第18話 これでも覆らない流民制度とは
俺たちが苦労して魔物たちを倒したというのに。
せっかく町の住民と仲良くなれそうだったのに。
その成果をあろうことか、バーギュという領主が全て台無しにしてしまった。
流民にはもう肉を採らせないなど、あまりにも理不尽な言い分だ。
少なくとも遅れてきた奴が――何もしていない奴が言えることじゃない。
見ろ、住民たちだって困惑している。
彼らだって譲ってもらっているということを認識しているんだ。
それなのに……!
「そんなことを言って――ッ!?」
だが立ち上がって文句を言おうとした矢先、肩に強い力がかかる。
それで振り向けば、すぐ裏にはギネスの姿が。
「わ、わかりましたぁ領主様! これより流民区の人間は退散いたしまぁすっ!」
「お、おいギネス!?」
「さ、さいならーーー!」
そんなギネスもわざとらしく周囲に聞こえるように声を上げ、俺を頭上に抱え上げて走り始める。
あまりに突然なことで慌てるも、直後に「大人しくしていなさい」と囁きが聞こえたので、やむなく抱えられっぱなしでいることにした。
それからしばらく走った後でようやく降ろされるも、すでに狩場を遠く離れた後。
流民区の人間も皆ギネスについて来たようだ。
ただ、皆の落胆は隠せない。
それは肉を回収しきれなかったことよりも、「これでも認められなかった」という無念の方が大きい。
「皆すまない。こうすれば町の人たちに流民ではなく普通の人だって認められる、だなんて思っていた俺が浅はかだったのかもしれない」
そう、これはただ腹を満たすためだけの作戦だった訳じゃない。
町の住民たちと和解することで流民への行いを緩和する目的もあったのだ。
そしてそれがすぐにも叶いそうな雰囲気だったのに。
「仕方ないわよ。ピクトは何も知らなかったんだもの。あんな奴がいるってことも教えておいた方が良かったのかもしれないわね」
「だけど、奴がいてもなんとかなるかも、だなんてギネスも思っていたんじゃないか?」
「まぁねぇ。でも現実はそう甘くないわね……」
『処刑だーっ! 不届き者は処刑するしかなぁーい!』
へるぱがどこからともなくチェーンソーを取り出して物騒に振り回しているが、実際にそんなことが出来る訳もない。
人を、特に領主なんて殺せば一瞬にして極悪人の仲間入りだ。
いくらなんでもそんな危険を冒す訳にはいかないな。
だけど、だからと言って泣き寝入りもおかしい。
主張するべきことはしなければ。
「けど少しは反論した方が良かったんじゃないか? あのまま言いなりだと一生このままだぞ?」
「いいえ、そんなことなんて出来る訳がないわよ」
「え……?」
「言ったでしょう? 彼らに逆らえば、アタシたち流民は一瞬にして消されるって」
「そんなん抵抗すれば――」
「そうもいかないのよ。アタシたち流民がもし反乱を起こせば国が動くのだから」
だが流民を縛る枷は想像を越えて重かったようだ。
ギネスがこう答えるや否や他の人たちもが意気消沈し、揃って顔を下ろしていて。
「そういえばその理由は言ってなかったわね」
「あ、ああ」
「……歩きながら話しましょ」
言われるがままに歩を進め始めると、ギネスがふと空を仰ぐ。
僅かに赤みかかった空はどこか綺麗で、だけどどこか虚しい。まるで流民たちの気分を代弁しているかのように。
「今の流民制度が始まったのはほんの二十数年前。とはいっても、その前から犯罪者は街に入れないなどの制限はあったのだけどね」
「じゃあ年寄りは昔は流民じゃなかったかもしれないのか」
「ええそうよ。そのほとんどが犯罪者の内縁者だったり、ただ友好関係を持っていただけだったりしたわ。ピクトが目をかけたエンベルとミーネもそう。あの子の父親の親友が殺人を犯した、ただそれだけで一緒に追放されてしまったの」
恐ろしい話だ。冤罪もいいとこじゃないか。
明らかに無罪なのに、犯罪者と関わりがあるだけで同罪とみなされるなんてな。
制度が明らかに歪んでやがる。
「それもすべて現国王であるガルテニアス十三世の仕業よ。聞いた話だと、彼は極度の選民思想を持っていてね、それでこう宣言したらしいわ。〝選ばれし人民は犯罪など犯さない清く正しい神の使徒。故に犯罪者に関わる者さえもが選ばれし者ではないのだ〟ってね」
「そりゃまた相当にイカれてやがんなぁ」
「けれどそんな選民思想を指示する貴族も多かったらしいわ。だから今の流民制度が生まれてしまった。犯罪者を徹底的に排除するためにね」
「だがそりゃ反感しか買わないんじゃないか?」
たったそれだけの理由で犯罪者扱いされるなら、該当人数はきっと相当な数になる。
それこそ人口比率がひっくり返ってしまいかねないくらいに。
「最初はそうだったみたい。だけどすぐに収まることになったわ」
「どうして?」
「〝
「結局はカネかよぉ……」
「そう、誠意を見せることで罪から逃れ、正規市民の立場を守れたってワケ。誰しも犯罪者にされたくないから払うしかなかったのよ」
「で、お金の無い人間だけが追放されたと」
「そういうコト」
「ちなみにガチの犯罪者は?」
「一部は盗みで溜めたお金を支払って罪を精算したって噂ね」
「完ッ全に本末転倒じゃねぇか……」
きっと王国側としては「国に金を還元する者が正規市民」と言いたいのだろう。
思想を利用した集金制度とも思えてならない。
これじゃあ本当に街中の秩序が保たれているかどうかさえわからないな。
「そして流民とされてしまった人たちも弾圧されることになったわ」
しかもどうやらまだ話は続くらしい。
といっても、ここからが本番といった感じだろうが。
「彼らは街中に住めず、かといって独自に集落を作ることも、人の目から離れて暮らすことも許されなくなったわ。どこも街などの傍に流民区を設けられ、そこで住まうことを強制されるの」
「……それに従わなかったら?」
「重犯罪者として〝処理〟されるわ。集落規模であれば国軍によって殲滅させられてしまうの。もちろんアタシたちが住む流民区だって例外じゃないわ。実際、〝リセット〟させられた流民区は幾つもあるって話よ」
「だから夜は静かにしていたのか」
「そう、あの町の住民の安眠を妨げないように、ってね。もしそういうルールを何度も破れば、いずれ国軍が動いてあの流民区は焼かれるでしょうね」
「皆まとめてかよ、酷い話だなオイ」
しかしそれがまかり通ってしまっている。
国王も貴族も、兵士も国民もそれで納得してしまっているんだろう。
反面教師としては限りなく効果がありそうだ。
だから流民も従わざるを得ない。
誰も助けてはくれないし、助けられもしないから。
ギネスの話を聞いてそう痛感させられてしまった。
まるでもう流民に救いは無いのだと宣言させられたかのようで。
――だけど、俺はただ従うなんてお断りだ。
「それでもまだやれること、何かあるだろ?」
残念ながら、俺は諦めが悪い方なんだ。
夢見ている限りは追い続けたいって思えるくらいに。
それが親友のアイツとの約束でもあるしな。
「アンタ、これだけ聞いてまだ何かする気なのぉ?」
「ああ。それももちろん国を怒らせない範囲で行えることを考え中だ」
「懲りないわねぇ……ま、面白そうではあるけど」
「だろぉ~? で、お前らは乗る気あるか?」
「「「んん~~~~~~……」」」
こんな俺の提案に、ギネス組が揃って顎を手に喉を唸らせる。
可もなく不可もなくって態度だが、これはきっと可に近い方だと思う。
だったら許される限り実行あるのみ。
そう心に誓った俺は、左腕に浮かぶ六つの空きスロットを静かに見つめていた。
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