第45話 禍津神、全力を出す

「やーい、神話最古の神殺しー。お主の母親、黄泉のぬしー。今日本は男の娘が空前の流行ぞ!? さっさとコミケとやらに行って女装姿でも晒してこい」

「やーい、医者の不養生、紺屋の白袴、神話型の神話載らずー。というか貴様少女趣味だったのか!! かような美少女と湯船で同衾とは令和では御法度ぞ?」


 イトはイトで屋根を叩きながら煽っていた。

 スサノオは剣を何度も鳴らして煽っていた。

 その辺の初等部でも出来そうな低レベルな煽り合いである。


「よろしい。なれば戦しかねえな。あっちに邪魔の入らなさそうな山を見繕っておいた!!」

「良かろう。そこがお主の霊廟だ」


 今にも全裸で駆けだしそうなイトをツクミが腕を掴んで止める。

 ただし、聖人君子として殺し合いをさせないためではない。

 神官として、素のイトに着いていきたいが為だ。


「お願い、私も連れてって」


 懇願するツクミを、物珍しそうな眼でスサノオが観察する。


「お前角や羽が生えてんのか。常世の国異世界には、鬼の類が人間と共生しているんだな。はーっ、ぱっと見この世界の人間達はが違うとは思うたが……」

「私はツクミ。魔族で、イト様の神官」

「ツクミ?」

「いやツクミだけど」

「ツクミよ。ここから先は神々の殺し合いぞ。余波で人など簡単に吹き飛ぶ」


 警告のつもりだろうか。優しさのつもりだろうか。

 イトは何かと試すところがある。

 それは最初に会った時も、そうだった。


「イト様、私は吹き飛ばないよ。神官だもん」

「かかっ……スサノオよ、済まぬが物見がいても良いか」


 イトの肩を抱きよせながら、スサノオを見上げる


「はっ。貴様の無様な姿を見られぬとよいがな。いいだろうツクヨミ。その勇気を称え、俺達の戦いを特等席で見せてやる」

「だからツクミだけど」

「お主だけではない。

「のわっ!?」


 イトがどこかに繋がっていた線を引っ張ると、隠れていたジバールとステラが飛び出してくる。

 直ぐにジバールが顔を上げ、月を背景にするスサノオを怪訝そうに見上げた。


「な、なんすかイト様、そのスサノオという神は」

「ん? 我の敵じゃ。日本から追いかけてきよった。問答無用で間引き対象ぞ」

「と、というか前、前隠してよ!!!」

「かかっ。ステラ、お主純情じゃのう。見たことないのか?」

「子供のころに父さんのなら見たことあるわよっ!!」

「まあ良い。お主らも来い——神威解放【蜘蛛の糸】」


 返事を聞く間もなく、格子状になったイトにジバールとステラが絡めとられる。

 ツクミだけぴょん、と跳んでイトにしがみ付く。

 すると、「振り落とされるなよ」という言葉で、ツクミは命一杯抱き着いた。


「こっちだ!! 来い、イトおおおおお!!」

「応じよう!! 戦え、スサノオおおおおおおお!!」


 イト、全力疾走開始。

 音さえ置き去りにする、豪快な疾駆。

 一陣の疾風となって、ロックドアの街を脱した。


「ひあああああああああああああああああ……!!」


 情けないジバールの悲鳴が、真っ裸のイトと空を駆けるスサノオを両方を、人目に晒させたのは言うまでもない。



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 戦いは、最初から佳境を迎えていた。


「神威解放【神薙かむなぎ】」


 山が斬れた。

 イトが用意した無数の結界が、障子紙のように簡単に千切れた。

 スサノオが駆る神器【草薙の剣】は、文字通りすべてを両断する最強の鉾である。


「神威解放【銀河鉄道】」

 

 山が爆ぜた。

 星同士を幾何学的に結び合わせた星座の如く、夜空に無数の線路イトが敷かれた。

 それらを辿り、異次元の速度を得たイトがスサノオの肉体を押し潰す。


「が……ぐっ……」

「こ、この……!!」


 両雄の必殺技が炸裂し合う。

 遠くの山に叩きつけられるイトとスサノオ。

 イトは腕が半分千切れていて、スサノオは胴体が燃え上がっている。


「かかっ……やはりお主との闘いは祭りの様ぞ、神とはこうでなくてはな」

「全くだ。貴様のいない日本は、やはり味気なかった……!!」


 最早どちらの神も、隣り合わせの消滅になど見向きもしない。

 ただ、目前の戦いを、楽しみたい。

 崩壊しかかった体で、山の向こう側にいる敵をただ想う。


「砕けよスサノオおおおおおおお!!」

「死ねイトおおおおおおおおお!!」


 両側の山から、中心の山へ同時に突進。

 互いの拳が山を貫く。

 そして互いに中心で衝突——また吹き飛ぶ。

 噴火の如く、山そのものの上半分も弾け飛ぶ。


「かーっ、かっかっかっかっかっ……!!」


 次元さえ歪みそうな全力同士の衝突の度、夜の雲に罅が入る。


「く、雲が……天が割れた……」

「山が、潰れていく……!!」


 世界が壊れそうな、規格外な神々の戯れ。

 それを麓から見ていたツクミ達三人は、結界の中でただ茫然と見つめていた。


 ジバールを懲らしめた邂逅戦は全力ではなかった。

 ステラを窘めたエミシでの戦いは本気ではなかった。

 ツクミを受け止めた地下室での戦いは全霊ではなかった。

 かのオネスト達を翻弄した時でさえ、遊びに過ぎなかった。

 真剣に、遊んでいただけだった。


 加えて、イトは全盛期からは程遠い。

 何せロックドアの人間が信仰を始めて、まだ一ヶ月しか経過していない――そんな頼りない信仰なのに、この強さだ。

 地形さえ変えてしまう神々の不条理に、一人だけ目を煌めかせている少女がいた。


「イト様……全力を出してる……! 楽しそう……!」



 そして、標高1500mはあった山は、跡形もなくなった。

 平地に等しい山の残骸を見て、ジバールが「あ」と思い出す。


「この山ってそういえば……ワン王国とスリード共和国の境界線じゃ……」



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「えぇ……なんで……?」


 ステラの絶句は当然である。


「さっきまで地形変わるほど殺し合ってたのに……」


 平べったくなった戦場の上で、死ぬほどボロボロになったイトとスサノオは日本酒を飲みかわし始めたからだ。



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