日本史上最悪の禍津神、異世界の無能貴族へ堕とされる。仕方ないので現人神として無双してたら信者達に崇められてます

かずなし のなめ@「AI転生」2巻発売中

第1話 禍津神、異世界へ転生する

 【イト】という禍津神マガツガミがあった。


 ただし、古事記をはじめとした日本の古書に、その名はない。

 2000年間、神さえも軽々しくイトの名を口にすることを憚ったからだ。

 数多の神を間引いた、最凶最悪の禍津神のことなんて。


「……我は、ここで朽ちるか」


 そして2000年後。時は令和。

 神が薄れて久しい、機械の時代。

 嫌われ神のイトは、ついに敗れた。


 日本最高峰の五体の神と、付き従う八百万の神に、一人で戦いを挑んだ果てに。

 

「スサノオの一撃が利いた。アマテラスの灼熱も厄介だった。ツクヨミに我が力を喰われたのも大きい。しかしイザナギめ、まさか黄泉からイザナミの呪いまで持ち出すとは」


 神の住まう高天原から、神の失せた東京に落ちていく。

 遠くなる太陽に、追撃の武神達の影が、百万体ほどが見える。


「絶景だな。我を怖れ過ぎではないか? 腐っても貴様らも神だろうに」


 しかし地上へ堕ちることにも、自らの消滅にもイトは無頓着だった。

 やるだけやった。そんな満足が、禍津神の顔には滲み出ていた。


「最後に善いことして幕引きとするか」


 落下地点では、トラックに高校生四人が轢かれそうになっている。

 このままではあの若い人間たちは助からないだろう。

 残滓しか残らぬイトだが、あの四人の運命を変えることくらいなら出来そうだ。


「お!?」


 しかし、良いことも幕引きにもならなかった。

 高校生たちが消えたからだ。そしてイトも消えたからだ。

 けれど、それは神にとっての死ではない。本当に、手品のように消えた。


「なぬ!? 消えた!?」

「消滅ではない……逃げられた、だと!?」


 今まさに介錯しようとしていた武神達のどよめきが、異常さを掻き立てる。


「百万体の神に囲まれていたのだぞ!? そんな事があるわけがない」

「探せ!! 2000年の悲願だぞ!! かの禍津神を仕留めるのだ!!」

「日本に安寧を!! 禍津神に滅びを!!」


 東京の隙間へ散っていく武神たちの真上で、禍津神の失せた日本を見下ろす神がいた。名を須佐之男命スサノオノミコトと呼ぶ。

 スサノオは言う。


「ここで動くか。常世の国め」


 常世の国——それは人の言葉で解釈するなら、【】である。


=======================


「しくじったわね……一人想定外がいるわ。勇者の資格を持つ素質は、この四人しかないというのに」


 宝箱を開けたらゴミが紛れ込んでたみたいな顔で、女神は溜息をついた。

 一方、高校生四人は事態が分からずキョロキョロと、雲の上のような聖域を見渡している。

 無理もない。神であるイトでさえ、説明なしでは理解しかねる。


(間違いなく日本ではないな。高天原でもない。異国の宗教とも違うな。あのような神は知らんし……さては異世界常世の国か)


 遠くで思案していると、女神が高校生たちへ説明を始める。

 イトは眼中にないようだが。


「私はワン王国の主神、オネストです。四人の少年少女たち。貴方達は勇者として魔王討伐のため、召喚されたのです」

 

 女神オネストの説明で、この異世界の事がよくわかってきた。


 まず、異世界の文明について。丸っきり中世から近代の西洋だ。

 地球の人類と異なる点は、人に魔力が備わっている事。

 魔力を源にして放つ魔術は、生活必需品らしい。


(魔術? 陰陽道ではないのか?)


 世界の構成。ワン王国を始めとした、三大国が覇権を握っている。

 それぞれに主神が鎮座している。ワン王国はそのうちの一つだ。

 主神以外にも従神が数多いるが、オネストを始めとした【三柱】によって支配されている。


(3ヶ国だけ? 地球でも200近く異国があるというのに)


 例外は魔界だ。人とは異なる魔族が跋扈する空白地帯に、神はいない。

 統べる魔王は秩序を乱す怪物だ。軍を差し向けても勝ち目はない。故に高校生たち四人は、魔王を討つ勇者として召喚された。

 

(あの女神、)


 イトは、女神の言うことを信用していない。魔王について話す時だけ、妙な嘘の気配がある。

 それが女神への不信感を増幅させる。

 ――と思っていたら、オネストから光があった直後、人知を超えた摩訶不思議なエネルギーが高校生たちに宿った。


(これは驚きを禁じ得ない。神にも近い力を得おった)


 勇者もとい高校生四人は、光に包まれて消失した。オネストの力で転移したのだろう。

 これで雲の上には二人きり。女神の美貌から一転、煩わしさを隠そうともしないオネストが近づいてくる。


「えー、あー……大変言いにくい事ではあるのですが、ハッキリ言って貴方は呼んでません」

「呼んでないとはどういう事だ?」

「私が神術を発動したタイミングで、貴方が範囲に入ってくるから」


 こちらのせいにされた。

 いっそ神らしい傲慢が垣間見える。


「神にも礼儀は在る。杜撰な手違いなら謝るべきぞ」

「ハァ?」


 ものすごく嫌な顔をされた。意味不明とばかりに、深いとばかりに折角の美貌が崩れた。


「何故神が謝罪せねばならんのです? 相手に。寧ろ導かれたと、信仰心を抱くところではありませんの?」


 人間と間違われている。

 それ以前に、一般人が何億人巻き込まれていたとしても、きっと彼女は罪悪感を抱くことはないのだろう。


 成程、この傲慢さは確かに神だ。

 ということは、

 イトは形相が変わるほど頬肉を吊り上げた。

 


「ま、いいや。適当に私の力を分けて差し上げますわ。多少はが強化されるはず。神の計らいに感謝なさい」

「いや、要らん」

「へ?」

「我にはがあるからな――神威解放【戒牢いましめ】」

「いぎっ!?」


 突如硬直したオネストが、地に転ぶ。

 必死に抵抗するも、見えざる糸に雁字搦めにされたかの如く、立ち上がることさえ女神にはままならない。


に干渉している……!? 人間ごときが、何故神の力を持ってるの……!?」

「二つ教えてやろう、常世の国異世界とやらの女神よ。我はイト。日本では、やれ禍津神と怖れられていた」

「ま、禍津神……!?」

「そしてもう一つは――」


 困惑と混乱に満ちたまま転がるオネストを、恍惚の境地で見下ろす。



「――日本流の謝り方土下座の仕方は、だ!!」


 そして、桃色の後頭部を、素足で踏み潰す!!



「ひぃん!?」


 結果、オネストは土下座の格好になった。

 大きなお尻は突き出され、潰れて広がった巨乳がはみ出している。


「い、いやあ!! この女神オネストになんという仕打ちを……!! け、汚らわしい!! その足をどかしなさい……」

「汚らわしい? 我は神なるぞ。この清き身に疚しい汚れなど一片もないわ」

「この力……この神術……ほんとうに、禍津神が紛れ込んだというの……!?」


 ぐりぐり、と素足で女神を更に踏みしだく。

 イトの足裏、そして【戒牢いましめ】から解放されようと藻掻くオネスト。

 しかし結果四つん這いになってしまい、段々犬のようになってしまう。


「ほう、壮観じゃないか。さすがは女神。礼儀を仕込んだ甲斐があるというものだ。次は犬の散歩でも仕込むとするか?」

「くう……こんな格好、屈辱……」

「さあ女神よ。詫びにワン王国主神の座を譲れ。今日からこのイトが主神。お前は従神ペットだ。永遠に我が首輪に繋がれワンワン吠えるがよい」



 日本の禍津神が、異世界に来た結果。

 もうなのにも関わらず、異世界の女神をペットにしてしまいそうになっていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る