第46話 和解した後の二人
リーベルト領を守る領主バーギュとの対話が終わった。
ちょっとした騒動にも発展したが、結果的には成功して良かったと思う。
まだ口約束でしかないが、バーギュは約束を破るような不義理ではないということだから心配はしていない。
おまけに痛くても我慢して回復魔法を受けるくらいには頑固だからな、自分の言ったことも曲げなさそうだ。
おかげで今バーギュは平然とした顔で俺の隣に立ち、屋敷のバルコニーから夕焼けの町を一緒に眺めている。
「やれやれ……貴様はいったい何者だ? 貴様はこの町はおろか、この国の人間ですらあるまい? それなのにどうしてそこまでこの町に拘る?」
ここに連れてこられた時は一体なんだと思った。
だけどこんな質問を投げかけられてようやくその意図に気付けた。
バーギュなりに配慮してくれたのだ。
俺がこの国の人間にしては異質過ぎるから、デリケートな話がしやすいように人目を避けてくれたのだろう。
「さっきも言った通り、俺が出来ることを選択した結果だよ」
だから俺も遠慮なく語ることが出来る。
今さら隠したって仕方のないことだしな。
「俺は流民区の皆が好きだ。荒っぽいけど話せばわかってくれるし、頼めば何でも引き受けてくれる。元が犯罪者だなんて言うけど、俺が知るような犯罪者とは全く違ったんだよ」
「より混迷した国から来たのだな」
「あ~いや、そうというより重い犯罪や理不尽な人間が目立ちやすい世界だった。しかもそういう奴らは決まって思考がどっかズレてるんだよな。ルールも守らないし、人の話なんて全く聞きやしない」
そう、日本で話題になるような犯罪者ってのは大概頭がおかしい。
細かい犯罪なんてニュースにもなりはしないし目立たないからな。
SNSでいきなり喧嘩をふっかけてくるような奴も似たようなものだ。
目立つようなことをする奴に限ってロクでもないほど話が通じない。
それと比べればここの流民は話が通じるからマシだろう。
彼らにも便利に生きたいという願いもあれば、誰かに役立ちたいという気持ちだってあるのだから。
そんな彼等を流民という言葉だけで区別するのは無益だ。
「だからそんなのとは違って真面目な流民区の皆を、本来あるべき形に戻してあげたいって思ったんだ」
「国政に逆らってもか? もしこの件が国王の耳に入れば一大事だぞ? たとえ私が庇い立てても庇いきれぬことはある」
「わかっているさ。だからその前に手を打つ必要があるよな」
ただ、ここからはきっと生半可では済まないだろう。
バーギュの言う通り、俺のやったことはれっきとしたガルテニア王国への反乱だからだ。
最悪の場合、バーギュも巻き込んで皆仲良く地獄行きだろうよ。
「だからそれがわからん。なぜそこまで体を張る? 命が惜しくないのか?」
「そんなの、アンタのやってることと一緒だよ」
「ム……」
「アンタだって兵士としてこの国を命を賭けて支えてきただろ? 俺も同じで、それくらいやってでも守りたいってものがある。それが友達って奴だ」
たとえそれだけだとしても、俺が抗う理由にはなるのさ。
それが結果的に、夢に向かって突き進むということになるからな。
いつかへるぱが教えてくれた。
この世界では俺の想像力次第でどうにでもできると。
だからその可能性を追求するためにも、やりたいと思ったことは何でもやるつもりだ。
それがこの世界に転生した俺のやるべきことだと思っている。
「それがあの流民ども、という訳か」
「ああ、主にな。話すと案外いい奴らだぜ?」
「フンッ、ならば後で話くらいは聞いてやる」
しかしこのオッサンも口は悪いが、深く話すと善人みが滲み出てくるな。
その苦い皮を突けば「ぶじゅわっ」って善人エキスが吹き出てくるんじゃないか?
「それで、貴様は何をしたい? 私をも巻き込もうというからにははロクでもないことなのではないか?」
「そう、ロクでもないことさ。前の俺じゃきっと考えもつかなかっただろうなぁ~」
『ヒッヒッヒ、お代官様も悪よのぉ~~~!』
おっと、噂をすればバーチャルヘルパー。
へるぱが袴にネクタイと意味のわからん姿で登場だ。
とはいえバーギュとの対話中じゃずっと黙ってもらっていたからな、今くらいならおふざけも許せるってもんだ。
だからバーギュに答えようとした時、思わず「プッ」と吹き出してしまった。
「制度そのものを無くすよ、俺は。この国をまず変えたいと思う」
「なにィ……!?」
それがバーギュには癇に障ったのかもしれない。
あるいはそれほどに驚くことだったか。
……いや、両方かな。
「貴様ァ、正気か!? まさか国を滅ぼすつもりなどではなかろうな!?」
「んな訳あるかっての! ……ま、大義名分もあるしな。出来るだけ穏便に行くつもりだよ。出来るだけ、ね」
「大義名分、だと……?」
「そう。それに狙うべき相手ももう見えてる。その相手を捕まえるためにもアンタの協力が必要だと思ったんだ」
「フン、こんな辺境に飛ばされた一将軍風情に何をさせるつもりなのやら」
だがこんな話を前に、とうとう呆れ果てた素振りを見せた。
ま、そう呆れてしまうのも当然か。
正直、自分でもびっくりするくらいの仰天ムーブっぷりだと思う。
「まったく、聞かされる方は堪ったものではない。貴様のその悪だくみを考える頭脳は末恐ろしいな」
「なんなら俺を養子にしてくれたっていいんだぜ? バーギュパパァ~ン?」
「よせ気色悪い。それ以上今の気味悪い声を出したら殺すぞ?」
「あっははは!」
本当なら偽装でも養子ということにしてくれた方がいいんだけどな。
その方が立場的に動きやすくなるし、野盗(仮)へ付いた嘘も真実になるし。
そんな理由で期待もしていたのだけど。
ふと隣を見ると、バーギュが夕焼けを眺めて黄昏れていた。
目を細めたその表情は、頑なな彼らしくない哀愁を見せていて。
「……だが、貴様のような回る頭脳が息子にもあったら、とは思う」
「そういや息子さん、いたんだったな」
「ああ、手塩にかけて育てた可愛い子
どうやら先にデリケートな話題に触れたのは俺の方だったらしい。
もっとも、バーギュとしては語りたそうだが。
だから俺もまた夕焼けへとそっと振り向いた。
バーギュが思う存分に語れるようにと口を紡いで。
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