第44話 矛盾をまるごと砕かれた者の末路

「ぎ、ぎゃあああああああああ!!!!!!!!!」


 バーギュが途端に蹲り、悶絶。

 堪え難い悲鳴が場に響く。


 …………

 ……怖ええええええええええ!!!!!

 マぁジで死ぬかと思ったああああああ!!!!!


 だ、だが情報通りだったおかげで無事セーフだったぜ。


 聞いた話ではバーギュ・オムレスは首切り侯と呼ばれるだけあって、敵と言える相手は全員首を斬り落とすことに拘っているらしい。

 だから長い襟の中にエフリクス製の首輪を予め仕込んでおいたのだ。

 予想以上の反撃にもなって俺もちと驚いたが、対処は正解だったようだ。


 さて、と。

 それじゃあ茶番はここまでにしようか。


「うううう……」


「バーギュさんよ、いい加減認めたらどうなんだ?」


「な、何……!?」


「ここまで流民に出し抜かれれば嫌でもわかるだろ? 今となっては市民だ流民だなんて言葉だけで区別したって何の意味も無いってさ」


 そうさ、俺たちはずっとバーギュに見せつけ続けてきた。

 彼らが驚くようなことを何度も、こうして一方的な暴力さえも跳ね除けて。


 だから充分に思い知ったはずだ。

 例え流民といえど扱い方次第で幾らでも役に立つんだってな。


「だ、だからなんだというのだ……! 流民が愚かということは事実であろう! それに流民という軽蔑対象がいるからこそ犯罪抑止にもなる! その事実がある限り、今さらどう足掻いた所で制度は変わらぬ!」


「本当にそうかな?」


「何ッ!?」


 きっとバーギュは上澄みしか見ていないからこんなことが言えるのだろう。

 ただ愚かだと決めつけて、流民たちの本質を見ようとしなかった。


 彼らも彼らなりに努力して共存しようとしてたことにも気付かずに。


「あのチャージングラビット大量討伐の時に俺は察したよ。町の人たちはアンタが思うほどに流民を敵視している訳じゃないってな。だってそうだろ? 皆がアンタみたいだったらあんな施しのような行いだって受け入れる訳が無い」


「そ、それは……」


「あの時、皆は流民も市民も関係無く恩恵にあやかって、協力し合ってもいたんだ。流民を頑なに否定したのはアンタだけだったんだよ」


 ようやく我に返ったゼネリとかいう兵士がバーギュの傍に駆け寄っていく。

 しかし介抱するようなことはせず、二人揃って俺に視線を向けていて。


「それなのに聞けばアンタは今、市民から非難を受けている身だそうじゃないか」


「な、なぜそれを!? だがそれは貴様らのせいで――」


「それも違うよバーギュさん」


「――なにッ!?」


「皆はもう気付いているんだよ。アンタがやっていることが矛盾していることにさ」


「矛盾だとっ!? うぐっ!?」


 おっと、無理に動こうとするなよ。腕をもっと痛めるぞ?

 ……もっともバーギュ自身も逃げようとしない辺り、もしかしたら俺の話が気になっているのかもしれないけどな。


「この町の人たちはこの地を愛しているんだと思う。造られてそれなりに経ってるって話だからこの町が故郷な大人だっているだろうから」


「……」


「それで今まで、アンタに頑なに逆らってきた人はいたのかい?」


「……いないな」


「それってつまり今までアンタが仕切ることに不満があった訳じゃない。皆が怒っているのは今のアンタの矛盾に対して怒り散らしているんだよ」


 この話はシャナクを通じて町の人たちから聞いた、れっきとした真実だ。

 町の人たちは皆、今の開発計画にかなりの不満を抱いている。

 今まではこんなことなんて無かったのに、と。


「きっとそのきっかけを生んだのは他でもない、俺なんだろう?」


「ッ!?」


「その反応、やっぱりそうなんだな」


 そのきっかけとは、俺が流民区のために始めたこと全て。

 それを皮切りに、バーギュは少しずつ価値観が狂っていってしまったんだ。

 流民に負けないように、出し抜かれないように、と。


 だから無理のし過ぎで計画が破綻しているということに気付けなかった。


「町の人たちは流民にも開発計画に参加して欲しかったんじゃないかな。流民の力があれば自分たちだけでやるよりもずっと計画が捗るだろうって」


「……」


「それなのにアンタは計画を無理に推し進める一方で流民を容赦なく手放した。それははたから見る市民にとっては明らかな矛盾になる。一貫性がないんだよ、まったくさ」


「一貫性、か……確かに、そうかもしれんな」


 だけど立場をフラットにして話すことでようやく気付いたようだ。

 自分の推し進めてきたことが市民にどれだけ負担だったのか。


 それなら、これで変わってくれればいいんだが。


「――だが、だからといって引けぬこともある!」


「「「ッ!?」」」


「王の命令は絶対なのだ! 時には意志を曲げてでも従わねばならぬ時がある! そしてそれは市民も同様だ! この国に暮らす者すべては国王陛下の庇護の下に生きている! そのことを理解し従わなければいずれ国はまた混沌と化すぞ!」


 途端、バーギュが立ち上がって俺を睨んでくる。

 垂らした右腕を左手で庇いながらも、その反意は収まる所を知らない。


「故に如何なことがあろうと譲れぬものがある! 覚えておけピクト・グラムよ、それは貴様程度の人間では愚か、貴族でさえも決して覆せぬものなのだからなっ!」


 するとバーギュはゼネリを払い除け、走って扉から出て行ってしまった。

 これにはゼネリもただ茫然と立ち尽くすばかりだ。


「い、いいのかピクト・グラム? バーギュ様は行ってしまわれたが……」


「まぁいいんじゃないか? な、シャナク?」


「ですねェ。まぁなるようになりますヨ」


「何……?」


 だが俺たちは余裕をもって茶を最後まで啜る。

 前世のビジネスマナー? そんなの知ったこっちゃない。

 せっかく淹れてもらえたのだからしっかりと飲んでおかないとな。資源は大切に。


「さて、そろそろ行くか」


「そーですねェ」


「ゼネリさん、だっけ? 外まで送ってもらっていいかい?」


「わ、わかった。付いてきてくれたまえ」


 お茶にも満足したのでゼネリにこう頼み、立ち上がる。

 それで屋敷の外まで案内してもらった訳だが。


「――なっ!?」


 屋敷の扉を開けた途端、ゼネリが驚愕することとなる。

 これは俺たちが予測していた通りの事態だが、彼には信じられないことだったようだ。


 バーギュ・オムレスが兵士や集まった市民たちに囲まれて拘束、地べたに座らされているという事実が。


「こ、これは一体……なぜ市民がここまで!?」


 まぁゼネリさんが驚くのも無理はないか。

 なんたって町の人たちはもう俺の味方みたいなものだからな。

 

 もっとも、これは当然の結果な訳だが。

 シャナクを通じて「ピクトが流民代表として開発計画の改善を訴えにきた」と流布されていれば、こうなることは必然だったんだ。

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