第1話 底辺絵師、空を飛ぶ。
絵は自由だ。
個々人の想像力によって無限の世界を演出してくれる。
情景の色彩を重ねた海や空も
多彩な表情に富んだキャラクターたちも
その世界は何よりも多くの人の心を打ち、称賛と願望を抱かせてくれるだろう。
かくいう俺も心を打たれた一人。
神絵師と呼ばれる人たちに憧れて、「自分もいつか彼らと同じに」と願い、ただひたすらに研鑽を続けてきた。
描き始めは小学生の頃。画用紙を手に、親友とよく描き合っていたものだ。
その度にアイツや周りから褒め称えられて、有頂天になって、それからもずっと二人で描き続けて、上達させあって。
目標は神絵師、いつか必ず有名になってやるってな。
けれど悲しいかな、俺にはまるで才能が無かった。
線画を描けば、どこか膨らんだりズレたりと歪になってしまう。
彩色はといえば、鮮やかな濃淡など無いのっぺりとしたものばかり。
下地? レイヤー? どうして色を重ねて深みが増すのか理屈がわからない。
そう、ハッキリと言ってしまえば子ども時代からほとんど技術が向上しなかったのだ。
しかし対して親友の描く絵は驚くくらいに上達していた。
高校生になった頃にはSNSでも界隈で脚光を浴び始め、時にはバズって一緒に大慌てしたりもした。
その力量差ゆえに嫉妬さえ感じていたものだ。
それでも相手が能天気なアイツだから決して仲が悪くなることはなかったが。
だから大人になって働き始めた今も、互いの関係は良好のまま続いている。
ただし親友はSNSでそこそこに有名な神絵師として。
俺は簡単なピクトグラムを描いてそこそこのインプレッションを稼ぐネタアカとして。
この差はもう互いに認識し合っていて、もはや喧嘩のネタにすらならない。
俺がもう諦めていたというのもあるのかもしれないな。
だから絵のことで絡むとすれば「あいかわらずクソ上手くてクソ羨ましいな」だなんて皮肉で揶揄するくらいだ。
ま、能天気なアイツは「お前もはやくこっち側に来いよw」だなんて笑って返してくる訳だが。
行けるなら行きたいさ、「そっち側」って場所にさ。
いっそ引っ張って連れて行ってくれよ。
……だけどそんな我儘なんて通じない世界だから、今日もうだつの上がらないピクトグラムを描くとしよう。
仕事から帰ったばかりで筆も乗らないが、この虚しさを紛れさせるには丁度いい。
今回はいったい幾つの「いいね」が付くか、三〇くらいは付いたら嬉しいな。
「ん、なんだ? 誰からの着信だ?」
惰性のままにタブレットPCを手に取ろうとした途端、スマホが震える。
それで伸ばしていた手をスマホに向け、取って通知を確認してみたのだが。
『ヨーッス! お前もう晩飯喰ったか?』
親友からのメッセージだ。
そしてその内容を見て、今日の晩御飯をまだ食べていないことに気付く。
「そういや買い置きのコンビニ弁当食べるつもりで忘れていたな」
『まだ食べてねーわ』
返信してからふと冷蔵庫の方を覗くと、仕舞っていた弁当のイメージが内部ごと頭の中に構築される。
そんな弁当に貼られたラベルには、賞味期限は明日までと書かれているようだ。
そう現状把握を行っていた矢先、またスマホが震える。
『なら今すぐ焼肉王座に来い。奢ってやんよ!』
「いきなりなんだぁ? 随分と羽振りがいいじゃねーかアイツ……」
『唐突過ぎるだろ。臨時収入でも入ったのか?』
『実はラノベの挿絵描くことになってな、原稿料入りそうなんだよ。だからおすそ分けって奴だ!』
さすが神絵師、もう副業までしているのか。
一発絵を出すだけで数千の「いいね」が付く人気者は違うねぇ。
けれど別に断る理由は無い。コンビニ弁当も明日食えばいいだけし。
「なら奢られてやるついでに愚痴くらいは聞いてやるか。明日は休みだし、アイツも日ごろのストレス溜まってるだろうしな」
なにせ絵じゃ負けるが、職場環境なら俺の勝ちなのだから!
俺は土日祝日ありのホワイト企業な一方、アイツはサービス残業祭りのブラック企業らしいからな、ふはははっ!
――なんてしょうもない自慢は脳内だけにしておいて。
『今行く』
ひとまず羽織ったままだったワイシャツを脱ぎ捨て、ヨレヨレの私服へ着替える。
どうせ肉を食いに行くだけだし、シャツに上着と普通のチノパンでいいだろう。
ついでに上げて固めていた前髪をシュッと降ろし、普段の髪型へ戻す。
せっかくだから飲み明かすつもりで行こう。
そう考えた俺は部屋の明かりも消してアパートを出た。
あいにく外は大雨、おまけに夜道は真っ暗で波紋すらよく見えない。
せめて外灯くらいは欲しかったが、オンボロ安アパートに文句は言えない。
どうせ自家用車のある駐車場は道向かいすぐだし、傘無しで駆けてしまおう。
そう思い、雨を避けるようにシュッと道へ飛び出す。
だがその途端、全身に「ゴズンッ!」という衝撃が走った。
その次の瞬間に見えたのは、俺を見上げるライダーの顔。
不思議だな、ヘルメット越しなのに驚いた間抜け顔がよく見える。
妙にゆっくりにも見えるのはなんでだろうか……?
けれどその直後には、俺はアスファルト表面を真横に眺めていて。
なんだか変な感じだ。
雨が降りしきっているのに音が聞こえない。
ただなぜか視界はハッキリしていて、目の前の白い模様が大きく見える。
それがまるでキャンバスみたいに真っ白に見えたんだ。
だからか、俺は無性に絵が描きたくなった。
震えた指先を伸ばし、赤く滴る絵具をキャンバスに塗りたくる。
それなのに、どうしてか、イメージした通りには描けない。
描いた傍から、溶けて、消えていく。
「あ、ああ、そう、か。俺に残せ、る絵は、もう無い、ってこと、か……」
そう悟った時から視界が薄れていく。
真っ黒に染まって何も見えなくなっていく。
その中で頭に思い浮かんだのは親友の楽しそうな顔だった。
約束を守れなくてすまないって後悔も共に。
そんな苦痛まみれの中で、俺はゆっくりと意識を手放したのだった。
……
…………
……………………
………………………………
…………………………………………
「――えっ?」
突如、視界が夕焼けの草原で一杯になる。
それもまるで電源を入れたディスプレイのように「パッ」とだ。
こんな草原、今までに見たことがない。
今しがた都会で街中のアパートを出たばかりだというのに。
『おっはよーございます! 目覚めの良い朝ですね!』
そう疑問に思っていた矢先、いきなり声が聞こえた。
しかも元気で明るい女の子の声だ。
それで思わず周囲を見回してみたが、草原が広がっているだけで誰もいない。
もしかして幻視に次いで幻聴か? 夢、なのか?
『アッヒャッヒャッ! そんな訳ないじゃないですかヤダー!』
だが再び声が聞こえると、今度は視界の左端から誰かが姿を現す。
女の子だ。
それも逆巻きショートボブの金髪っ子で、薄緑と白を基調とした服を着た。
だ、誰なんだこの子!? いったいどこから現れた!?
さっきまで周囲には誰もいなかったはずなのに!?
これが夢じゃないっていうならなんだっていうんだよ!?
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