第三章
第24話 流民大移動開始
「んもぅ! あの領主なんのよぅ! アッタマ来ちゃう!」
ギネスが珍しく怒り散らして地団駄を踏む。
もっとも、流民区から追い出された今となってはもはや何の意味もなさないが。
後ろに続く住民たちもきっと同じ気持ちに違いない。
しかし故郷を追われた今、憤る元気ももう無いようだ。
すでにその故郷、流民区はもうとっくに見えない。
今は住民と荷物を三台の荷車に分けて乗せて南へ移動中。
総勢四五人と、ちょっとした民族大移動だ。
「元気出せって。その代わり好きな場所に集落を作っていいって許しは貰ったじゃないか。だからどこか安定した場所に皆の居場所を見つけよう?」
「それはそうだけどぉ、一ヵ月の苦労が取られたって思うと悔しくってぇ!」
『まったくです! こうなったら火を付けましょう! 怒りのファイヤーーー!』
ギネスの怒りはまぁよくわかる。
人の五倍の労働力を誇るコイツがこの一ヵ月で一番働いていたからな。
だがそれでも視界内で火炎放射器を放ちまくるへるぱの比じゃない。
物騒過ぎない? 君は破壊神の申し子かな?
『せっかく私が技術提供して造り上げた場所なのに、どうして潔く譲っちゃうんですかぁ~!』
ついでに俺の方にまで炎を向けてくるものだから、熱くはないけど暑苦しい。
あと視界が見えないからホンットやめてほしい。
そんな炎まみれの視界の隙間からマイゼルの姿が覗く。
退屈だったのだろうか、俺たちに口を合わせてきた。
「でもいいのかいピクト? あの流民区の施設はアンタが相当入れ込んでいた物ばかりじゃないか。それなのにこんなにあっさりと手放しちゃうなんてよ?」
「……いいのさ。それも計画の内だからな」
「は?」
「聞こえなかったのか? 領主にあの場所を取られるのも織り込み済みだよ」
そう、全ては計画通りだ。
あの領主ならきっとそうすると思った。
何が何でも流民を認めず、その成果だけを奪うってな。
だからそのための罠も既に仕掛けてある。
「代わりにあの場所から離れられたし、こうして人を乗せられる荷車も持って行っていいってことになった。食料も持ち出しを許されたし、今はそれだけで充分さ」
「あいかわらず思慮深いオニイサンだねぇお前さんは。どこまで策略通りなんだい?」
「どこまでって、ここまでだよ。この先はなんも考えちゃいない。ま、せめて水源のある所で落ち着きたいって思っているけどな」
「下調べもして無かったのかよぉ~……」
ようやくへるぱの炎が止んだと思ったら、次に見えたのはマイゼルの呆れる姿。
さすがに俺だってそこまで考えられるほど賢くはないんだ、許して欲しい。
……とまぁこんな雑談を交えながら、行く当てもなく南への林道を進み続ける。
今の所は魔物の襲撃もなく、至って平穏な平原を満喫中だ。
蝶々のビュンビュン飛び交う様子が実に平和的である。
いやーいつ見てもこの世界の蝶は飽きねぇわ。蜻蛉かよって。
「しっかしそれにしたって、アンタのスキルはよくわからないわねぇ。相手をブッ飛ばしたり斬り落としたり。それに何なの、あの荷車を引く小さい緑馬は?」
「あれは馬じゃなくて牽引
「それはそうだけど……」
しかし話題も尽きると、とうとう俺の力にまで焦点が当たることに。
二人の好奇心は荷車を運ぶ三体のピクトグラムに向けられたようだ。
まぁ馬と勘違いするのも無理はないか。
あれはピクトグラムのデザイン性そのままに馬の姿を象った図だからな。
こういう応用は昔から得意なのだ。
「でも久しぶりに見た気がするわ、この子たち。今までどこに仕舞っていたの?」
「ちょいと消しておく必要があったんだ。
こんな感じで力を使い続けたおかげで、今では色々と仕様が把握できた。
例えばそう、この力が想像を遥かに超えて異次元的だったってことが。
俺が放った力は基本的に、衝突対象の重量を完全に無視する。
つまり物理法則の影響を一切受け付けないらしい。
だから秒速1メートルで進めと命令すれば、何があろうと命令のままに突き進む。
障害物に突き当たろうが、どれだけ力を加えようが押し返すことが出来ないのだ。
――いわゆる
物理科学を良く知る人ほど恐ろしく感じる力ではないだろうか。
だから皆には非常口・放の前には立つなと教えてある。
特に子どもには夢中にならないようにと。前世における車の対処と一緒だ。
「ま、いいわ。そういうスキルってのはあんまり詮索しない方がいいし」
「そういうもんなの?」
「ええそうよ。もしアンタが〝ギルド〟に関わる日が来るなら、いずれわかることになるわ」
(……もっとも、スキルは何らかのギルドに関わらないと使えないハズなのだけど)
そういえばスキルって物を良く知らないままだったな。
へるぱからしれっと聞かされていたからすっかり慣れてしまっていたが。
もしかしたら人にしかわからないような都合とかがあるかもしれない。
いつかそのギルドとかいう所に関われるなら色々と学んでみたいものだ。
「それにしても、このまま歩くといずれ国境を越えてしまうぞ?」
「そういえばそうだったわ。隣国に入るのは得策ではないわねぇ」
「隣の国だとやっぱり流民制度とかも違ってくる?」
「ええ、だけど大概が似たような政策を敷いているから、どちらにしろ身分の無い者に優しくはないわよぉ?」
「どこも難しいねぇ、政治ってのは」
前世でもあまり政治には詳しくなかったし興味も無かった。
だからこの世界でも深く関わるつもりはない。
そんな気持ちがあったからこそ、内心ではあの町から離れられてホッとしている。
皆を付き合わせてしまったことには罪悪感も否めないが。
だがその代わりに皆が楽に暮らせるようになるまでの努力はしたい。
例の商人とも再コンタクトを取らないといけないし、やることは山積みだな。
さて、新しい集落ではどんなことから始めて――
「お、おい見ろあれ!」
「あれはどこから……!?」
そう思い悩んでいた矢先、仲間の驚くような声が聞こえる。
それに釣られて振り向こうとしたのだが。
俺やギネスとマイゼルもその途端に気付く。
仲間たちが驚き慄くその正体に。
先の空を覆い隠すほどの灰煙が立ち昇っていたのだ。
それも近くに見えた大きな森の奥より、凄まじいほどの広範囲から。
大火災である。
「あ、あれは……!?」
今まで林道を歩いていたから気付かなかった。
風向き的に火の手がこっちに来なさそうなのが救いだ。
ただ、先の道が件の森に接しているから火の粉が降りかかりそうで怖い。
これは迂回した方がいいか。
「あの森ってまさか、〝聖域ウェヌアレム〟じゃない!?」
「「「な、なんだって!?」」」
だがそう思っていた矢先、ギネスたちが妙なことを口走って動揺を見せ始める。
しかも足まで止め、燃える森を揃って心配そうに見つめていて。
「あの森に何かあるのか!?」
「え、ええ、あるわ! ありますともぉぉぉ!」
こう聞くと、ギネスが目を震わせて口を抑えながらに振り向いてくる。
「あの森に住むエルフには絶対に手を出しちゃいけないっていう伝承があるのよぉ! もしあの森とエルフがいなくなったら……近隣の国は全て滅ぶってぇ!!!」
正直、聞いた時は何を言われているのかまったく理解できなかった。
だけど唯一読み取れたことはある。
この火事を放っておくのは絶対にマズい、と。
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