第11話 あまりにも酷かった流民の扱い

 筋肉野郎ギネスが計らってくれたおかげでゆっくりと過ごすことができた。

 寝床がボロボロなソファーだったが、無いよりはずっとマシだ。


 それと食事と言いつつも出されたのは硬いパン一個と生臭いホットミルクだけ。

 それらも日本食に慣れきった俺には少しきつかったが、我儘も言ってられないので無理矢理腹に詰め込んだ。


 そして翌日。


「おい、起きてるか?」


「ええもうバッチリと」


「ならついてこい。ドン・ギネスがお呼びだ」


 チンピラの一人に呼ばれたのでついていくことに。

 それから屋敷を歩いて間もなく筋肉野郎の待つ部屋に到着だ。


「来たわね。さっそくだけどちょっとだけ話をしましょうか」


「朝ご飯は出る?」


「……干し肉くらいは出してあげるわ」


 ギネスが俺の顔を見た途端に嬉しそうな笑みを零す。

 どうやら俺という存在に興味津々らしい。

 そんな奴が手を差し出して座るよう促すので、とりあえず従うことにした。


 奴の私室は応接間よりずっと綺麗だ。

 雑な白塗りの壁にピンクや銀の装飾品がちょこちょこと並んでいる。

 一応は窓もあり、外の明かりが零れて眩しい。


 ただ流民区だけあって貧乏なのか、言うほどの豪華さはない。

 これが彼らにとっての精いっぱいの贅沢なのだろう。


「さて、何から話したものか」


 そう関心を寄せているとギネスがさっそく顎に手を充てて考え始める。

 俺があまりにも不可解過ぎて話題が纏まっていないようだ。


「ああ~それなら先に少し聞かせてくれ。みんな騒ぐのを嫌がっているように見えるんだが、それはいったいどうしてなんだ?」


「なるほど、そこが気になるということは本当に何も知らないのねぇ」


 ならばと逆に聞いてみたが、途端に顔を傾げられてしまった。どういうことだ?


 それってつまり夜に騒いじゃいけない原因って世界共通?

 夜限定の怪物が襲ってくるとかそんなのだろうか?


「……話は簡単よ。町の連中に迷惑かけられないってだけ」


「え? たったそれだけ……?」


 これは思っていたよりも軽そうな話だ。

 町の住民に迷惑かけたくないって、それはもう優良ヤクザの台詞なんよ。


「この流民区のことはどれだけ知っているのかしら?」


「先日言った通り、来たばかりで何も知らない。門番の人に在処を教えてもらっただけだ」


「ふむ、なら少し外を歩きながら話した方が良さそうね。ついてきなさい」


 ギネスがそう言うと立ち上がり、部屋の外へ。

 俺もそれに従い、後ろをついていく。


 それでさっそく家の外に出たのだが。


「ウッ!? こ、これって――」


 出た途端、先日までに感じなかった違和感がたちどころに鼻孔を突く。

 

「くっせえええ!!!!! な、なんだこの臭いは!?」


 僅かにだが、少し吸い込んだだけでも嫌悪したくなる異臭が漂っている。

 例えるならそう、公園にある掃除していないトイレの臭いだ。


 昨日はこんな臭いなんて感じなかったのに。


「一日溜まった町の汚水がこの時間になると流れてくるのよ。すぐそこの川にね」


 ギネスがふと集落とは逆側の方を指差す。

 それにつられて見てみると、確かに川らしいものが見えた。


 だが川は遠目で見てもわかるほど茶色に濁りきってしまっている。

 ここがちょっと高い場所にあるおかげで様子がしっかりとわかるのだ。


「あれって生活用水じゃないのか!? あんなに汚されたら飲めねぇだろ!?」


「ええそうね、飲むなんてまず無理な話よ。せいぜい夕方か早朝の汚される前にくらいに畑や身の回りで使う分だけを汲むくらい。飲み水は遠くに流れる別の川から汲んでくるしかないのよ。魔物から逃げるようにしてね」


 明らかに原始的な文明だから下水設備とかは無いんだろうが、これはさすがに酷い。

 まさか人がいる場所にも関わらず問答無用で汚水を流すなんて。


「でもこれがアタシたち流民の運命なのよ」


 だけどそれでもギネスは現実を受け入れている。

 屋敷の背後に見える巨大な壁、そこへと太い首をひねって眺める姿には哀愁が漂っていて。


「いいこと? アタシたち流民はあの壁の向こう側の住民に迷惑をかけてはならない。そして独自に繁栄することもしてはならない。そういうルールがこの国には存在するの」


「な、なんだよそれ!? そんな理不尽なルールがあっていいのかよ!?」


「ええ当然よ。だって流民というのは所謂、犯罪者なのだから」


「ううっ……!?」


 そういえばそうだった。

 門番さんも流民は犯罪者だから町に入れないんだってほのめかしていたな。


 だからって汚物まみれの川の傍で生活させられるのは酷い話だ。

 これじゃあもう生きること自体が刑罰みたいなものじゃないか。


「……辛ぇな」


「ええ。でも生きるためには耐えなきゃいけない。アタシみたいな力だけが取り柄な人間は特にね。だってこの流民区の人たちに頼られたらやらない訳にはいかないでしょう?」


 なるほど、肝が据わってるんだな。

 どうやら彼らは俺が思っていたような野蛮なチンピラって訳じゃなさそうだ。


「まぁそれでも町の人間に嫌悪感を抱く奴も少なくないわ。だから夜にそんな小綺麗な格好で現れれば、皆警戒するのも無理はなかったってワケ」


「ああ、にっくき上級国民サマと間違えちゃったってことね」


「そうみたい。ま、安心なさい。昨日アンタに襲い掛かった奴はアタシがしっかり再教育しておいたわン」


「おぉ可哀そうに」


 実際問題、そんなことをしたら町の人間といざこざが発生しちゃうだろうしな。

 相手が俺でまだ良かったよ。


「だけどここの住人って思ったより素直なんだな。犯罪者っつうと皆ギラギラしてそうなもんなんだけど」


 何事も平和が一番だ。

 なにも異世界だからといって戦ってばかりじゃ苦しいだけだもんな。


「そんなことできる訳が無いじゃない」


「へっ?」


 だがそんな軽口を叩くと、ギネスの険しい顔が俺へと向けられる。

 まるで思い詰めたかのように歯を食いしばらせ、とても不愉快そうに。




「もし必要以上に彼ら正規市民を怒らせれば、こんなちっぽけな流民区なんてあっという間にしてこの世界から消え失せるでしょうね」




 ただこの時、俺は気付いてしまったのだ。

 ギネスが向けた嫌悪感は決して俺に対してではなかったのだと。 

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