第45話 諦めた者と諦めなかった者
「まさか町の人間をも懐柔していたとはな……っ!」
バーギュが両膝で跪かされた状態で俺を睨んでくる。
拘束されてもなお敵意を露わにしてくる所はさすが将軍といった所か。
「懐柔だなんて人聞きの悪いことを並べないで欲しいな」
「なにぃ……!?」
「むしろ俺が町の人の総意を受け取っただけだよ。現実から逃げるな、ってな」
本当ならこんなことにまで至って欲しくは無かった。
俺の話で納得し、その上で堂々と町の人たちの前に姿を見せて欲しかった。
矛盾を払ってくれると期待していたんだ。
だけど奴はそれでも引き下がらなかった。
そのせいで今は町の人にこうして抑え付けられてしまっている。
これは他でもないバーギュ自身が招いた結果なんだ。
……なにせ逃げようとする姿はまるで駄々っ子のようだったからな。
悪いことをする奴は王様に言いつけてやる、ってね。
「言ってくれる! 私はただ国王陛下の意思に従っただけに過ぎぬ! むしろその意に逆らう貴様らが間違っているのだ! 私は悪くなぁい!」
「「「バーギュ様……」」」
「「「もうおやめください!」」」
ただ、こう虚勢を張り上げているようには見えるものの、抵抗する様子もない。
それはきっとバーギュが内心では町の人たちを大切に扱っているからだ。
さっき俺の首を刎ねようとしたバーギュの腕前はあまりにも速く鮮やかだった。
さすが自ら将軍として前線に立つだけあって、この人はかなり強いのだろう。
それでも大人しく拘束され続けているのは、彼が見た目の怖さに反しての温情派だからに他ならない。
そうじゃなかったら町の人もここまで大人しくしてはいないさ。
なにせ今、皆揃って心配そうにバーギュを見下ろしているんだからな。
「貴様らにわかる訳が無かろう! 私がどれだけ今まで苦労して来たか、国に忠誠を誓った結果どうなったか! その末にこうも頑なにならなければいけなかったのかが貴様ら如き若造にわかるものかあっ!!!」
それでもバーギュの口だけは留まらない。
恨み節を連ねて地面に向かって咆え上げるばかりだ。
そしてこれは恐らく、主に何も知らないであろう俺へと向けられているのだろうな。
「私とて昔は民のためにと邁進していた時があった! 民に不満があるなら王に進言し、是正案を出したりもした! 民を脅かす隣国からの侵略に立ち向かい、命を賭して守り抜いた! だがっ……!」
そんな奴の眼が臆することなく俺を見上げてくる。
屋敷で話していた時からずっと変わらない眼力をぶつけながらに。
「その民が私に何をした!? そうだとも、首切り侯だの殺人狂だのと揶揄し、恐れ、忌避したのだ!」
「「「そ、それは……」」」
「挙句、奴らは甘やかされた末に犯罪まで犯した! 私の言うことなど聞かず好き勝手に暴れ、自分たちが貧しいのは貴族のせいだと喚き散らしたのだ! 自分たちがその貴族たちにどれだけ守られてきたのかも知らずになあっ!!!」
ふと、バーギュの左拳が土を握り締めて震えているのが見えた。
「それでもだ! それでも私は国王陛下に進言したのだ! 流民制度の在り方があまりにも理不尽ではないかと!」
「――しかし、結果は変わらなかった」
途端、握り締められた拳が緩み、奴の頭までもが項垂れる。
まるでかつての無念を体現するかのように。
「国王陛下は叛徒と化した民衆を取り締まるため、強制的に流民制度を施行した。そしてその末に、犯罪は急激に減少した。結論が、出てしまったのだよ。民衆は強く抑え付けた方がずっと効率的で、平和的なのだとな……」
話していること自体は至極真っ当だと思う。
それなのに。
バーギュ自身の嗚咽めいた声のせいで、もう悲痛な訴えにしか聞こえない。
「だから、私も従わざるを、得なかったのだ。そこで強く逆らえば、今度は私が叛逆者となってしまう。流民制度が成果を上げてしまった以上、所詮一貴族に過ぎない私程度の意見など、もはや何の価値も無かったのだ……」
そんな訴えも遂に声を詰まらせて止まる。
たった一滴の水滴がふと零れ、地面を僅かに濡らしたと共に。
これがバーギュの本音、か。
諦めざるを得なかったんだろうな。
国民にも裏切られて、国王にも従わざるを得なくて。
だから国民を切り捨てるしかなかった。
それが不本意であったとしても。
悲しいよな。
例えどんなに熱い思いを抱いていても、現実に抗う術はないってさ。
だからこそ。
「わかるよ、その気持ち」
「だから貴様如きが私の気持ちをわかるなど――」
「いいやわかるんだよ。俺もアンタと同じだったからさ」
「な、何……!?」
そう、俺とバーギュは似た者同士なんだ。
夢と理想を抱いて、邁進して、そして現実に押し潰された者同士。
唯一違うのは、諦めず立ち直ったか、諦めて流されたか、ということだけだ。
「俺も小さい頃から夢を抱いてひたすら生きてきた。誰からも神と認められるような存在になりたくて」
「神、だと……!?」
「でも残念なことに俺にはそんな才能はなくてさ、何度も諦めようって思ったもんだ」
その時ふと、俺の足が一歩を踏み出していた。
意識するよりも想いが勝った結果だ。
「だけど俺は諦めなかったよ。親友に支えられて、俺自身の願いも裏切りたくなくて」
そんな俺の言葉をバーギュは静かにして聞いてくれている。
まるで町の人たちと共に、俺が来るのを待ってくれているかのように。
「そりゃアンタと比べれば苦しんだ経験は浅いかもしれない。だけど俺は心に決めたんだ。もう逃げない、諦めない。現実なんて知ったこっちゃないってな」
注目を受ける中、バーギュの前で跪く。
目線も合わせ、真剣な眼差しを向けて。
「だから力を得た以上、もう止まるつもりも無い。それがこの世界において俺に与えられた権利だと思っている。自分の力でどれだけのことが出来るか、その可能性を追求し続けようってな」
「それが、この結果か……」
「ああ。そして俺は別にこの町を支配するだとか考えているつもりはないよ。ただ本来あるべき形に戻したい、理不尽で苦しむ人を笑顔にしたい、ただそう考えている」
そんな俺の手はバーギュの肩に伸びていた。
それは逃げた奴を捕まえるためでも咎めるためでもない。
俺にとっては、バーギュにも笑顔になってもらいたい人物の一人だから。
「だからどうか俺に力を貸してくれないか? バーギュ・オムレスさん。俺たちにはアンタの力も必要なんだ……!」
バーギュにはもしかしたら支えてくれる人がいないのかもしれない。
聞けば伴侶とは昔に別れ、今は子どももいないという話だから。
貴族仲間にも俺の親友ほど彼を想える人はいなかったのかもしれない。
だったら俺がそうなりたいとも思う。
バーギュが俺と似た者同士なら、きっと分かり合えると思うから。
「フッ、クク……」
「――フハハハ……!」
「「「バーギュさん……」」」
「「「ざわざわ」」」」
「まさか町の者どもだけでなく私をも懐柔しようとは恐れ入る。なんて甘ちゃんだ。甘過ぎて可笑しくてもう笑いが止まらぬわ」
「……」
「……いいだろう、ならば私が貴様の甘い脇腹を塞いでやる! だがあくまで貴様が我々に益をもたらすことを前提とした上で、だ!」
「「「おおお……!」」」
この二言と共に、その背中を抑えていた手が緩んでいく。
するとバーギュがゆっくりと立ち上がり、俺を見下ろしてニヤりと笑って見せた。
「それでも不甲斐ないようであれば容赦なく首を斬る。そう覚えておくが良い」
「……ああ! 肝に銘じておく!」
故に俺も立ち上がり、スッと左手を差し出す。
そんな手を、バーギュはまるで掴みかかるかのように取り、ギュっと握り締めてくれた。
そうして俺たちは硬く握手を交わしたのだ。
リーベルトの町が流民を受け入れることを決めた、その第一歩である。
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