第47話 かつてバーギュが愛した息子
「名はティーズ。妻が命を引き換えにして産んだ子だ」
もしやと思っていたが、息子も美味しそうな名前だった。
二人合わせるとチーズハンバーグオムレツとか、ジャンクフード感が満載過ぎるだろう。
……ただ話題が話題なだけに笑えない。
まさか冒頭からなかなかのカロリーの重さだ。
「ティーズはとても素直な子でな、私の子とはとても思えないほどに純真だった。剣を握るのも苦手で、逆に花と戯れる方が好きだった。まるで女子のようだと何度思ったことか」
「奥さん似だったのかな?」
「そうかもしれん。アレも心優しい女でな、修道女として慈悲深く働いていた姿に惚れ込んだ。そんな妻を亡くなった後も愛していたからこそ、ティーズが女々しくとも許せた。あの子に妻の姿を重ねていたのかもな」
そうか、この顔に似合わず愛妻家でもあったんだな。
バーギュって掘れば掘るほどいい奴じゃないの。
……しかし、それにしても修道女か。
以前に女神像を素直に感心していたが、これでなんとなく腑に落ちた。
もしかしたら像を見て奥さんを思い出した、とかなのかもしれないな。
「その後もティーズは私に逆らいもせずにしっかりと成長してくれた。あいかわらず剣は苦手だったが学問はとびきりでな、将来は学者か軍師かと期待させてくれたものだ」
「好きなようにやらせていたのか?」
「当然だ。私は別に貴族の子が軍属である必要は無いと考えている。そんなものは向いている者にやらせればよい。気概がなければ務まらん仕事ゆえ、あの子にはむしろ似つかわしくないとも思っていたよ」
ふとバーギュを横目で覗くと、微笑んでいる様子が見えた。
本当に楽しい思い出だったのだろうと思わせる澄んだ笑顔だ。
「……だが、奴が十七歳になった時のことだった」
でも途端、その笑顔が途端に曇り、顔をも俯かせていく。
「幾ら自由にやらせていたとはいえ、家督を継ぐには結婚するしかない。しかし奴にはそんな浮いた話も無ければ、良家の娘と見合いをさせても上手くはいかなかった。恋愛に興味が無いのかとすら思ったよ」
ただその俯きの原因は決して悲哀なんかじゃなかった。
歯を食いしばり、バルコニーの手すりを握り締め、わなわなと怒りを露わにしていたのだ。
「しかしある日、奴は突然女を連れてきた」
「おいおい、いきなりだな!?」
「ああそうだ、私も驚いたとも。そして恥ずかしげもなく紹介してきたのだ。流民の女をな……!」
「ああ、なんか因果を感じる話がきたな」
いきなりの展開に俺も思わず振り向いてしまった。
でもそのせいでバーギュの怒りの形相と面を合わせてしまう。
その立腹度合いは眉間がピクピクと痙攣させた様子から汲み取れるほど。
過去のことなのに未だ引きずるほどのことだったようだ。
「そして奴は初めて私に背いた。〝僕は彼女と一緒に生きます。この息苦しい家から出て自由になるんです〟と宣ってな」
「ま、まぁ自由恋愛にも色んな形があるし?」
「馬鹿を言え。そんな台詞を吐けること自体が何よりも自由の証であろうが。そもそも私は別に反対などしておらんし、奴の言う〝自由〟が何なのかすら理解出来ずとも許しはした」
ティーズ君の言葉だけで見れば、貴族の親に逆らうTHEテンプレ台詞って感じなんだがな。
でもバーギュ視点から見れば確かに、妙に違和感だらけな話だ。
「その結果、ティーズは件の女と共に当時住んでいた街を出たよ」
「街から……!?」
「そうだ。その頃はまだ流民制度が制定されて間もなかった頃でな、流民も街に入ることが出来ていた。だから知り合えたし、仲を育むことも可能だった。だから駆け落ちなんてことも出来たのだ」
まさかティーズ坊ちゃん、女と駆け落ちか。
貴族の家柄を捨てられるくらい入れ込んでいたんだな。
純愛最高かよ、女々しい癖にやるじゃん。
「そうしてティーズが忽然と消えたことでようやく気付いたのだ。奴が言う自由とは人が住む場所から出ていくこと、流民と一緒に新天地へ向かうことなんだとな」
「新天地……?」
「流民制度制定後の当初にあった監視計画の一環でな、流民だけの町を造らせるという企画が立ったのだ。そこにティーズも参加することにしたらしい」
しかもカノジョと一緒に開拓にまで手を出すとはな。
やることはもう漢のそれなんよ。格好良くない?
「だが、その企画は永遠に完遂されることはなかった」
「なっ!?」
「企画の総責任者が参加者に襲われ、身ぐるみを剥がされて殺されたそうだ」
「な、なんてこった……」
「そして流民どもは帰ってくるどころかそのまま姿をくらましてしまったよ。ティーズも女も同様にな」
おいおい、どんどんとキナ臭くなってきたぞ!?
これってもしかして、バーギュが流民を嫌っていた理由って……!
「その後しばらくして、ティーズの紹介した女が隣国で捕まったという報が私の下に届いた」
「え……」
「どうやら金品を売ろうとしていた所で怪しまれて通報され、そのままお縄になったらしい。ティーズの所持品を売ろうとしていたのだ」
気付けば、バーギュの怒りの形相がもう消えていた。
まるで喪失感を体現するように虚空を見上げていて。
「女はこう言ったそうだ。ティーズは動けなくなったから捨てて逃げた、金品は貰ったものだ、とな」
「……目も当てられないな」
「真実はわからん。ティーズの痕跡は供述した場所には無かったし、所持品は返ってきたが戻って来たのはたったそれだけだった。しかも女は悪びれる様子も無かったそうだ。これでティーズのことをまだ想ってくれていれば救いはあったのだが」
やっぱりか。
女は調子の良いことを言ってティーズを言いくるめて、その上で役に立たなくなったから捨てたといった所かな。
元から金づる程度にしか思っていなかったのかもしれない。
話を聞いている途中で浮かれていた俺も同類だな。
これじゃあティーズ君をとやかく言えやしない。
「……ティーズは賢いが愚かだった。素直で純真で、人を疑うことを知らなかったのだ。そのせいで流民に騙されて行方はわからなくなった。自業自得とはいえ、奴を止めなかった親の私にも責はあろう」
「だから流民を嫌悪していたのか」
「その通りだ。流民は信じるに値しない、そう思わせたのは他でもないティーズの出来事による。そしてその信念は今なおこの胸中に強く残っておる」
こんな言葉を口にすると、バーギュは自身の胸を「ドン!」と強く叩く。
そして俺を睨みつけ、厳しい眼をぶつけながらこう言うのだ。
「だから貴様は、裏切ってくれるなよ?」
ただ、今の話があったからか怖さを一切感じない。
むしろ期待をぶつけてきてくれているようで頼もしくも思う。
「……ああ、わかった。アンタの信念を受け取った以上、信じた甲斐があったと思わせてみせる」
おかげで俺は覚悟を決めることが出来たよ。
背負っているものがあるって、こういうことなんだな。
しかしまさか、結婚だとか役職だとかの前に、国の未来を担う責任を負うとは思わなかったが。
「ま、全面的に信じろだなんて言うほど俺も図々しくは――」
「ムッ!?」
そんな時だった。
突如、町の向こうから鐘の音が「ガランガラン」としきりに聞こえてくる。
それに町中を見れば町民が慌てているようにも見える。
まさか、何か事件が……?
そう思わせる雰囲気に、俺もバーギュも緊張を禁じ得なかった。
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