第43話 猛るバーギュと笑うピクト (バーギュ視点)
ピクト・グラム、流民にしては姓まで有しているなど有り得ぬ輩よ。
自分で名付けたか? いや、流民ならば名乗ること自体がおこがましい筈。
それに流民区の人間に知識を与えたのも恐らくコイツだ!
シャナク殿を言いくるめたのも。
その手腕と知識は明らかに並みではない!
まるでこの世界の知識を知り尽くしているかのようではないか!
「だから出来る筈だ。あの流民区の人々をこの町に引き入れることが。壁を壊し、彼らの住んでいた土地と繋げることがね」
そうか、それが貴様の目的か。
あの流民どもを市民へと押し上げて併合させることが。
……だとしたら愚かなことだぞピクト・グラム。
私は知っているのだ。あの流民区の者どもが如何に愚かだということを。
私がこの地を任されて十年来、奴らには何も出来ていなかったという事実をな。
「……それは無理な話だ」
「バ、バーギュ様!?」
「お前は黙っていろゼネリ。ここは私の戦場ぞ?」
「くっ……!」
「なぜ、ですかね?」
「決まっている。愚か者たちの汚い足でこの地を踏み躙られたくないからだ」
余計な横やりが入ったが、私の決定は覆らない。
流民には流民らしい立場というものがあるのだからな。
その立場へと堕ちた者がこのまま消えることこそ人のためとなろう。
犯罪を犯す者、その因子を持つ者すべてを抹消することでな。
「だがピクト・グラム、お前は違う」
「え?」
「お前は賢い。そして私と対面してもなお臆さない度胸がある。またその技量と知識も捨てがたい。そこは認めるべきであろう」
そう、愚か者は不要。
しかし賢き者は必要不可欠。
コイツは生意気だが賢い。扉の前で立っているだけの間抜けと違ってな。
おまけにシャナク殿やウィーバー商会とのコネもある。
よってこの男は利用するべきなのだ。
それこそ私が権限を利用してでも、何としてでもな。
さすればいずれ更なる地位へと登り詰めることもできよう!
そう考えれば奴を養子に迎えることさえ厭わぬ!
故に!
「ピクト・グラムよ、私と共に来い。お前であれば名誉市民としてこの町に迎え入れることも吝かではない。あの工房や施設を造ったお前の知識を買っているのだ」
「あ、お断りしまーす」
「よってお前はこの国に貢献するために――え?」
今、コイツなんて言った?
断るって、言ったのか?
「俺はまたも言ったはずです。流民区の皆を市民にしてくれと。俺にそれ以上譲歩する気はありませんよ」
「な、なにィ……!?」
「それがあなたに残された、復権のための最後の手段と言ってもいい」
コ、コイツ、この期に及んで私を脅しているのか!?
それにどういう意味だ、最後の手段とは!?
……いいや、もう知ったことではないか。
ピクト・グラムは今、私を愚弄したのだ。
奴に対する最大の敬意をその手で払った。
これは断じて許されることではない。
故に立ち上がり、即座に右手で剣を抜いて奴の首元へと突きつけてやった。
「バーギュ様、何をなさるのです!?」
「シャナク殿には関係ございません。こやつと私の問題です。そしてこやつは今、私を愚弄した。それはもはや万死に値すると言えましょう」
いくら賢かろうとも愚かであれば意味は無い。
なれば流民としてこのまま処された方が世界のためとなろう。
「良いんですかね? それがあなたの決定で?」
「ッ!?」
しかしこの期に及んで茶を呑んでいるだとぉ……!?
なぜだ!? どうしてそこまで冷静でいられる!?
この首切り侯に刃を突きつけられているのだぞぉ!?
「後悔したいのであればお好きにどうぞ」
「ぐっ、おのれぇ! 後悔するのは貴様の方だ! 処してやるぞピクト・グラムゥゥ!!!」
なればもう我慢ならぬ!
その罪、死をもって償うがいい!!!!!
シャナク殿が慌てようが知ったことか!
ゼネリの奴が庇いだてしても無駄だ!
この男の首は私が取ぉるッ――
だがそう憤るままに剣を奮った瞬間、振り切った右腕に違和感が走る。
「「――なっ!!!??」」
「ば、馬鹿なあああっ!!!??」
なぜか私の右腕の方が折れていたのだ。
しかも鋼鉄の剣もがへし折れているだと!?
な、なぜだ!?
私は確かに奴の首を断ったはずなのにィィィ!!!???
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