第54話 邪腹魔臣、現る

 かつて五〇〇年ほど昔、この世界は邪王と呼ばれる存在の脅威に晒された。


 邪王とは人の邪念が集まり、意識を得たもの。

 それが力をも得て形を成した悪意の塊。


 邪王は人から生まれたが故に、邪念に従って人を憎んだ。

 人と文明を滅ぼすために世界へ悪意の種をばら撒いた。

 その種は人以外の生物に憑りつき、多くを魔物へと変えた。


 しかしそれだけでは飽き足らず、自ら世界を滅ぼさんと立ち上がったのだ。


 だが世界は自浄作用を働かせる。

 異世界からの勇者召喚という形をもって。


 勇者は世界の加護を受け、尋常ならざる力を持っていた。

 その力は如何な英雄もが霞むほどに強大で、高潔だった。


 故に勇者は幾多の仲間との冒険と戦いの末、邪王を討ち滅ぼすことに成功する。

 これが後世にまで語られることとなった勇者と邪王の伝説である。


『まー結局は能力による殴り合いの泥仕合だったんですけどねぇ~お互い脳筋だったんで。おまけに互いの過去の逸話とかも語ったりしていたから、決着がつくまで随分とクドかったみたいですよぉ?』


 ――こんなテロップが某星間戦争ばりに視界で流れて実に鬱陶しかった。

 だけど予習もしていなかったし、とりあえず説明ありがとう?


 さて、それで目の前の紫ビッグミートをどうにかしないといけない訳だが。


「まさかこれほどの力を蓄えていたなんて……! やはり邪王再誕は嘘偽りではなかったのですね」


「あ、あんなのどうすればいいってのよぅ!?」


「フハハハハ! 恐れよ! 慄けよ! さすれば我が邪王様の力もより一層増すであろうぞぉ!」


 けど俺以外の状況はシリアスムード一色だ。

 というか俺が異質なんだろうけど。


 そんな感じで半笑いしていたら女王様にキッと睨まれてしまった。

 もう笑いごとじゃないっていう理不尽な同調圧力をひしひしと感じる。


「そして真に邪王様が復活した暁には、このワシもまた更なる力を得よう! さすればその時はこの国の人間をまず全員魔物へと変えてやるとしよう!」


「何て恐ろしいことを!? そんなこと許される訳がありませんっ!」


「貴様如きの許しなど請うてはおらぬゥ!!!」


「なっ!?」


「遥か昔の全盛期であった頃ならまだ違かろう! しかし戦いから離れて久しい今の貴様ではワシを止めることも出来まぁい!」


「ぐっ……!」


「全員じっくりとなぶり殺しにしてやろう! それがワシの正体を暴いた褒美とする!」


 あの余裕を纏っていたと言えるほどだった女王様がこんなにも焦っている。

 それだけあの巨大デブゴンが強いってことなのか。

 強さのパラメータが読み取れないからさっぱりわからない。


『ピピピピン! 邪腹魔臣ウゴテルズ、最上級邪霊。邪王の力の塊を埋め込まれたガルテニアス王が進化した姿。その魔力は邪霊系の中でもトップクラス。惨忍な性格は相手を消し炭にするまで飽き足らないほど。レベル669。世界的に見て雑魚の部類』


 それどこの世界線です?

 チャージングラビットと同じ扱いなのおかしくない?


『ピピピピン! 精霊女王エーフェニミス、最上級魔族。この世界においてもトップクラスの魔力と戦闘力を誇る人間側の生物。温和な性格とは裏腹にイタズラ好きで好奇心旺盛、性欲も人一倍強くサド気質。レベル591。世界的に見て雑魚の部類』


 待ってェ!

 さりげなく隠し設定とか性癖バラすの待ってあげてェェェ!


 あと仲間でもモンスター扱いなのな、この解説!

 色々観点がおかしくてちっとも参考にならないんだけど!?


 ……た、ただレベル差だけはハッキリしている。

 これが強さの基準として成り立っているなら、女王様にきっと勝ち目は無い。


「だがエルフの女王エーフェニミア、貴様だけはタダでは殺さんぞぉ!」


「なんですって!?」


「先代の邪王様が世話になった礼だ! 貴様は散々いたぶった後に四肢をもぎ、犯し尽くし、その血を沸騰させ、地獄の苦しみを与えてから殺してやる!」


「「「ッ!!!??」」」


「ああ楽しみだぁ~~~貴様が悲鳴を上げて許しを懇願する様を見るのが! きっと貴様の最期の叫びは邪王様にも届くであろうなぁ! フハハ、フハハハハ!!!!!」


 そう、普通に考えちゃ勝ち目なんて無いんだ。

 俺のレベルだってまだ二桁、82しかありゃしない。

 ギネスも仲間の中で次点に強いから連れてきただけでレベルなんて38だしな。


 そしてこの数字はきっとあのデブゴンにも、おそらく女王様にも見えている。

 だから奴にはこれだけの余裕があるのだろう。


 俺たちなんて眼中にない。

 きっとゴミのようにしか見えていないんだろうぜ。


 まったく、ムカつくよなぁ……ッ!


「なぁおいデブゴン」


「んん? ワシの名は邪腹魔臣ウゴテルズ! その素晴らしき名をしっかりと足りない脳みそに刻み――」


「いいよ長ったらしいしデブゴンで」


「ぁア!!!???」


 そもそも俺は人の名前を覚えるのはそこまで得意じゃない。

 興味無い奴のことなんてなおさらだ。特に野郎はな。


「俺さ、さっき言ったよな? 粋がるのは事が終わった後にしろって」


「もう終わったようなものであろうが! そんなこともわからぬ馬鹿めが――」


「だからさぁ!」


「――ッ!?」


「そういうのは、事後報告でいいんだって言ってんの」


 故に俺は奴へと左腕を伸ばし、人差し指を向ける。

 それが一体何のためなのかは奴にはきっとわからないだろう。




 それは奴がもう、縦に真っ二つとなっていたから。

 俺が指を向けた瞬間に放たれた超巨大な〝ショック〟によって。




「エッ――」


「つまりこういうこった。てめーは俗に言う、詰めが甘いってことだよマヌケ」


 俺の声が届いているかはもうわからない。

 でもそんなことはどうでもいいんだ。デブゴンになんて興味は無いからな。


 ただエーフェニミスを口先で穢したのだけは堪らなく許せなかった。

 今放ったショックの大きさはその怒りの象徴だと言えるだろう。


 そもそも俺の能力は技名を口にする必要もないからな。

 意識を向け、感情を高めれば、望んだ時に望むように出てくれる。


 それがこの結果だ。

 俺がもう二度と使わないと思っていた力を使わせたことだけは褒めてやるよ。


 じゃあなデブゴン、お前のことはもう忘れた。


「ピクト様!」


 でも女王様の意識は今度は俺へと向けられたようだ。

 途端に駆け寄ってきて両手をぎゅっと掴まれてしまった。柔らかぁい!


「あなたは……まさか勇者なのです!?」


「え? あ、違うよー」


「え、違うの!? っていうか軽っ!」


「アンタほんとあいかわらず意味不明ねぇ……」


 でも見当違いのことを聞かれたのでとりあえずキッパリと否定しておく。

 ここは俺的には「素敵! 抱いて!」って告るシーンだと思うんだ。


 勇者の件はへるぱにも否定されたしな。

 見栄を張って嘘をついても何の得にもならなさそうだもの。

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