第29話 禍津神、楽しくなさそうに間引く
「やめろおおお!!」
「死にたくない、痛い、あああああああ!!」
阿鼻叫喚。閻魔でも降臨したかの如き所業。
自らの意志とは関係なく、自らの左胸に刃を減り込ませていく。
立ち込める悲鳴に、今回【天罰】を免れた若手たちも、完全に竦んでその場から動けない。
「殺してくれ、もう殺してくれ……」
「そう急くでない。死とは天命の授かりものよ。お主らの気分次第で早くも遅くもなるなど傲慢ぞ」
悲鳴の中心で、恐怖の権化たる禍津神はいつもの調子で話す。
そして
ゆっくり。
ゆっくり。
ゆっくり。ゆっくり。
ゆっくり。ゆっくり。ゆっくり――刃が心臓へ沈むこむ。
【傀儡】の
顔は忍び寄る絶対的な死への恐怖心と、刺突の激痛に歪む。
心は刃が心臓へ到達しつつあるということを自覚する。
一分も経つと、いっそ直ぐに殺してくれという声も上がった。
だが、テーブルの真ん中で胡坐をかき、頬杖をつくイトには見守るだけ。
二分も経つと、イトがこんな独り言をつぶやく。
「とはいえ、我も知識に制約がある身。とくにパズスの経緯には不足している部分が多い。我の知らぬ情報を話してくれる者がおると、助かるのだが」
それを聞いて、「はっ」と縛られた【
救いの光を見たように、表情が変わる。
「そ、それを話せば助けていただけると」
「ふむ。取引という訳か。よかろう」
「は、話します!! 話します!!」
我先にと口々に話すので聞き取りにくかったが、要約するとこんな感じだ。
パズスの狙いは、ロックドアの領民に恐怖を思い出させることと、イトへの信仰心を削ぐこと。その為にエミシとロックドア中心街の二方面に、同時に【天罰】を降させたらしい。
エミシへの見せしめに神を奪うための攻撃はどうやら既に行われたあとらしい。伝聞のみだが、勇者の力の前では流石にステラも立ち行けないだろう。
マナは、もう滅びた後だろう。
(散々仲良くしたツクミに何と言えばよいか……)
せめてもう少し滞留していたら……とは思ったが、そうすれば中心街でもっと被害が広がっていた。
(日本の高校生が、ここまで暴力的になるとはな。異世界転生を経験した人の心は中々読めぬ。しかし……三人か?)
3人の勇者。
確かにイトと一緒に転移した高校生は4人いたはずだ。
実際、今日まで4人の勇者と言われていたのに、だ。
3人の容姿を聞いた結果、そのいずれにも該当しなかった仲間外れの少女を思い起こす。
その少女は、小学生のような短背矮躯だった。
身に着けていた制服が他三人と違ったのは、彼女だけ初等部や中等部だったのか、あるいは他三人とは
あとは、黒のおかっぱで眼鏡をかけた地味な風貌に、その身に合わないギターケースを背負っていたのが特徴だった。
話を聞く限り、減った1人というのはその【ギターケースの少女】で間違いないだろう。
(まあ良い。それについては後回しだ)
【
ならばとパズスについての記憶を引き出す。
パズスと【
つまり、この残酷な絵図を描いたパズスは、いつでもロックドアに入領できる位置にいる。
入ってこないのは『ゴミ掃除をして奇麗になってから、ロックドアに帰りたい』とい意志の現れだろう。
(そして、案外慎重派ぞ。この【
記憶のパズス像を見る限り、警戒心も相当強い。
【傀儡】で操った【
だが、今回【
パズスも、次は三人の勇者達か、自ら精鋭を率いて攻めざるを得ないだろう。
その時に一網打尽にするしかない。
「しかし……ただ恐怖を与える為だけに、住民を蹂躙する、か。そのような所業、神でも中々やらんのだがな。我のような禍津神でもない限り」
「……あ、あの」
「最後に聞こう。お主ら、楽しかったか?」
「え?」
楽しんでいるような薄ら笑みを浮かべながら、イトは続ける。
「奈落で藻掻く人間の最期を見るのは、楽しかったか? 我は、スサノオのような神との闘いこそは楽しんだ。オネストとの闘いも楽しい。だが、どうしても人を一方的に間引くのは楽しいとは思えなかったぞ?」
「いや、そ、それは、楽しんでなど……我々も仕方なく」
途端、全てを凍てつかす真顔へ変貌し、【
「ひ、い、いえ、楽しんでました」
「全部知っておったわ。お主らに話してもらうまでもなく」
理解できない、と言った顔を前にして、【傀儡】の
「そもそも言葉で聞かずとも、この【傀儡】でお主らの記憶は読み取っておったからの。では、あと一分。自分の死に際をゆるりと楽しむがよい」
「いや、と、止めてくれるって」
「うむ。我の知らぬ情報を話せば、と言うたぞ?」
時計の針は止まらない。
あと一分で、心臓に辿り着く。
微かな希望の糸が千切れた。
途端、一気に死への恐怖と焦燥が、咎人達の怒号を吐き出させた。
「があああああああ!! この鬼!! 悪魔!!」
「かか、我は元禍津神ぞ。鬼も悪魔も我の従属よ。だが貴様らのような鬼畜は従属にも要らぬ」
「死にたくない!! 死にたくない!!」
「最後には命乞いか。しかしお主ら、命乞いを聞き届けたか?」
「……え」
「主らが玩具にしたあの者らの声は、母に助けを求めるあどけなき魔族の少女の声を、お主らは聞き届けたか?」
閻魔のような、全ての罪を見定める目つきで。
死神のような、骸骨を連想させる顔つきで。
禍津神のような、闇を連想させるような雰囲気で。
もう間もなく死にゆく者達へ、手を伸ばす。
「その剣が、貴様らの業と知れ」
「いや、し、死にたく――」
そして、心臓に到達した。
同時、手を握りしめた。
「雌犬に祈れ」
ざん、ざん、ざん――と小気味よいテンポだった。
【
散々人間や魔族の最期を吸ってきた刃が、最後には持ち主の心臓を吸った。
二十もの、血の噴水。
あらかじめ張っていた結界に遮られ、赤い液体は一滴たりとてイトにかかる事は無かった。
絶望の表情。
血の惨劇たる天井や壁。
そして赤いテーブルクロス。
その中心で身綺麗なまま、生き残った若い聖職者達を睨む。
その中には、気絶した者もいた。泡を吹いた者もいた。失禁した者もいた。
あまりの恐怖に、髪が真っ白になった者もいた。
「この後、何をすればよいか分かるな?」
という問いかけに、最早彼らは頷くことしかできない。
この後、生き残った【
同じ夜、エミシの惨状がイト達に伝わった。
マナは消滅。
アマスは意識不明の重体。
ステラも重傷を負ったとのことだった。
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