第32話 夢女子セリエーネちゃん
「俺はさ、普段は冴えない一社会人に過ぎなかったんだ。実は仕事の評価もそれほど高くなかったし、客の無茶振りに逆らうこともできず頭を下げてばかりで。そして家に帰っては一人で伸びないピクトグラムを描いて、筆が乗らない時はマンガやテレビを見たりゲームをしたりする毎日だったよ」
『へぇ。それでお客さんは満足できたのかい?』
「正直、退屈だったかな」
『そうなんですかい。ま、こいつを一杯やって元気出しな』
つけ髭を付けたへるぱがカウンター越しにカクテルグラスを差し出してくる。
他に客がいないにも関わらずシェイカーを振る姿だけはそれらしい。
「親友は売れて、俺は底辺。どれだけ頑張っても報われないしさ。絵師になる夢を何度も諦めそうになったもんだ」
『追いかける夢がデカかったんですかねぇ』
「そうだな、だから別に好きな絵を描き続けられればそれでいいって思ってもいた。少し贅沢をするために働いて、ゆるりと今を享受できればそれだけでもいいかなってさ」
『ま、そういう人生もありってもんでさぁ。さ、気分直しだ、こいつを食べなせぇ』
続いて差し出されたのはなぜか寿司だった。
しかも寿司ネタはへるぱが付けていた髭だ。
……ほんとなんだろうな。
どうしてこんな茶番を受け入れようって思ったんだろう。
俺が美少女二人と同棲してるって現実がまるで夢みたいだからかな、ハハハ。
「そうなんだー、ピクトって絵描きなんだぁ!」
「ああ……強者ひしめく絵師界隈にて見果てぬ夢に敗れそうになった愚かな弱者さぁ」
「じゃあじゃあ、グリーンマン描いてよぉ!」
俺の話にセリエーネがものすごく好奇心を示してくれる。
おかげでこの二日間、ずっと喋りっぱなしで喉が痛い。
ついでに言うと座りっぱなしでケツも痛い。
この樹をくり抜いて造られた家はなかなかに快適だが、座る所に困るのが難点だ。
そんな家の壁に、外で降りしきる雨を受けた指でなぞる。
すると水分を吸った黄色い壁面に茶色いピクトグラムが完成だ。
「すっごーい! ほらグリーンマンよ! ねぇ見て見てウルリーシャ!」
「そ、そうね……」
簡単な絵なのにセリエーネが嬉しそうに飛び跳ね、俺の腕へと抱き着いてくる。
そうした途端に彼女の水色の柔らかなストレート髪が肌や鼻に触れ、甘い香りが鼻孔を撫でた。
おおう、なかなかにグッドシチュエーション……!
……とまぁ、これくらいで喜んでくれるセリエーネは単純でいいのだが。
一方のウルリーシャと言えば、ずっとこっちを睨むようにして見てばかりだ。
彼女にちょいと視線を移すと、すぐに桃色の長巻き髪を振り回すようにそっぽ向かれてしまう。
やはりマスクのない俺の正体にはとっくに気付いているんだろうな。
――しかし、野盗返り討ちからもう二日、か。
生活はようやく落ち着いたものの、まだ釈然としない所がある。
例の野盗たちにはエルフたちが投獄してからは接触できていない。
なんだかエルフたちには問題解決をする意思を感じないのだ。
あれから事件のことには一切口を挟もうとしない。
まるでもう忘れようとしているような、そんな感じがしてならなくて。
救いは、彼らが伝承ほどの恐ろしい存在ではなかったことか。
住民は俺や仲間たちにも親切にしてくれて、食事も分け与えてくれる。
ギネスたちはあいかわらずエルフたちとの関係に怯えを見せたままだが。
「も、もうやめなよセリエーネ、ピクトさんが困ってますから……」
「そんなことないよー、ね? ピクト?」
「お、おう……」
住人がそんなマイペースなせいか、むしろウルリーシャの態度が普通に感じる。
まぁ彼女の場合は少し怯え過ぎとは思うも、人間にたくさんの仲間を殺されたのだから当然の反応だろう。
この二人が一緒だからバランスが取れているとも言えるかもしれない。
セリエーネには普通に話しかけられるみたいだし。
「ねぇセリエーネ」
「なぁに、ウルリーシャ?」
「ところでその、グリーンマンって本当になんなの?」
それは俺も気になる。
もしかして森に密かに住む妖精とかそういう類なのだろうか?
「言ったじゃない、グリーンマンはグリーンマンだって!」
「だからそれが何者なのかがわからないのぉ! そんな人、私も知らないよぉ!」
「そりゃそうかもね~、だって私が考えたんだもん」
「「え?」」
おい、ちょっと待て。
それって、まさか……!?
「彼は密かに森を守護する守り人。時折私たちを見守りながら自由自在に木々を飛び回るの!」
セリエーネが突然スイッチが入ったように語り始めると、両手を握り締め、まるで祈るかのように顎を上げて妄想に浸る。
「ビューン! ビューン! 彼は走るわ! 炎にも負けない! そして悪い人間を懲らしめ、私たちを助けてくれたの! それがグリーンマン! 私たちの守り神!」
「セ、セリエーネェ~……はぁ~~~」
遂には夢中で語って跳ねまわるセリエーネに、遂にウルリーシャが頭を抱えてパタンと倒れてしまった。
どうやらこういう妄想に浸るのは初めてじゃなさそうだ。
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