第46話 禍津神、2000年間の日本から続く系譜
「俺たちが殺し合うのなんて普通だもんな?」
「まあ、下手すれば一年ずっと戦って決着がつかなかったこともあったのう」
「懐かしいな。明治が始まった頃か」
山だったものの平地に、スサノオが日本から持ってきた日本酒と、イトが異世界で作った日本酒が置かれていた。
雲が吹き飛んで満天の星空。
それを挟んで飲み合う神二人に、片隅に居たジバールとステラは唖然としていた。
燃え上がる焚火には、蛙やバッタや蛇などが串刺しになっていた。
それらを酒の肴に平然と食べる神が二柱。
「で? お主はいつまでおるつもりだ?」
「明朝が限界だ。異世界に自力で顕現するというのは、かなり体力使っちまうんだよ。俺は古事記に名を連ねちゃってるから、どうしても日本に引っ張られちゃうんだなぁ」
「確かにな。お主からは、前に戦った時ほどの迫力が欠けておった」
「それは貴様にも言えるぜイト。明治以前のお前を知る俺達からすりゃ、今のお前はカカシ以下だ」
「あ!?」
「やんのかこのヤロー!?」
「お主今からこの山に埋めてやろうか!?」
「おーやってみろ!! この星の裏側にまで沈めてやるぞ!?」
互いに日本酒の瓶を握りながら憤慨して地団太を踏む。
完全に酔っ払い同士の喧嘩である。ただし数秒後には街一つ吹き飛ばすくらいのスケールで喧嘩を始めかねない。はた迷惑にもほどがある。
結局喧嘩には発展せず、不貞腐れた様子でジバールに絡みに行く。「先程から何を縮こまっておる! お主もいい加減飲め、パズスへ切った啖呵を思い返せば余裕だろう?」と萎縮する肩に手を回す様は完全に酔っ払いである。しかも全裸だから余計に質が悪い。
生まれたままの姿に、ステラは顔を真っ赤にして視線を逸らすことしか出来ない。そんなステラにも酒を進めようとする様は完全に犯罪である。一応二人とも甘酒で許したが。
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そんなどんちゃん騒ぎを見て小さく笑うスサノオに、横から声がかかる。
「スサノオ様」
甘酒をちびちび飲むツクミだった。
「おお、ツクヨミ」
「いやツクミ」
「呼び方はスサノオで良い。お前はイトのところの神官だろう?」
「うん」
「まだ歴が浅いようだな。自分以外の神にへりくだる事は、仕える神への神威を損ねることになる。以後気を付けろよ」
「う、うん」
「だが……良い神官だな。魔族というのが何かは知らんが、イトにあんな顔をさせるとはな……」
焚火が照らすは、どこか満足げなスサノオの横顔。
友の復活を見て、直接は言わずとも内心では称えていたような笑みを浮かべていた。
「スサノオは知ってるの? 朱皇院と、イト様のこれまでのこと」
「朱皇院を知っているのか」
小さく驚いたスサノオへ、事情を話す。
次第に考え込む顔になったスサノオ。
「朱皇院から話そう。奴らは人から見れば褒められたものでもないし、神からさえ恐れられていたさ。しかし鬼火姫たちは確実に必要な黒子だった……ちゃんと矜持と教義を以て、悪人を間引いてきた——幕末という時代までは」
声の色が僅かに暗くなり、ツクミの意識が集中する。
戊辰戦争。新明治政府と旧徳川幕府の歴史をツクミに教えてから、朱皇院凋落の歴史を
「朱皇院は旧幕府軍として参戦した。近代兵器には敵わず、鬼火姫も、その候補も殆どが悉く討ち取られた」
「それで、どうなったの?」
「辛うじて朱皇院は残った。だが新政府に事実上動きを制限されてしまった。禍津神の教義通りの間引きよりも、新政府に都合のよい
スサノオの問いは、イトの話へと繋がった。
朱皇院は信者が軒並み死んだ。
残りの朱皇院も政府の言いなりになる。
イトの教義を果たせない。
「……イト様は、弱っちゃう」
子供のようにジバールやステラとはしゃぐイトが、どこか無理しているようにも見えてしまった。
それはツクミだけでなく、スサノオもそうだった。
「さっき、俺は奴に言った。『明治以前のお前を知る俺達からすりゃ、今のお前はカカシ以下だ』……あれは冗談なんかじゃねえ。本来、俺が敵うような奴じゃねえんだよ、イトは」
「そうだったの?」
「奴の本来の神威【仆】には、無限の強さなど無意味だった。幾ら強くなろうが意味がない。すべてをゼロにしてしまうからな」
忌々しくも、憧憬の残滓がスサノオの目にはあった。
「2000年間、イトは神にとっても手の届かぬ存在だった。禍津神とはそういう赤い一番星だ。調和の為、摂理の為、そして日本の為『神とて悪いことをしたら間引かれる』と戒めるための存在として参ったんだから、まあ当然だわな。アレと同じ土俵に立てたのは、黄泉に居るイザナミ……俺の母上くらいだ」
「イト様、でもきっと間引きたくなかったと思う」
「ははっ。そんな異常な人間も神も、揃ってイトに仆されるからな。少なくとも日本の神には、軒並み残ってねえよ。滅ぼすのが好きな神なんて」
まるで隣で爆ぜる火の粉が、仆された神々の残り火のように見えた。
眠りに落ちそうな暗闇を、蛍のように照らす。
みんなと一緒にいる、イトを。
「一人きりの一番星。誰からも語ってもらえない【語らずの神】。奴は、常に孤独だった。話してみれば、こんな風に楽しい喧嘩が出来るってのにな。時折人里におりては、妖や人間と話すような寂しがりやだってのにな」
火の粉の角度のせいだろうか。
朱色の神御衣を纏った【禍津神】だった頃の如く見えたのは。
「きっと昔からイトは、心のどこかで分かってたんだ。『何を思うや。忘れよ、罪人は
「——お主の心を見つめ、為すべきことを為せ」
現人神としての教義を、自分の言葉として綴るツクミ。
「内面を見つめる。そのやり方が正しいって、イト様は思ったんだね」
「きっとな。だからその教義は、この異世界に来て思いついたものなんかじゃない。2000年間の歴史がちゃんと繋がってたんだ。だからな、ツクミ。お前は日本が歩んだ2000年の先にも立っていると思え。すべて縁ってのは、世界を超えてそうやって繋がってくもんだ」
それを聞いて、ツクミには何だか見えないところから線が繋がっているように見えた。
日本という異世界から、見えない境界を超えて繋がっているような気がした。
まだ見ぬ、日本の人々と繋がっているような気がした。
それは
「……昭和にも一個大きな戦争が起きてな。その時も朱皇院は相当死んだ。一族がやっていけなくなるくらいには。それでイトはついに存在が危うくなり、朱皇院一つ見守ることさえ出来なくなった。結果、【無縁仏】なんて禁術を発動させてしまった……朱皇院自体が、間引かれるくらいに歪んだのかもしれねえ」
きっとその
しかし彼女はこの焚火以上に猛る憤怒を持っておきながら、その闇を晴らせずにいる。
「その先頭で今走ってる乃沙って子は、きっと闇の中にいる。何も見えないから、
「うん。そうだと思う。じゃあ、私が繋ぐ。あの子の内面に」
日本酒を口にしながら、ツクミの真っすぐな目をみて、スサノオが微笑む。
そして掌を翳し、何やら力を与えたのだった。
「……何をしたの?」
「その時がくれば分かる。俺の力を与えておいた」
スサノオの力が与えられた自覚は無い。
だが嘘をつくような神でない事は、このやりとりでよくわかった。
「だがそれを差し引いても、お前はまだ経験が浅い。魔王だか
「……」
「イトをよろしく頼む。まあ、また殺しにくるがな」
そう言い終えると、前からイトがガスガス、と大股で歩いてきた。かなり憤慨している。
「おいスサノオ!! 今お主何をやった!? 我の神官に垢つけよったな!?」
「喋り方と一緒で相変わらず価値観古いなイトは……いいか、今日本は多様性の時代だ。VUCAとか分かるか?」
「ぶーかだが、
「なんだとコノヤロー!! やっぱてめえはここでぶっ殺す!!」
そうしてまだ神の喧嘩は再開し、山二つほど地図から消したところで朝日が昇り、エミシ産の日本酒をもってスサノオは日本へと帰っていった。
全身血塗れで腕組をしながら、スサノオが消えた朝日を眺めるイトは、ツクミに「かかっ」と笑う。
「スサノオは、そう簡単には認めぬ神だ」
「……!」
「お主は本当に素質がある。良き神官ぞ」
「私イト様の
ツクミも宣言したその裏側では、ジバールが完全に冷や汗をかいていた。
「やっぱここ……スリード共和国の境界線……へんな揉め方しなきゃいいけど……いや、するんだろうな……」
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日本史上最悪の禍津神、異世界の無能貴族へ堕とされる。仕方ないので現人神として無双してたら信者達に崇められてます かずなし のなめ@「AI転生」2巻発売中 @nonumbernoname0
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