第23話 想定外のバーギュ・オムレス (第三者視点)
「やっと行ったか。流民どもめ、てこずらせよって」
バーギュが流民区から去っていくピクトたちを眺めつつ不愉快そうに呟く。
その顔は依然変わることなく厳しいまま。舌打ちまで聞こえてきそうな雰囲気だ。
「しかしよかったのですか?」
そんなバーギュを隣から側近の兵士が口を挟む。
バーギュの厳しさとは異なり、こちらはどこかいぶかしげで。
「……何がだ?」
バーギュが鋭い眼を向けてくるも、兵士は咳き込みつつ何か思い悩むように口をキュッと紡ぐ。
その兵士の様子を見るとバーギュもまた下唇を尖らせる。
「彼らからは施設の使用説明や工法などの説明を受けてはいません。これではこれらの施設を無駄に遊ばせてしまうだけなのでは?」
「何が言いたい?」
「で、ですから、追い出すにしろもう少し猶予を与えて――」
「フン、その必要は無い」
兵士が何を言おうとバーギュは態度を一向に改めようとはしない。
それどころか兵士の意見を鼻で笑う始末だ。
「所詮は流民のやることよ。なれば素養のある正規市民ならばすぐに使いこなせよう。幸い、素材や完成品はこうして手元にある。設備、見本があるなら再現くらいは容易であろう」
それというのもバーギュには思惑があったからだ。
この設備を使いこなせるという自信が。
「幸い、領地開拓計画の一環で各地より職人が派遣されてきておる。そこで、だ」
故にバーギュはニヤリと笑う。
「奴らをここに住まわせるのだ。職人特別待遇としてこの場所に住まわせれば満足させられよう」
「な、なるほど……」
「そこでまずはこの地で流民どもの代わりに工芸品生産などを行えばよい。これほどの代物を量産すれば、開発計画の資金も潤沢となるだろうからな。フハハハ!」
彼の手元には例の女神像が握られていた。
その形を再び眺め、堪えられない笑いに拍車をかける。
ただそんな粗暴なバーギュでも女神像を粗雑に扱うことはしない。
何故か袖でキュキュッと拭き上げ、フフンと得意げに笑っていて。
そんな時だけ、彼の厳しい表情が和らいで見えていた。
「ですがやはり自分は不安です」
しかしその表情も兵士の再びの一言によって濁ることに。
呆れるような仕草まで見せ、またしても不愉快そうだ。
「最近、町でも噂が立っています。彼ら流民を許してもいいんじゃないか、と」
「ほぉ?」
「開発計画が進められるようになったのも元はと言えば彼ら流民の功績です。町の人たちもそのことを深く理解しているのですよ?」
兵士はそれでも流民たちの肩を持つかのように訴え続ける。
「確かにお金ではありませんから減免制度は適用されませんが、あの功績には相応の対価が与えられてもおかしくはありません。その点を考慮する必要があったのではありませんか?」
兵士も町の人々と同じ気持ちだったのだろう。
彼もまた例のチャージングラビットの恩恵を受けた一人であり、それでいて流民たちに必要以上の悪感情を抱いてはいない。
なんなら感謝したいとすら思っていた。
それなのにこうも理不尽なまでに排除されるのは余りにも酷ではないのか、とも。
「フン、実にくだらん」
だがそんな兵士の想いをもバーギュは鼻で笑って一蹴する。
さらには溜息まで吐いてとても不機嫌そうにして見せていて。
「本来、流民が正規市民に戻るなど有り得ぬ。それを情けで許してやろうというのが減免制度だ」
「ですからそれは――」
「しかしこの領地を仕切るのは私だ。つまり私が法なのだよ」
「――ッ!?」
「その私がノーと言えばノーとなる。奴らに市民権を与えないと言えば与えられることは永遠に無い。これは絶対だ。貴様であろうとこれくらいはわかるな?」
「……はい」
その頑なな話を前に、兵士はもう反論することも出来なかった。
これ以上逆らっても意味が無い、生産性が無いと判断したのだ。
バーギュの結論を受け入れること他なかったのである。
「貴様は若いが今のはらしくなく良い判断だ。それ以上反論しようものなら即刻奴らの仲間入りさせてやるところだったぞ」
「……肝に銘じておきます」
強権とはこういうものだ。
より強い者こそ正義。この決定は覆らない。
流民制度というものが存在する時点で倫理性など以ての外なのである。
故にバーギュは高らかに笑う。
己が嫌う流民をこうして追い出すことに成功したからこそ。
それがピクトの策略なのだということを露とも知らずに。
「バーギュ様! 大変です!」
バーギュが再び笑い始めた時、突如兵士が駆けて来る。
どこか慌てた様子だ。
それに気付いてまた不機嫌そうにするバーギュ。
しかし慌てる兵士を前に思わず目を凝らしていて。
「どうした、何事か?」
「そ、それが……どの施設も途端に動きを止めてしまったのです!」
「何ィ……?」
その兵士の報告はあまりにも突拍子過ぎていた。
バーギュが堪らず冗談だと勘違いしまうほどに。
「何を馬鹿な」
「それが本当なのです! 工房の製造装置は動きが止まり、食堂の冷凍庫は氷が解け始めておりました! 浄水場からはまた微かに悪臭が出始めています!」
「なっ!?」
「現在、機構に得意な兵士が点検しているのですが……」
駆け付けた兵士の表情はいつになく神妙だ。まるで戦時中かのように険しい。
バーギュにどやされるのが目に見えるかのような話だからだろう。
だがそれでも彼は口を止めなかった。
それは間違い無く彼が本当のことを語っているからこそ。
「調査によれば、まるで内部の部品が忽然と消えたようだ、とのことです」
これにはバーギュももはやポカンと愕然する他ない。
つい三時間ほど前にはしっかりと動いていた所を見たのだから尚さらに。
ただそれも間もなく自我を取り戻し、ワナワナと怒りを露わにしていく。
「え、ええい! ならば今すぐ動くように調査せよ! なんなら町の職人を動員しても構わん! なんとしてでも動くようにして見せよ! 正規市民の誇りにかけてな!」
「ハ、ハハッ!」
兵士は命令のままに駆け出していたがバーギュの不機嫌さは収まる所を知らない。
遂には歯軋りまで始め、側近の兵士にまで睨みつけるほどだ。
「何をしておる! 貴様も行かんかあああ!!!」
「は、はいっ!」
あまりにも大きく叫びを上げたせいでバーギュがとうとう息切れまで始める。
思わぬ事態にもはや先ほどまでの冷静さはどこにも見当たらない。
今にも地団駄を始めてしまいそうなほどに苛ついているようだ。
「おのれ、おのれ流民どもめがぁ……!」
怒りで女神像を地面に叩きつけたくなる衝動にまで駆られる。
ただ振り上げた所で我に返り、像をそのまま懐の中へ。
このやり場のない怒りによって、今のバーギュの顔はかつてないほどの嫌悪で歪みきっていた。
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