第8話 禍津神、湯浴みする

『聞いたか? ジバール様が奴隷店を潰したらしいぞ?』

『いや、俺が聞いた話ではトイ様が店を粉々にしたらしい』

『しかも月魔モノクロームを連れているのだとか』

『勘弁してくれよ、あの悪徳貴族に魔王の力まで加わったら、ますます逆らいにくくなるじゃないか』

『ただでさえ第18騎士団による弾圧が……おっと静かに、第十八騎士団様のお通りだ』


 ……という外の会話が、神威解放【イト電話】にて屋敷の周りに張り巡らせたイトを通じて聞こえる。

  

「かかかっ、やはりロックドア家は嫌われているようだな。あと第十八騎士団という所もか」


 と高笑いしながらも、イトは気付く。

 現在、ツクミと同じ空間にいる。

 なのに、何故か妙に遠い。


「どうした。そこではイト電話も聞こえにくいだろう。もっと近う寄れ」

「だって今、イト様と私は裸なんだよ」

「裸で当然だろう。ここは湯浴みの場ぞ」

「流石に恥ずかしいよ」

 

 イトとツクミは、同じ湯船に浸かっている。

 豪勢に脚を組んで温水を堪能するイトとは対称的に、全力で脚を閉じてタオルで隠しながらツクミは居たたまれなさそうに目を瞑っていた。


 記憶がない魔王候補ことツクミだが、実際のところはまだ15歳の少女。胸のタオルを外せる様な恥じらいまでは、記憶と一緒に消えなかったようだ。細身ながらも、潤いある曲線美を兼ね備えた裸体を、必死にタオルで隠す。


「イト様は恥ずかしくないの?」

「我が肉体に恥ずべき処など何もなし。見たければ見るがよい」

「すごい、流石神様」

「かかかっ、今頃気づきよってからに」


 一方現人神に男女の別による羞恥心なるものは存在しない。

 タオルを巻くなんて配慮は一切なく、筋肉美に彩られた生まれたままの姿で堂々と湯船につかっていた。


 しかし時間が経つにつれ、タオルで武装しながら徐々にイトへと近づき始める。この辺りは記憶のなさ、そして羞恥心が薄い故の行動である。


「そういえばイト様。聖書はどこなの?」

「経典か? そんなものはない」

「あれ? でも神様って、聖書があるものでしょ?」

「確かにオネスト雌犬の宗教は聖書があるな。先程読んだが、祈りと善行を積み重ねれば神の身許に行くという内容。その類の教えを好む人は多かろう」


 純粋に見つめてくるツクミに答えるように、真剣な眼差しを返す。


「だが覚えておけ、ツクミ。神はな、人も魔族も手ずから救うことは出来ぬ」

「そうなの?」

「そうだ。だからこそ我の教義はただ一つ――

「私の心を見つめ……?」

「お主はこの先、沢山の不条理に出くわす」

「それは、私が魔族だから?」

「違う。人も魔族も関係なく、世には神にも動かせぬ巨岩だらけだ」


 人間だろうと魔族だろうと、貴族だろうと貧民だろうと、騎士だろうと商人だろうと、心がある限り付いて回る闇がある。

 それが、不条理だ。


「やがて不条理の闇に負けた者は、心を見失う。欲の奴隷ペットとなり、容易に獣畜生へと堕ちる」

「それは、神様では助けられないの?」

「ああ。間引く以外には」


 イトは、禍津神として間引いてきた。

 迷い、道を踏み外し、堕ちた者を

 禍津神を崇拝していた【とある一族】も、間引く役目を担っていた。


「……その前に一番星が本当は必要だったのだ。迷ったときに見上げる一番星が。道標となる一番星が。その一番星に、我はなろう」

「だから、イト様の教義は、『』なんだね」

「そうだ。お主はお主の心に従い、魔族を救うが良い。そして迷ったときには我を灯にして、心を改めよ。それが神官として、人や魔族に見せるお主の背中ぞ……それは、百鬼夜行を連ねる魔王としての背中でもある」


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「かーっ、風呂の後はどの世界でも牛の乳に限るわ」

「かーっ、牛乳ってこんなに美味しいんだね」


 ジバールに用意させた牛乳を、二人して腰に手をやりながら飲み干す。

 どこまでも神様の真似をする魔王少女であった。


「イト様。私、やりたいことがある。第18騎士団の団長、ミーダスの奴隷を解放したい」


 袖がゆったりした、和服に似た服(これもジバールに用意させた)を纏ったツクミが口にしたのは、悪名高き騎士団であった。


「ミーダスが多くの魔族奴隷を買っている情報を掴んだの」

「解放した後はどうする。信者でも無い者を、この屋敷で匿う事は出来ぬぞ」


 イトは奴隷という階級を否定する。神のもとに、全ての生命は平等であるべきだからだ。束ねる王は必要にしても、傅く奴隷は信仰が出来ない。

 率先して奴隷解放はしない。そのスタンスは、すでにツクミに伝えている。


「でも今回は事情が違うの」

「どういう事だ?」

「ミーダスは大量の魔族を買った。でも、日頃ミーダスが魔族を引き連れてる様子は見えない。外から見た限り、屋敷にも魔族は見えなかった」


 奴隷をステータスとする貴族は、見えるところに身綺麗な奴隷を従えるはずなのに、と付け加えた。

 ではミーダスに買われた魔族たちはどこへいったのか?

 ……それを確かめようとした矢先、奴隷商人に捕まったらしい。


「奴隷ではなく、何か別の事に使われてるとしたら? 奴隷以下の、もっとひどいことをされていたら? 私はそれを確かめて、必要だったら助けたい」


 神相手に、ツクミは物おじせず対等に向き合う。


「奴隷達をどうするかは、それから考える」

「我は奴隷解放には興味は無い。だが少し我も興味が湧いてきた。第18騎士団とやらの罪を、そのミーダスとやらの罪を暴こうではないか」

「ありがとう、イト様」


 目を逸らしかけたツクミが、うれしそうな面持ちでイトを見上げる。

 いずれにせよ、我も第18騎士団を相手取ることは避けては通れない。

 最高神となる足掛かりの一歩目としても。


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