第57話 これが俺の絵、力、意志だ

 俺の絵が完成すると城内が途端に慌ただしくなった。

 どうやらこの絵の完成は俺の思う以上の意味を秘めていたらしい。

 そのせいで除幕式パーティが開催されるまでに事態が発展。


 そして完成から三日目の今、宴会場に多くの人が集まる中で絵が運び込まれた。

 まだ幕に覆われたままの大きな額縁に、誰しもがもう興味津々だ。


「まさか奴が絵描きだったとは思わなかったが」


「話ではエーフェニミス様が認める出来栄えだそうですよ、バーギュ様」


「いやぁ~黄金の女神像をプロデュースしたピクトさんですし、期待大ですねェ」


 最前列にはワイングラスを手にいぶかしげに並ぶバーギュに、ゼネリやシャナクといった面々が。

 今回は貴族も兵士も商人も立場は関係無く、呼ばれた人はみな同格の客人扱いだ。


「ほらアンタたち、そろそろピクトの絵がお披露目よぉ!」


「「「ウス!」」」


「おじいちゃん、いこー!」


 立場が関係無いからこそ、流民区の仲間たちも全員客として呼ばれている。

 もちろんバーギュの息が掛かっているから誰にも文句は言わせない。


「んあっ!? ほらみてウルリーシャ! やっぱりピクトなら絵よねっ!」


「もうセリエーネったら、口にソースが付いたままよ? みっともないんだからぁ」


「それはお前もだウルリーシャ。少しは女王陛下の気品さを見習いなさい」


 今回はエルフにもだいぶ世話になったからセリエーネたちも呼んである。

 彼らを見る目は最初こそ慌ただしかったが、慣れた今では落ち着いたものだ。


 少なくとも俺が希望した役者は揃っているようだ。

 ならばもう遠慮はいらないな。


 では!


「レディ~~~ス、エェ~ン、ジェントルメェ~~~ン! 長らくお待たせいたしました! 良き頃合いと思いますので、今よりこの英雄の一人である俺、ピクト画伯による超大作を公開したいと思いまぁす!」


「なぁに調子に乗っとるか馬鹿者めが……」


 タキシードをビシッとキメた俺のコールに更なるどよめきが生まれる。

 バーギュのぼやきも聞こえるが関係無いね。


 なぜならっ! 今の俺はおっさんよりも立場が上なのだからっ!

 そう、エーフェに認められた正式な画家としてなっ!


「御託は良いですから早く早く」


「アッハイ」


 しかし俺の横で座って待つエーフェにこうせがまれては仕方がない。

 さぁて、さっそく公開するとしようか!


 そんな訳で得意げに左人差し指を腕ごと掲げる。

 すると使用人たちが揃って絵画にかけられた布をスルスルと引き上げる。


 そうして現れた絵を目の当たりにした途端、会場が騒めきに包まれた。


「こ、これは!」

「なんと趣深い……」

「すっごーい!」


 フフフ、想像通りの反応だ。

 やはり一ヵ月ずっと悩み苦しんで描いた甲斐があったというもの!


「だがなんというかこう、もう少し何とかならんかったのか、この画風は」


「シッ、ピクト様に聞こえますよバーギュ様!」


「フン、知ったことか。これではまるで子どもの絵ではないか」


 バーギュめ、ハッキリと言ってくれる。


 だがこれでいいのだ。

 俺自身の絵が下手だなんてことは自分がよくわかっているんだからな。

 だったら下手なりに工夫してしまえばいいのだから。


「見て見てウルリーシャ! あれ私たちじゃない!?」


「そ、そうかも? 髪の色くらいでしか判別出来ないけど……」


「いや、特徴はしっかりと捉えている。一目で誰かわかるかのようだよ」


 リディスさん、よく見てくれて嬉しいよ。

 なんだかんだでセリエーネとウルリーシャも嬉しそうにしてくれているし。


「おお、ワシらもおるぞぉ」


「良かったね、おじいちゃん!」


「おいおい、いいのか俺まで入れてくれちゃってよォ」


 当然だとも、ギネス組は俺を最初に受け入れてくれたからな。

 それだけでなく流民区の皆だって俺にとっちゃ大事な仲間だ。


「僕まで描いてくれるなんて感激ですゥ~~~! これはウィーバー商会の更なる躍進に一役買ってくれるに違いありませんネ!」


 当たり前だ。なんたってシャナクはベストフレンドの一人だからな!


 ……そう、俺が描いたのは決してエーフェ一人だけの絵じゃない。

 エーフェを中心に、俺が思いつく限りの人物全員を描き記してある。


 ただし被写体にしたのは彼女だけで、残りの全員は全て想像で描いたもの。

 だったら写実的になんて到底描ける訳もない。


 だからと割り切り、思い切ってラフなアニメ塗りで皆を描くことにしたのだ。


 すなわち質よりも数。俺が全力を尽くすにはもってこいの画風だ。

 これなら俺も描き慣れているし、ある程度は崩れていたって説明がつく。


 それにこの描き方なら深く知る人以外だって描けてしまうんだ。

 この一ヵ月で身の回りの世話をしてくれた使用人だってな。


 おかげで人よりも大きいキャンパスなのにみっちりと詰め込まれた大所帯となってしまった。

 それでも描ききれたおかげで満足度はかなり高い!


 幼稚だろうが単調だろうが構うものか。

 これこそが俺の絵、俺の力、俺の意志なのだから。


「一部のジジィからは顰蹙を買ってはいるが、これがこの女王エーフェニミスの認めてくれた絵に違いは無い。だから俺はこの絵をガルテニア王国に胸を張って贈りたいと思う」


「ええ、エーフェニミスの名において異論は御座いません。なぜならば、この絵にはわたくしが描かれたということ以上の重大な意味合いが含まれているからこそ」


「その意味とは、今回この国を救うまでに携わった多くの人たちが総じて英雄だったと後世にまで歴史を残すため、というものだ。エルフだけではなく多くの人間もが抗った証になってくれると俺たちは信じているから」


 ここまで説明すればバーギュでも頷くしかなかったようだ。

 もちろん奴は口先でしか反論するつもりはなかったみたいだけども。

 故に他の貴族たちもまた返す言葉も失ってしまっていた。

 もしかしたらそういった声を黙らせるために敢えて道化を演じてくれたのかもな。


 もちろん他の皆は大喜びだ。

 英雄として名を残すだけではなく、こうして絵としても残ったのだから。

 それに多様性に溢れた日本と違って趣味の乏しい世界だからこそ、自分が描かれるだけでも嬉しいって人は多いみたいで。


  おかげで俺も描いた甲斐があったよ。

  ちょいとこの世界にとっちゃ先進的過ぎる絵柄かもしれんがね。


「ピクト様、本当にお疲れ様でした。そしてありがとうございます。ここまで素敵な絵を見るのは初めてかもしれません」


「そ、そうかな? ははは……」


「ええ、本当に。皆活き活きとしていて、誰しも特徴的で。これを想像だけで描いたというのですから驚きです。もうわたくしにとってはこれ以上無い褒美となりましょう」


 それでもエーフェは嬉しそうに喜び受け入れてくれた。

 そんな彼女の心の広さに俺も感謝している。


 彼女がずっと傍にいてくれたから俺は最後まで描き切ることが出来たと思うから。




 だから俺は翌日、城を去るエーフェたちを全力で見送ることが出来たのだ。

 いつか必ずの再会を誓い合った上で。

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