第19話 ピクトたちの新たなる策略 (第三者視点)
「あの忌々しいウサギどもが消えてからもう一ヵ月か。早いものだ」
ここはリーベルト南方壁街市民区――通称リーベルトの町。
その中央に位置する領主邸の執務室にて、バーギュ・オムレスは筆を走らせていた。
彼が達筆な文字を刻むのはこの地の開発計画に関わる書類。
物資や資材の調達、人員の選定、実行計画などに関わる物だ。
それというのも、チャージングラビットの群れが討伐されたことで今まで頓挫していた開発計画が突如として復活したから。
おかげで計画の見直しや現状把握などで日々を費やされることとなったようだ。
それで一ヵ月もかけてようやく開発計画の目途が立ち、ようやく今に至る。
「だがこの開発計画が成功すれば、きっと国王陛下もお喜びになるだろう」
そんな激務をこなし終え、ようやく背もたれに体を預ける。
その険しい眼は窓の外へ向けられ、青い空を仰いでいて。
「バーギュ様、いらっしゃいますか?」
しかし間もなく訪れた来訪者に気付き、再び背筋を伸ばす。
目上の人間という立場を意識した振る舞いだ。
「入れ」
「失礼します!」
訪れたのは制服を着た兵士。
バーギュ直属の親衛騎士団の一人だ。
「何の用だ?」
「それがですね……今しがた壁守兵より報告がありまして」
「経緯はいい、用件を話せ」
「し、失礼しました! どうやら流民区の住人が妙な動きを見せていると!」
「まさか反乱か?」
「あ、いえ、そういう訳では無さそうで」
「なんだ、要領を得んな。何があったと言うのだ?」
「それがその、実際に見て欲しいとのことで……」
しかし兵の報告はどうにも曖昧だ。
紙切れを手に、どうにも困ったような顔をしている。
そんな兵の態度に、バーギュは堪らず痺れを切らして机を叩く。
「報告くらいまともに出来んのか馬鹿者がッ!」
「も、申し訳ありません!」
「もういい、出立の準備をする! お前たちも出陣の用意をせよ!」
「出陣、ですか!?」
「そうだ。場合によってはそのまま処分する! 前にウサギ肉を貰ったからと容赦することは許さんぞ!?」
「ハ、ハイッ!」
曖昧な報告もだが、兵士の不慣れな態度がバーギュは気に食わなかった。
兵士はまだ若く、配属されたばかりだが彼には関係無かったのだ。
国の公僕たる兵士は常に孤高であれ。
それがバーギュにとっての信念だったからこそ。
故に不遜な兵士を追い返し、自らも傍に立てかけてあった鎧を着込む。
彼自身もそれなりに歳を取った身ではあるが、辺境を守る者としての誇りがある。
それ故に自ら剣を奮うことも少なくはなく、魔物狩りにも出立することが多い。
そしてそれは今回も同様。
見事に鎧と剣と盾を身に着け、兵士たちと共に馬へと跨る。
公務をこなした後だろうと疲れも見せず、厳しい視線を周囲へ飛ばすのだ。
己こそが模範であり、不動の存在であると知らしめるために。
「な、なんだこれは……!?」
だがバーギュが流民区へと辿り着いた途端、その理想は脆くも崩れ去る。
彼にとっても許容しきれない物体が知らない内に出来上がっていたのだ。
それはまるで砦。
流民区のあった場所が内部も見えない木張りの要塞と化していたのである。
「ど、どうしてこうなる前に報告しなかった!?」
「そ、それが聞くと先日まではこんなことにはなっていなかったようで……」
「そんなバカなあッ!?」
「確かに、ここ最近は流民区内の構造がだいぶ変化していたようでしたが、この変わりようは見張りも驚いたそうです」
この事態にバーギュも驚愕と焦りを隠せない。
このような砦が一夜にして作られるなどとてもではないが有り得ないからだ。
それで回り込んで全体を確かめたが、ハリボテという訳でもない。
汚物を流す川も含め、一帯がまるっと砦と化している。
「ぬ……? おかしい、あの鼻を突く汚物臭がない、だと……?」
しかもバーギュがさらなる異変に気付く。
近寄りがたかった汚臭が一切しないのだ。
なんなら少しフローラルな香りさえする。
「わ、私の家のトイレより良い香りが……こ、これはどういうことだ!?」
「わ、わかりません!」
「ぐっ……! ええいこうなったら乗り込むぞ! 奴らの計画を暴く!」
「「「ハッ!」」」
不安や恐怖は否めない。
しかし町を預かる貴族の一人として引き下がる訳にはいかない。
そう覚悟したバーギュは兵と共に馬を降り、門らしき場所へと立つ。
「開けろ! 籠城していることはわかっている! もし従わなければ火を放つぞ!」
しかしやはり少し怖いのか、立ち位置が門よりちょっと遠い。
ただそれでも将軍としての誇りが声をより荒げさせ、砦一杯に届きそうなほど響かせる。
するとどうだ、まるで観念したかのようにすぐ二枚の大きな正面扉が開いていく。
その様子はもはや城門。その造りにはさしものバーギュも息を呑む。
「「「ようこそいらっしゃいました領主様!」」」
……だが、中から現れた者達の様子にバーギュたちはつい呆気を取られた。
なんと迎えた者達全員がタキシードを身に纏っていたのである。
いずれも決して綺麗とは言えないが、人を迎えるのには充分過ぎる様相だ。
「いやぁお待ちしていましたよ! あなた様が来てくれたことを心から歓迎いたしまぁす!」
迎えたのはもちろんあのピクト。
不敵でどこかイヤラシイ笑みを浮かべながらバーギュへと手を差し出していて。
「こ、これは一体どういうことなのだ!?」
「なぁになんてことはありません。これは所謂デモンストレェーションッの一環でございまして」
「で、デモンストレーションだと……!?」
「ええ、我ら流民の製造力の粋を皆さまにお見せするためのねっ!」
そんなピクトは自信満々に両腕を広げ、体一杯で施設を輝かしくアピールする。
その恥ずかしげもない姿にバーギュたちはもはや首を引かせてしまうほどに驚愕するしかなかったのだ。
――こうしてピクトの立案した計画が遂に始動する。
果たして、バーギュたちはその末に一体何を見せつけられるのだろうか。
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