていた。魔王候補のツクミではなく、街を脅かす第18騎士団を倒してくれたツクミを見ていた。

 それに気づいたツクミは、こんなお願いを神に上奏する。


「残ってくれた人に、御礼をしたい」

「ほう、助けた側が礼をするか」

「でも、残ってくれたのはうれしかったから」

「……感謝の礼儀は、こうだ」


 頭を踏んづけたり、神威たるイトで強制したりはしない。

 イト自身が、頭を45度下げる模範例をやって見せた。

 それを見て、ツクミも頭を同じく下げる。


 その時、後ろから駆け寄る影があった。


「——あ、あの!! ありがとうございました!!」


 店主の息子である、ツクミと同い年くらいの少年だ。後ろに彼の母親である店主と、小さな弟が感謝したげな眼差しをこちらに向けていた。

 ちゃんと月魔モノクロームに礼を言える人間もいる。

 その事実は、イトにとってもツクミにとっても朗報だった。


「あ、それからこの金貨……」


 少年が差し出したのは、イトが落ちてたパンの拾い食いした時に投げ渡した対価だった。


「いや、人間の習わしでは食事には対価が必要であろう。そのきんはお主らのものよ」

「ちょっと待ってください!! パン数個に、こんなに金貨受け取れませんよ!」


 どうやら金貨では払い過ぎたらしい。

 しかし対価とは余りに神に馴染みのない文化だ。精々三途の川を渡るときの六文銭くらいしか、神も理解していない。

 しかし黄金の社殿ならまだしも、ただの金貨に執着のなかったイトは、ならばと少年に言う。


「なら少年、我が社殿が出来た暁には、それを賽銭に投げるがよい」

「さ、サイセン……? と、とにかく、貴方様の神社とやらが出来たら、必ず馳せ参じます」

「ああ。だがゆめ忘れるな。この店が救われたのは、お主の奮闘があってこそだという事を――お主は勇者ぞ」

「勇者ぞ!」


 決して社交辞令などではない。

 イトは、心の底から褒め称えていた。

 動作や言動を真似していたツクミも、心の底から礼を言われたことに嬉しかった。


 翻ったイトとツクミ背中を見て、兄弟は勇気づけられたという。


「あれは間違いなく神様だ……」


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「貴様らは我らが第18騎士団に弓を引いた! 即ちロックドア領への反逆、ワン王国への反逆、オネスト様への反逆だ!」

「煩い。我は神なるぞ」

「そして私はイト様の神官なるぞ」


 それからも道中、躍起になって集まる第18騎士団とエンカウントした。

 初手で副リーダーが人前で土下座させられた事、ツクミが月魔モノクロームである事が、全兵力を投入するほどに第18騎士団のプライドを刺激したらしい。


 でも、必ず返り討ち土下座になる。


「ぶっ」


 ひれ伏す深紅の甲冑とイトで繋がり、記憶を辿る。

 

「こやつも外れだ。団長であるミーダスが奴隷を大量購入したという記憶は得ておらぬようだ」


 そうなれば、直接ミーダスの屋敷に赴いて、この目で見定める他はあるまい。




 ――そんな風にイトとツクミが征く背中を、月魔モノクロームという第一印象に負けずに見つめていた者たちがいた。


「あの第18騎士団をあっさりと……」

「……本当に、あれは神様なのかもしれねえ」


 救世主を求める瞳の中に、神の存在を認めた将来の信者が何人か混ざっていることに、イトはまだ気づいていない。




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