第12話 ギネスたち流民の実体
結局、ギネスが見せた嫌悪感について聞くことはできなかった。
あまりにも怖い剣幕だったもので、つい顔を逸らしてしまったのがいけなかった。
そんな訳で特に会話を挟むことになく流民区の中を案内してもらったのだが。
「ここが共同食堂よン。以上」
「もう終わり!? 早いな!?」
訪れたのは集落の中央にある木張りの大きなボロ屋だ。
今も人が行き来していて、中を覗き込めば大勢の食事をする様子が拝めた。
とはいえ食べられているのは薄そうなスープとパン一切れ。
スープには根菜が細かく刻まれて少しだけ入っている程度だ。
そこにパンを付けて食べるといった食事様式らしい。
「食事は配給制なんだな」
「ええそうよ。ここじゃ食料も乏しいから皆で分けるしかないの。時々魔物を倒してその肉を分けたりもするけど、奴らも強いし意外に賢いからそう簡単にはいかないわね」
「その魔物狩りも正規市民どもに制限されてるしな」
眺めながらそんな話をしていると、食事をしていた男が突然会話に混じってくる。
顔をよく見てみたら、昨日ギネスと話をしていた時に傍にいた側近の一人だった。
たしか名前はマイゼルとかいったか。
無精髭面だけど顔が整っているからか特徴的でわかりやすい奴だ。
この男も他の人と同じ物を食べているらしい。
どうやらギネス組だからといって特別扱いされる訳ではないようだ。
「あのチャージングラビットぐらい強い魔物だと規制されてないんだが、あっちはあっちでヤバ過ぎて手の出しようがねぇ。だから事実上、肉なんてほぼほぼ食えないのさ」
そんな立場のありそうなマイゼルも食欲には勝てないのか、こう愚痴を零すとボロスプーンを掲げてまた机に振り返ってしまった。
だがすまない、俺は今朝ギネスから干し肉を貰ってしまったのだ。
まぁ正直あまり美味しくなかったけど、それを言ったら絶対キレられるので止めておこうと思う。
「もう一つ言っておくと、アタシたちギネス組はこの流民区の取り締まりを行っているわ。住民たちが問題を起こさないようにねン」
「なるほど、いいヤクザだったんだな」
「ヤクザ? まぁよくわからないけど基本的に悪いことはしていないわね。ガラが悪いのは生まれつきだから許してやって頂戴」
「そういうことなら受け入れるよ。昨日の俺の態度も許してくれよな?」
「ええもちろん」
最初はどうなるかと思ったが、いざ蓋を開ければ平和そのものだ。
ギネス組じゃないような人も笑って話し合ったりしているし、秩序は保たれている。
よく見れば昨日の老人と女児らしい二人組もいるし、これが日常なんだろうな。
こんな光景を見ていると、この流民区に少し興味が湧いた。
おそらくはここにしばらく滞在するだろうし、多少は知っておいた方がよさそうだ。
「畑とかはあるのか?」
「ええ。ただし区の決められた敷地より拡げることは出来ないけれど」
そこで軽く質問してみたが、ここでも例の「ルール」とやらの影がチラつく。
いくら犯罪者を抑制するためとはいえやりすぎだ。
普通ならそういった人に開墾させて生産物を増やすと思うのだけども。
縛り過ぎて生産性を見失っている気がしてならない。
「ここが畑ね。主に根菜や野菜を育てているわ。もうすぐイモが採れそうねぇ」
話題のままに連れてこられれば、今度は荒れた畑の登場だ。
作物もまばらに植えられて育っていて、雑草も処理されているか怪しい。
そもそもそんなに広くないときた。
まるで日本の一農家さん所有の農地レベルだ。
下手すると個人趣味用より土地が狭いぞ?
「これ、許されている他の場所にも追加で畑を作ることとかできないの?」
「人の家もあるし、なかなかねぇ」
敷地拡張ができないなら内部に、と思ったがそうもいかないようだ。
ふと振り返ってみれば、所せましと乱雑に建てられている小屋が見えた。
地上げもできないから畑を増やすこともできないって訳か。
優しいヤクザなのはいいのだが、もう少し厳しくてもいいんじゃないかギネス組。
「あとは今見ている民家くらいしかないわン。ま、流民区なんてそんなもんよ」
「皆なにして働いているんだ?」
「さぁ、そこらで道草を食ってるだけじゃないかしら。ほらあそこでも」
畑のすぐ傍はもう集落の外。
そんな柵だけで区切られた先には数人の十四~五歳くらいに見える若者たちの姿があった。
ただなんか座って雑草を抜き取り、草の部分を噛みちぎっているんだが?
「本当に道の草食っとる……!」
「育ち盛りがあんなパンとスープだけで足りる訳がないからねぇ。こうやって空腹を紛らわすしかないのよ。幸い、このアースレム平原は雑草に事欠かないし」
冗談抜きで困窮しているってことか。
それこそ今の畑の何倍もの大きさが必要なんじゃないだろうか。
だいたい、あんな若い子まで犯罪を犯さないと生きていけないなんて悲惨だな。
この世の中は想像以上にかなり厳しいようだ。
「なぁギネス、あの子たちはいったいどんな犯罪を犯したんだ?」
そんな現実が垣間見えたからか、ふとこんなことが気になってしまった。
あまりにも流民に厳しい世界、その根源が妙に不透明だったから。
だがこの時、俺は思ってもみなかった現実を教えられることとなる。
「どの子も罪を犯してはいないわ。ただ、生まれながらにして流民ってだけよ」
犯罪者じゃないのに犯罪者扱い。
つい先日まで法治国家日本の国民だった俺には、そんな理不尽な理屈はどうにも理解し難かった。
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