第11話 禍津神、残忍な団長と対峙する
ミーダスの屋敷にたどり着いた。
ロックドアの屋敷に負けないくらいの広さを誇る屋敷。
当然、第18騎士団の頭数もそれに見合うだけ存在する。
「ここまでくると軍勢じゃの」
ツクミの故郷である魔界が近い故に、第18騎士団には兵数と武具と、多くの権限をワン王国から与えられている。
元々いた貴族の気質も一因としてあるが、いつしか特別扱いは特権階級的意識へとつながり、ロックドア領への横暴につながっていた。
仕舞いには、騎士団長とロックドア領当主が癒着してしまうくらいには、歪んだ地位を承っていた。
当然、一人一人の実力も高い。
剣術を振るえば魔族を瞬時に両断する膂力を持ち。
魔術を振るえば魔族を瞬時に炸裂させる魔力を兼ねる。
加えて、百以上の数。
これなら制圧できると、騎士団は高をくくっていた。
「
——そんな油断と傲慢の全てを、突如極限の緊張が、真っ白に踏み潰した。
「が、が……」
ある騎士は呼吸がまったく出来なくなった。
ある騎士は全身から大量の汗を放出していた。
ある騎士は立っていることさえ儘ならなくなった。
理由は、殺気。
イトが発する空気を震わす程の、殺気。
隣にいたツクミさえ、冷や汗をかいてしまう程の――神の殺気故である。
「我は神なるぞ。頭が高い」
その一言だけで、第18騎士団はイトへ平伏した。
【傀儡】にする神術なんて必要ない。
ただ、神の殺気だけで十分だった。
(なんだあの男は……)
(こいつ、本当に神なのか……!?)
(殺される、この数でも敵わない、やべえ……!)
直立する禍津神から全員が思い浮かべたのは、鎌が首を撫でるイメージ。
逆らえば、ここにいる全員、
……一方、イトとしてもここまで感情が逆立ったのには理由がある。
(この屋敷……少し人には過ぎた匂いがするな。人の領分を超えた何かをしておる)
という感想は、霊魂に干渉できる神としての特性故だ。
今この屋敷は処刑場や拷問場に近い雰囲気が漂っている。
怨嗟や絶望などの、怨霊が酷く渦巻いている。
大量の死が付き物の戦場ですら、簡単にはこうはならない。
「——我が兵よ、下がりなさい」
長髪の青年がバルコニーから見下ろしていた。
柔和な笑みを浮かべているが、纏う雰囲気はまるで神だ。
「お主がミーダスか」
「いかにも。第18騎士団を束ねるミーダスだ。君は?」
「現人神イトだ。随分と高いところにおるな」
「失礼。先程まで、神への祈りをしていたところでね」
「殊勝なことだ」
と言い返しながらも、現人神としての実力を見せても尚、態度を変えない人間に新鮮味を感じる。彼にとっては自分以外の存在に跪く部下たちの存在など、視界にも入っていないようだ。
第18騎士団は慄いた顔でその場から離れた。ミーダスの恐怖統治が伺える。
「ところで隣にいるのは、
声を掛けられたツクミは、睨みで返す。
「あなたが買った魔族はどうしたの。奴隷にしているようには見えないけれど」
と言われると、今度は少し驚いたような顔をして見せるミーダス。
「ほぉ……
「質問に答えて」
「よろしい。その質問には、実物を見せることで答えるとしよう。ついてきなさい」
バルコニーから玄関へ飛び降りる。
そして簡単にイトとツクミに背を見せ、屋敷の中へと入っていくミーダス。
罠だ。誰もがそう感じるところだ。
しかしイトにとっては罠など踏み砕くためにあるようなものだし、ツクミにとっては罠など記憶から抹消されていたので躊躇なく進んでいく。
だが、イトは状況が『魔族がどうなっているかを確認し、ただ第18騎士団団長ミーダスに土下座させればよい』からすっかり変わり果てていた事に気付いていた。
進めば進むほど、無念の腐臭が鼻腔を擽る。
禍津神故に、死後の怨嗟に敏感だからだ。
「のうミーダス。ツクミの質問に答える前に、まず我の質問に答えい」
「いいよ」
オネストを象った壁紙や造形を左右に認識しながら、イトが尋ねる。
「随分とあのオネストに信奉しているようだが」
「私は騎士である前に聖職者だ。第18騎士団はその昔、【
「その割には、随分と冷静ではないか。ここに現人神を自称する輩がおるのだぞ? その腰の剣で斬ってかかってもおかしくなかろう」
「信仰には狂気と理性が必要だ。一々嚙みついては、大事は為せない」
イトは、前を行くミーダスの腰の剣に目をやる。
振り向きざまに斬ることも出来ただろう。実際、現人神の名を出したときは、僅かに剣へと手が伸びかけていたのだから。
それを抑えたのが、理性といったところだろうか。
「聖職者の割には、随分と市民に厳しいようだが? 重税を課し、豪遊しているとも聞くぞ」
「儀式には金が必要なのだよ」
「……騎士団が、パン屋を潰そうとしたことも儀式のため? 魔族を買ったのも、大きな神託と、儀式のため?」
「
「質問に答えて。買った魔族をどうしたの」
「君の仲間はここにいる」
神聖な装飾が施された大きな扉を、ミーダスが開く。
その際、魔術の流れ蠢く魔法陣が組みあがったのが見えた。
鍵のような仕組みだろう。相当厳重にされている。
いつの間にかミーダスはいなくなっていて、暗黒の空間にはイトとツクミ二人きりになっていた。
「……っ」
臭いが、微かにした。物理的な臭いだ。
それ以上に、空気が酷く重くなっていた。
だが尚前に進もうとするツクミを、イトが手で制する。
「ツクミ。ここから出よ」
「どうして」
「これは、お主の心には余る」
もし灯りがついて、実物が見えたら。
魔族の末路が見えてしまったら。
その想像を巡らせるくらいには、イトは人間に近かった。
だが、結局灯りはついた。
それは、部屋の中心にあった。
ツクミは、絶句した。
地獄が、あった。
「——————————————————っ」
まず、床一面には何重にも張り巡らせた血の魔法陣があった。
そして円の下部に、頭が76個分、積まれていた。
でも
「これが、これが、私たち魔族の、結末なの……!?」
結末というより、芸術だった。
首から下の肉体が、まるで粘土細工の如く一体化していた。
そして、76体分の体積を持つそれは、白龍の形を成していた。
さて、ここで答え合わせ。
ミーダスに買われた魔族は、どうなったか?
結論。
奴隷のような堕落など、生温かった。
魔族は皆、この芸術へと昇華させられた。
「ようこそ、神にもっとも近い場所へ」
いつの間にか部屋の中心にいたミーダスは、両腕を広げて言った。
「
白龍。
ああ、この世界に来る前にミンチにした雌犬のペットの事か、と誰にも聞こえない声で現人神は呟いていた。
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