第42話 ピクト来襲! (バーギュ視点)

 まさかあのピクトという流民の男が屋敷に乗り込んでくるとは。

 しかも奴を連れてきたのがあのウィーバー商会の新頭取だとはな……!

 奴め、一体どこでそのようなコネクションを得たというのだ!?


 王都で幅を利かせ、この地の開発計画でも資材提供に一役噛んでいるウィーバー商会。奴らを蔑ろにすれば私の立場も危うい。

 そうでなければ流民を町に入れること自体がおこがましいというのに!


「いやぁ~ドーモドーモお久しぶりですねぇ! 二週間ぶりくらいですかぁ?」


 今、あろうことか奴が堂々と足を組んで椅子に座っておる!

 応接間に迎え入れてやったことに感謝するどころか、図々しい限りだ!


 新頭取のシャナク殿がいなければ今すぐにでも首を刎ねてやったところだぞ!


「おおっと、そんな睨まないでくださいよぉ! 俺はね、別に追放されたことを責めに来た訳じゃないですし、恨んでいる訳でもないんですからぁ」


「フン、どうだかな」


 やはり流民は礼儀もなっておらん。

 まだ先日のプレゼンの時の方がマシであったわ。


 ……まぁいい、処断は奴の目的を把握してからで良いだろう。

 何かがあろうものならば、腰に下げたこの剣で即刻切り裂いてくれる。


「そう警戒ならさず、どうかバーギュ様もお座りになってください」


「わかった、そうさせてもらおう」


 ひとまずは話だけでも聞いてやろうと決め、対面の椅子に腰を掛ける。

 だが途端にあのピクトのニヤついた顔が目に入った。癪に障る顔付きだ。


「そういえば領主様、取り上げた俺たちの土地での商売は如何ですかねぇ?」  


「フン、どうせシャナク殿に聞いているのだろう?」


「あはは、さすが鋭い!」


「なんだ貴様、あの地を有効活用できていない私を馬鹿にしに来たのか?」


「いえいえ、滅相もございません。なにせ失敗することは最初から知っていましたからねぇ~」


「……なにィ?」


 コイツ……ッ!

 やはりあの地に何かしおったか!?


「俺はあの時、確かに言ったはずですよバーギュ様。『彼らは流民と片付けるには惜しい人材です』とね」

 

「ぬ……!」


 コイツ、途端に目つきが変わりおった!?

 な、なんなのだ、この自信に満ち溢れた眼差しは……!?


「思い知ったのではないですか? たかが流民と侮って追放した結果、自分たちでは何もできないと知った。その無力さと愚かさを」


「それは貴様が仕組んだことであろう!?」


「いやいや、そんなことはありませんよ。彼らがあの場に居続けられればこんなことにはならなかった。そう仕向けたあなたに責任があるんですよ」


「何をぉ……!」


 貴様もか! 貴様もあの連絡役と同じことを!

 流民如きが私の非を糾弾するなどとは生意気な!


「彼らは流民制度にも負けずに生きようと必死だった。それを『たかが流民』と一言で否定したのはあなたですよバーギュ・オムレス侯爵様。その事実はあなたが如何に咆えようが決して覆らない」


 怒りで頭の血管が切れてしまいそうだ!

 扉の方を向けば、兵の奴もまるで聞き入るようにピクトに視線を向けておる!

 何もかもが気に入らぬ!


「――ですがさっきも言った通り、俺はあなたを責め立てるつもりで来た訳じゃない。むしろその失敗の尻ぬぐいをして差し上げようと思った次第ですよ」


「な、なにぃ……!?」


 コイツ、何を言っている!? 私の尻ぬぐいだと!? 

 貴様は一体どこまで知っているというのだ!?

 さっきからコイツの意図がまったく読めぬ!


「幸い、あなたは王国に認められてこの領地を治めている領主だ。つまりこの地における最終決定権は全てあなたにあり、その決定には町全体が従わなければならない」


「そ、その通りだ! だから貴様に死刑を言い渡せば――」

「だからこそ!」

「――ッ!?」


「……だからこそあなたには下すことが出来る筈だ。無償で流民を市民にすることも」


「「「なッ!?」」」


 ば、馬鹿な……無償で流民を市民にする、だと!?

 なに世迷い事を言っているのだ!? シャナク殿までが驚いているではないか!

 そのような愚かなことをしては制度を決めた国王陛下に目を付けられかねんぞ!?


「そんなことが出来る訳あるまい! 流民制度は国王陛下がお決めになったこと! その制度にもない采配を下せば王命に逸するも同然であろう!!!」


「本当にそうですか?」


「何ッ!?」


「流民というのはいわば非管理団体だ。つまり誰が流民なのかを一切把握していない」


「ぬう……!?」


「つまり、仮にそんな人物にこの地特有の権利を与えても王国は把握出来ない。そうでしょう?」


「そ、それは……」


「違うと仰るのなら俺の正体を当ててみてください。まぁわかる訳も無いんですがね」


「ぐうっ!」


 そうだ、コイツはそもそもいったい何者なのだ!?

 流民制度を根幹から否定しようとしてくる貴様は、何がしたいというのだ!


 ――そう思い至った時、私の右拳が熱くなったのを感じた。

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